第61話

 翌朝、出掛けに訳を話して病院に行くと言ったら、母親が泣いた。母親の反応がある程度予測出来たからこそ敢えて出る間際に告げたのだが、怒られこそすれ泣かれるとは思っていなかったので、自分の浅はかな考えを本当に反省した。だから先生から念のために一週間はコルセット着用を言い渡されたものの問題ナシと言われたことはすぐさま母親にLINEした。しばらくして画面を見ると笑顔のスタンプが返って来ていてホッとした。

 

授業は逸る気持ちを抑え込んで集中しようと努めた。これ以上は母親を泣かせてはいけない、と今朝の一件で改めて思ったからで、今更ながら自分の感情をもっとコントロール出来るようになろうと思ったのだ。


口の中で「平常心平常心・・・・・・」と唱えながら時間をやり過ごしていたらいつの間にか第六限まで終わっていた。これでは本末転倒だ、と主将の口癖を思い出しながら授業から解放されたカラダを写真部室へ向ける。


「主将!」


 文化部棟に向かう渡り廊下の向こう側に康岳を見つけて呼んだ。

美乃里に気付いた康岳が足を止めたので少し小走りで駆け寄った。


「先週、主将に言われたことを忘れないうちに写真撮って来たんで添削お願いしてもいいですか」

「お、ええなぁ。ええ写真撮れたんか?」

「はい、何とか自分なりの解決の糸口が見えたような気がします。 まぁもしかすると主将の前で撃沈しちゃうかもですけど、あたし的にはかなり自信作が撮れた気がします」 

「そりゃあ楽しみやなぁ。そしたら六ツ切はええから、とりあえずベタだけ焼いて観せてもらえるかな」


「拝見します」


 美乃里はこの添削の時の雰囲気が苦手だった。さっきまでは笑顔で話していたのに添削の時になった途端にピーンと緊張するのだ。藤香の時でさえそうなのだからまして康岳に観てもらう時の緊張の度合いはハンパない。特に今日は今までと違ってそれなりの自信があったのに、自信があるからこそ良い結果が告げられなかった場合の落ち込みを想像してしまい、余計に強張ってしまう。


しばらくすると康岳が顔を上げ美乃里と目を合わせる


「大御所の写真家で操上和美っちゅう人が『コップの一杯の水で、写真が撮れたら一流のカメラマンになれる』っ言うてんねん。それは何事にも興味を持って観察を続けることが良い写真を撮るためにいちばん大切や、と言うことやねんけどな。俺が伝えたかったんも、それなんや。今回は言うたことをしっかり守って期待以上のものを返してもろたわ。もう大丈夫やな」


「え?」美乃里は思わず聞き返す。


「合格や。もちろんこれでゴール言うわけやないけどな。ひとつの到達点やな。この調子で撮り続けたもろたらええわ。ガンバリや」

「主将、ハグしていいですか?」

「アホ、勘弁せいや! 俺がそんなん苦手なん知っとるやろぅ」

 康岳は茹でダコのように耳まで真っ赤して身構える。

「そんなことより一本撮ってしもたんやったら、もう一本渡すから金曜日までに撮って来れるか? その時に今回の分と一緒に六ツ切まで観せてもらうんでもええけどな。どうや?」


「そのことなんですけど、今月はちょっと本業が忙しいんで写真に掛かり切りになれないんですよ」

「チアか? おぉそうか。甲子園予選始まっとるんやったか?」

「それもそうなんですけど、六月にはチアの県大会があって写真部になかなか来れなかったし、七月・八月は野球だけじゃなくて高校サッカーも一次予選が始まるし、なによりインターハイがあるからスケジュール調整がしっちゃかめっちゃかになっちゃてて、さらにその上ビーチバレーも八月の初めに大会があるんですよ。その中で、それこそ引継ぎもしてかなきゃいけないんで、写真が撮れないわけじゃないんですけど、部室に来る時間が作れそうになくて・・・・・・」


「そう言やそうか。そしたら無理せんでええわ。夏休み中もそんなに時間が作れんのかも知れんけどLINEとかで連絡してもろたら顧問に連絡とって暗室も使えるようするから、いつでも言うてくれたたらええわ。あ、俺やなくても藤香でももちろんエエけど、出来たら俺にも添削させてくれ。なんか今日のベタ見せてもろてホンマに小西さんの感性が楽しみになって来たしな」


「そんなこと言っちゃったら本当に図に乗っちゃいますって。でもありがとうございます。部室にあまり来れなくなっちゃう前に写真の道筋も見えるようになって来てホッとしました。学園祭にも胸を張って出展できるような写真が撮れるようにチアやってる時も傍らにカメラを置いておこうと思ってます」


「おぅそれがええわ。俺が言えるんは『森羅万象に好奇心旺盛たれ』っちゅうこっちゃな。待つんやなくて、どんどんと攻め入っていく気持ちをいついかなる時もどんなものに対しても持ち続けることが大切や。『こんな写真が撮りたい』と思えるようになったら、そのために自然と創意工夫するようになって来るしな」

「はい、あたしもなんとなく今回で分かったような気がします」

「それが分かったんなら、もう怖いもんナシや。あとはどんな素材を選ぶかやからな。逆になかなか会えん分、その次に見せてもらう写真がホンマに楽しみになって来たわ」

「だから~、やめましょうよぉ。めちゃめちゃハードルが上がって越えられなくなっちゃいますから」

「小西さんならどんなに高い壁でもきっとダイジョブやて。ほなら個々について添削して行こか。あ、今日はチアの方はええんか?」


「今日は大丈夫です。なので添削お願いします」

「よっしゃ。そしたらええのんはコレとコレとコレとコレやな。他のも大方は悪くはないで。悪くはないけど、良くもない。いわゆる絵葉書的な写真やな」

 言いながら康岳がネガシート上にダーマトで丸を四つ描いた。

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