第67話

「質問や文句は後でまとめて受け付ける。まずは伝えとかないかんことがあるんや。新入部員の3人は初対面やと思う。この人は写真部OB会『写友会』会長で写真家の吉野善三郎、さんや」


「近頃は顔出してへんかったからな・・・・・・吉野です」


 白髪交じりで着物を着た男性が軽く頭を下げた。


 それから、と康岳が横の女子生徒の方に顔を向けながら口を開く。

「元写真部副将で現在デジカメ同好会の会長をやってる・・・・・・」


 眼鏡をかけた女子生徒が半歩前に進み出た。

「松下留美です。よろしくお願いし・・・・・・」

 留美が最後まで言い終わらないうちに「よくも帰ってこれたな!」と樫雄が怒声を掛ける。が、康岳に「樫雄!」と制される。


 美乃里も麗佳も理々子も今の一瞬の出来事に驚き一様に身を固くする。留美は樫雄の怒声に圧されて二の句を継げなかった。


 何事もなかったように吉野が再び口を開く。

「伝統ある松雲学園高校写真部にとって非常に残念な結果になったんやが、主将のたっての希望が通りこうなりました。知っての通り、今の時代では銀塩は極めて珍しい存在になってしもてるからこそ、フイルムの写真部を続けることに意義があったんやけどな。松雲の写真部には最後までフイルムにこだわり続けて欲しかったんやが、残念やホンマに」


「お話の途中で申し訳ありません。よろしいでしょうか」

 理々子がおずおずと手を挙げる。


「ん? なんやお前は?」

「はい。わたくしは一年C組の朝比奈理々子と申します」

「朝比奈? もしかすると朝比奈ンところの娘か。朝比奈琢磨」

 それまでと打って変わって吉野の顔が些かにほころんだ。


「え? 父をご存じなんですか」

「知りおるも何も、同級や。よう二人でつるんで色々しおったわ」

「えぇっ! そうなんですか」

「おお、どうやアホ琢磨は元気しとるか」

「はい。今度、長兄に店を譲って『俺は隠居する』と言っているのですが、カラダは丈夫です」

「隠居? 早ないか? しかしもう、お互いそんな歳か。そうかぁ、全然会うてないなぁ・・・・・・。今度時間作って酒持って行かないかんなぁ」

「あ、ぜひそうなさってください。たぶん、父も喜ぶと思います」


「ああそうやな、そうさしてもらうわ。で、そのアホ琢磨の娘は何を訊きたいんや」

「あ、はい。以前から機会があれば伺おうと思っていたのですが、なぜ松雲学園高校の写真部はフイルムにこだわられているのですか。現在ではやはりデジタルカメラが一般的になっているのに不思議に感じていました。そのことについて、教えていただくことは可能でしょうか」

「うむ。では、逆に訊こう。お前はなんでやと思う」


「あ、はい。写真の原理、根本の習得のためなのではないかと思うのですが違うでしょうか」

「分かっとるやないか。そやったらわざわざ訊くまでもないやろう。世の中の写真がデジタルに移行していく中で、松雲写真部は最後の砦にしたかったんや。手垢のつきまくった大人の勝手な思い込みっちゅうんかな。学生は写真に対して無垢で純粋な気持ちを持つべきやという一種のノスタルジーやな。写真の基本を学ぶにはフイルムから知った方が絶対的にええとも思っとるしな。デジタルは便利や。せやけど便利さに流されて基本を踏み外しやすくもあるんや。便利は大人になってからやったらええやないか。基本中の基本を学ぶには高校時代がちょうどエエとは思わんか」


「はい、おっしゃることは理解できます」

「しかしなぁ、時代はホンマに変わったわ。俺たちの頃は焼くまでの工程もオモロイと思っとったんやがなぁ。まぁ、今までフイルムであることを貫き通せただけでも十分とせなあかんのかなぁ。残念やなホンマに・・・・・・」


「ではなぜ、デジタルをお認めになったんですか」

「メーカーの体制が替わり過ぎてるな。もう印画紙を安定して確保しにくくなっとる。まず富士フイルムがあらかたの印画紙を辞めてしまいおるのは知っとるやろう。あとはお前らの主将からの強固な要請やな。もうフイルムは続けて行けん。このままでは部員の確保も出来んし、部の伝統を引き継げんようになる、言うてな」


「え、主将がです、か?」

「そうや、なんや知らんのかいな。まぁええか。関係あれへんしな、俺には。ま、そいう言うことやな。そしたら主将、俺は帰るぞ。俺の口からけじめで挨拶したかっただけやからな。ええか」


 吉野は、時間を知らせに来たのであろう秘書らしき人物を部室の戸口に認めると、すぐに出て行こうとした。

「ああ、忙しい中わざわざありがとな。また、電話するわ」

 康岳は今日のこれからのことを思ってか、少しばかり暗い顔つきで吉野に礼を言った。


「アホ琢磨にはまた会いに来る言うて伝えとけ。あと、写真に精進するんやぞ。手ぇ抜くなんちゅうことは考えたらいかんぞ」

「あ、はい。父には伝えておきます。きっとビックリします。写真のことは肝に銘じておきます。ごきげんよう、さようなら」


 理々子は出て行く吉野の背に対してペコリと頭を下げた。

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