第64話

  ガラガラっ! と部室の引き戸を勢いよく開けた。


「来た!」

「麗佳? え? 理、し、師匠? 何、藤香もどうしたの?」

「どうしたのじゃないですよ美乃里さん。主将が教えてくれたんですよ。一か月もサボってた美乃里さんがやっとこさ来るって」

「サボってたんじゃねえっての」

 美乃里が麗佳の頭を軽くはたく。


「久しぶり! 何だかずいぶんと焼けたんじゃない?」

「藤香もおひさ~。う~ん、応援部として屋外も多かったからねぇ。日焼け止めは塗りたくってんだけどね。自分で分からないんだけど、そんなに焼けてる?」

「全体的には少し小麦色って感じだけど、鼻の頭とかホッペとかが少し赤いかなぁ。しっかり焼けたって感じはするよ」

「うーん、そっかぁ。今年の日焼け対策はうまくいったと思ったんだけどなぁ。あ、それよりか主将は?」

「うん、久しぶりに逢うんだから今日は女子だけにしてくれって、私が主将に無理やりお願いしたの。主将は美乃里の写真をスッゴク楽しみにしてたんだけどね・・・・・・」

 藤香が形の整った鼻の横をポリポリと掻きながら教えてくれた。


「それよりかさ美乃里、現像しよ!」

「あ、うん。そうだね」

「私の分と、あとは理々子にも言って現像タンクを用意したのよ。ね、美乃里、何本?」

「主将に渡された分、一○本全部撮って来た」

「お、スゴイ大漁だね。じゃあ、現像タンクが五個あるから一気にやっちゃおう。手順、憶えてる、美乃里?」

「うん、たぶん大丈夫」


 とにかく一度に処理をする本数が多いので4人は話をしたいのもモーレツに我慢して行程をこなすことに集中した。それでも朝九時に始めた一通りの作業が終わったのは夕方の四時半を少し回った頃だった。


「はー、これで一通り終わったね。美乃里、おつかれさまでした」


「だってこれはあたしのだもん。あたしがやるのは当然なんだから感謝しなきゃいけないのはあたしの方でしょ。麗佳も師匠も本当にありがとうね。藤香にもメガ・サンクス」

「そうですよ、美乃里さんのなんですからね。感謝されてもされてもされ足りないぐらいですよ」

 腕を組んでふんぞり返る麗佳の頭を美乃里はグーで軽く殴る。


「いえ、とんでもないです美乃里さん。お手伝いさせていただいて、むしろとても勉強になりました。高千穂先輩も美乃里さんも作業の時の手際がすごくお早くて、むしろわたくしの方が足を引っ張った形になってしまったのではないかと心配しております」

「そんなことはないって。師匠はあたしが師匠って呼んでるぐらいなんだから、もっと自分に自信持っていいんだよ。ね? ありがと」

「そんなこと言っていただいたら泣いちゃいます。ありがとうございます」

 美乃里は理々子を引き寄せて頭を撫でる。


「あー! 理々子と私に対する美乃里さんの対応が全然違う~!」

 美乃里は麗佳も引き寄せて頭を撫でる。

「やたっ! 美乃里さ~ん」

 麗佳が右手にしがみついてきたので今度は頭を思い切り叩いた。


「じゃあ美乃里、添削しましょうか。主将も観たがってたから学祭の前にもう一度添削っさせろって言って来ると思うけどね」

「うん、そうだろうね。でも、当り前だけど藤香も主将も具体的なアドバイスしてくれるから二人共の添削が受けられるなんて贅沢だよ。逆にうれしい。よろしくお願いします」

 美乃里が頭をペコリと下げる。


「拝見します」


 藤香がルーペで一○枚のベタ焼きを順にゆっくり観ていく。枚数が多いので緊張する時間もいつもの何倍もかかる。ひとコマ観る毎に藤香が小さな声で「へー」とか「あ」とか言ってるのもすごく気になる。応援部で怒濤の夏休みを越えてきた美乃里でも添削を待つ緊張感はやっぱり違った。胃が締め付けられるような感覚から早く解放されたかった。


「美乃里さん、美乃里さん。高千穂先輩が呼んでますけど・・・・・・」


 麗佳から声を掛けられて気付く。緊張のし過ぎで久しぶりに意識がどこかに飛んでいたらしい。

「あ、なに?」

「何、じゃないわよ。添削が終わったんだけど。『拝見しました』って言ったじゃない」

「ゴメン。ちょっと出掛けてた」

 美乃里は最近ポニーテールにしている頭をポリポリと掻く。


「しょうがないわね。駆け足で観たから、取り敢えずの総評を言うね。個々のことなら訊いてくれたらもちろん答えるし、主将からも訊けると思うしね」

「う、うん」

 美乃里はグッと身構える。

「美乃里ははっきり言って、写真部に入って大正解だったと思う。観せてもらったけど、どれも素敵。どのコマどのコマも美乃里じゃなきゃ撮れなかった写真だわ。すごく臨場感って言ったらいいのかリアルっていうかな、んーどんな言葉もぴったりくる感じがしないんだけど、とにかく美乃里でしか撮れなかった写真なのよ。スゴイとしか言いようがないわ」

「え! そんなに凄いんですか? 私も観せてもらっていいですか」

「あ、わたくしも観たいです。よろしいでしょうか」

「いいよね? 美乃里」

「うん、もちろん。観て観て!」


 麗佳と理々子は枚数の多いベタ焼きを半分に分けてそれぞれから観始めた。

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