第58話

「他の人はどう撮ってるのかは知らないけど、私はこのやり方が性に合ってるわね。撮った後から題名をつけるっていうのは逆に私は苦手。なんかしっくりと来ないのよ。例えば、花を撮る時に大きめの花と小さめの花の対比が面白いと思ったら『親子』っていう題名を先に決めてそれが本当に花の親子に見えるように構図を取るわ。そうやって私はファインダーを覗きながらいっつも題名を考えてるのよ」

「はぁ・・・・・・」


 初心者の美乃里には茅野の言っていることが今一つ想像が出来ずに相槌もあいまいになってしまうことがもどかしかった。茅野には美乃里が今一つな表情をしているのが気になった。


「ダマされた、と思って試してみて。それが性に合わないようなら自分なりの撮り方を考えてみればいいだけだから。ファインダーを覗いた時になんて題名にしようかなぁって思い浮かべるだけなんだから、ね。カンタンでしょ」


「あの! わ、わたくしも同じように、試してみてもいいですか?」

 いつもの調子で何かを考えていた様子の理々子が突然声を発する。

「モチロン、試して見てみて。写真って自分が面白いと思ったことが観る人にも同じように伝わることだと私は思ってるから、コツはその意識を常にすることね」

 茅野はちょっとびっくりしたが、理々子の一生懸命な表情がとても可愛らしく思えた。



「あったあったぜ。おぅ、これ使ってみな」

 シャワーのあと、そういえば姿の見えなかった安原が黒く長細い包みのようなものを持って三人のいるリビングに入って来た。包みだと見えたものは実はファスナーと肩紐の付いたバッグ状のもので、安原はその中からパイプの束のようなものを取り出す。


「お前ェさん、カメラ始めたばっかりだってんなら。道具もねぇんじゃねぇかと思ってな。それとも何かぃ、もう持ってたか?」

「あ、いえ。っていうか、これって?」

「三脚だよ、持ってねぇだろ。いやなぁ俺はなぁ三脚が好きでな、ちょっと良さげなもんがあるとつい買っちまうのよ。でもな、自分でもバカじゃねぇかと思うんだけどな、結局のところ使うなぁそのうちの何本かなんだよ。俺がそのまんま持ってたって宝の持ち腐れだからな、お前ェさんが使えばいいんじゃねぇかと思ってな・・・・・・」


「え、いや。そんな高価なものいただけないです」

「そう言うと思ったからな、やるんじゃねぇんだよ。この先、お前ェさんが本当に写真が面白れぇなぁって思って、自分の三脚を買うようになったら返してくれ。そう言うこった」

 美乃里は安原の心遣いを理解してとてもうれしくなった。


「たとえばカワセミとかな、俺みたいな写真撮ってる人間にゃもちろん必須だが、三脚を使うと視線が安定するからな。むしろ、初心者ならどんどん使って三脚と仲良くなれ! そうしたらもっといい写真が撮れるぜ。頑張りな」

「はい! ありがとうございます。思う存分使わせていただきます」

「バンバン使い倒せよ。帰って来た時にキズひとつ付いてなかったらブッ叩くからな! 覚悟しとけよ。キズだらけにして返すんだぞ」

「はい! 肝に銘じておきます」

「よーし、その調子だ。約束したぞ」



「ありがとうございました。紅茶もごちそうさまでした」

 茅野がアイロンまでかけてくれた制服はすごくいい香りがした。

「おう、良いってことよ。こっちもな、孫娘が増えたみたいで楽しかったからよ。そうだ、学祭はいつだ? 当然、お前ェたちも出展するんだよな」

「はい! 9月です。その時はお知らせしますから絶対に見にいらしてくださいね」

 美乃里は安原夫妻に観てもらっても恥ずかしくない写真を撮ろうと新たな張合いを感じていた。


「今から楽しみにしてるわね。いい作品を期待してるわ」

「おう、そりゃそうと、本当に送ってかなくていいのか」

「はい! この辺りなら半分地元みたいなもんですから、すぐそこの駅から電車に乗って帰ります。ありがとうございます」

「いや、そうは言っても腰の具合は大丈夫なのか」

「念のために明日は朝お医者さんに寄って学校に行くようにします。今日のところは大丈夫です。本当にありがとうございました。あ、三脚も」

「気を付けて帰るんだぞ。俺ぁ今ンところはカワセミ一本だからよ。気が向いたら来てみな、大概はいると思うぞ」

「あ、はい! また、遊びに行きます」

「やだわ、遊びに来るんならカワセミ撮ってる爺ィさんのとこじゃなくてウチにいらっしゃいな。一緒にお茶しましょ」

「来ていいんですか? じゃあ、すぐにでも来ちゃいますよ」


 美乃里と理々子はすごく温かい気持ちになって安原邸を後にした。

「最初はすごく怖かったですけど、とても良い方でよかったですね」

「うん、よかった。師匠は最初以外ほとんど喋れなかったけどね」

 美乃里は理々子がずっと下を向いていたことをからかう。


「え! あ、あれは、ですね。え、と、ですね」

「いいって。あたしが池に落っこちちゃったときには呼びに走って行ってくれたんだし、師匠は今日はスッゴク頑張ったよね」

 美乃里は歩きながら理々子の髪をヨシヨシと撫でた。


「車の中では事情の説明もしてくれたんでしょ? 偉かったね」

 理々子は褒めてもらえたことがうれしかった。


 最寄りの駅が見えてくると、あのね、と美乃里が改めたように理々子に話しかける。


「そこの喫茶店入って良い? ケーキ奢るからさ」

「あ、はい。構いませんが、何でしょうか」

「サンキュ! じゃ行こ行こ」


 美乃里は理々子の問いには答えず改札前にある喫茶店へズンズンと歩いていく。

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