第51話
「あのなぁ・・・・・・訊くけど小西さん。何でこれを撮ったんかなぁ」
美乃里の写真を観た康岳からため息混じりの言葉が洩れた。あれから数えてもうすでに四回目の添削を向かえてのことだ。
「友だちの放課後の様子を撮影してみたんです、け、ど、何、か、いけなかったですか」
最初の写真以降、実は美乃里は康岳から良い評価を引き出せていなかった。というよりもダメ出しばかりを受けていたので、生意気を言うようだが軽いスランプに陥っていた。
という訳で今までとは少しテーマを変えてみようとクラスメートに頼んでポートレートを撮ってみたのだが、康岳の口からは期待した言葉が出てこなかったので訊き返す声が少し震えた。
「いや、いかんちゅうことやないんやで。ないんやけど、今までと題材が違うやんか。あ、題材を替えるのをアカンて言うてる訳やないんやけどな、アレコレ手を出すよりはひとつの題材で一応の到達点を出してからの方がエエっていうたらええやろか。それが前にも言うた反復練習ってことにもなるわけやからな」
「で、でも何度撮っても主将の言うようには撮れなくて、ちょっと気分転換をしてみた方がいいのかなと思ったんです、けど」
美乃里の声は自分でもは信じられないくらいか細かった。
「出来へんのやったら出来るようにならな。スポーツかてそうやろ」
スポーツに例えられなくとも理解は出来るのだが、それが写真に置き換わるとどうにも勝手が違い過ぎてどうしていいか分からなくなるというのが美乃里にとって本当のところだった。最初に撮った写真の評価が思った以上に良かったことも美乃里の応用を悪くしている一因かもしれなかった。
「ズバリ言うで、ジブンの写真は散漫すぎるんやわ。もっと一つのことにこだわって撮影してみ。最初のフグかてそうやったやないか、気ィ散らさんとひとつの被写体を撮り切ってみ」
「でもあんなに集中して撮れる題材にあれ以降は出会わなくて」
「ちゃうちゃう! 偶然の遭遇を待つんやないんやで。森羅万象に対して自分から興味を持ってこだわり抜くんやて。こっちから探しに行くんやがな。待っとっても被写体は来てはくれへんのやで」
「はぁあ、そうなんですけど。分かってはいるつもりなんですけど」
美乃里は小学校四年生の頃を思い出した。チアを始めたばかりの頃、気持ちが先走ってしまってもどかしい思いをずいぶんしていた。
「次の一本はひとつの被写体を撮り切ること。浮気したらいかんで、他に気ぃが行きそうになっても踏ん張って最初に撮り始めた題材を撮り切ること。小西さんにはそれが課題や。ええか、ひとつの被写体以外撮ったらあかんで」
「はぁ、はい」美乃里の受け答えはどことなく心もとない。
「申し訳ありませんでした。わたくしのせいですね」
添削が終わって康岳の元を離れた美乃里に理々子が小声で近づく。
「あ、ううん、理々子のせいなんかじゃないよ、あたしに技術がないからだから。あたしにはやっぱり感性なんて備わってないんじゃないかなぁ。あたしこそゴメンね。理々子自身が写真撮る時間まで削って付き合ってくれてるのに不出来な弟子で」
「止めてください! そんなことはおっしゃるべきではないです。美乃里さんには申し訳ないですが、父がいつも『人は他人にモノを教えられるようになってこそ一人前だ』と言ってるんです」
理々子は今にも泣きだしそうに訴える。
「美乃里さんにご案内することで、わたくし自身の知識のおさらいをすることが出来ますので、機会を与えてくださった美乃里さんに逆に感謝しています。そしてなによりわたくしの苦手だった人とのコミュニケーション術の鍛錬にこの上なく役立っておりますので、お願いですからそのようなことはおっしゃらないでください」
「コミュニケーション術の鍛錬ねぇ・・・・・・分かった。もう悪いなぁなんて思わないで理々子に頼り切るね。理々子も先輩に対する遠慮は全部取っ払ってビシビシとしごいてね」
「かしこまりました。わたくし本日この時より心を鬼にいたします。ビシビシですね」
言いながら理々子が真顔でムチを振るう真似をした。
「う、うん。でも、手加減してくれてもいいよ。怒らないから」
「そうは参りません。わたくし、美乃里さんのためなら『師匠』という呼ばれ方も甘んじて受け入れます。今まで申し訳ありませんでした、これからはご希望通りにわたくしのことを『師匠』とお呼びください」
「いや、理々子・・・・・・。うん、あ、ありがとう」
鼻を膨らまして意気込む理々子の顔を見て美乃里は咽喉まで出掛かった言葉をゴクリと飲み込んだ。
「美乃里さん! これって美乃里さんのおうちのおそばですか?」
先週のことを引きずって重い気持ちで写真部の部室の扉を開けた美乃里にいきなりハイテンションの理々子が駆け寄って来た。
「ン? な、何、なんのこと?」
「これです! これ、美乃里さんのご近所ですか?」
見ると理々子の手には何やらの紙片がしっかりと握られていて、ぶんぶんと振られた手先でヒラヒラと舞っていた。
「なに? ちょっと見せて」
理々子から受け取ったそれは地域のタブロイド紙の切り抜きで、そこには名物になっている蓮の花が今年も咲き始めたという記事が書いてあった。
「あぁ、蓮池ね。うん、近所と言えば近所かな。自転車で行くような距離だし、あたしも行ったことはないんだよね。で、これがどうしたの、理々子」
理々子は無言で少し困ったような表情になる。
「理々子? ねぇ、これがどうしたの? ねぇ、理々子」
理々子はなおも無言で眉間に少しばかり皺を寄せて小刻みに頭を横に振った。
「理々・・・・・・あっ、もしかして・・・・・・師匠?」
「はい。そうでしたよね」
理々子は表情を崩さずにやっと言葉を発した。
「で、師匠。これがどうかしたの?」
美乃里は少しため息をついた。
「はい。少し学校よりは遠くなってしまうかもしれないのですが、写真の題材として良いのではないかと思いました。ですから美乃里さんがよろしければちょっと見に行ってみませんか」
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