第50話

「もう虫の息なのかと思ったら、まだこんな悪足掻きするのかよ。諦めが悪いなぁ」


事務机の抽斗からポスターの掲出認可印を出しながら、志熊蓮司は嫌味を込めて言った。


「なに言ってんだよ。最後まで諦めないぜ。写真部は不滅だ」

 樫雄は憤慨して同級生でもある生徒会副会長を睨み返す。


「だってさぁ考えてもみろよ。前から言ってるけどさぁ、デジタル全盛時代にフイルムってなによ? そんなの知らねェって。一部の物好きが自己満足のためにやってるだけだろ。お前もせっかくいい腕持ってるんだからさ、そろそろ二本松の呪縛から解き放たれろよ、いい加減さぁ」


 生徒会役員でありながら野球部にも籍を置き樫雄の写真の腕前も認識している蓮司は呆れた様に言葉を続けた。

「うるせぇうるせぇ。俺を悪く言うのは構わねぇが主将を貶す奴は例え親友と言えども許せねぇ」

「うわっ真顔で親友とか言ってんじゃねえよ、キっモいなぁ。そうじゃなくて、もういい加減にデジカメのことも認めろって言ってんだよ。お前と二本松の師弟関係を茶化して悪かったけどさぁ、結局はそういうことだろ。お前、フイルムにがんじがらめにされて自分の首絞めてるなってのは分かってるんだろ。そんなことじゃ、世界に取り残されるぞ。お前の腕も泣くぞ」

「いいんだよ、俺は俺でちゃんと考えてるんだから。放っとけよ。それに俺のこたぁ関係ねぇだろ今は。写真部の部員募集のポスターの掲出許可のハンコだけ押しといてくれりゃあ、良いんだよ」


「分かったよ、取り敢えずもう何にも言わねぇ。で、どうする? 掲出期間を長くすりゃ貼れる場所が少なくなるし、掲出期間を短くすりゃ貼れる場所は多くなる。どっちがいい?」

「え、待て待て。もぅ一度訊いていいか」

「よし、もういっぺんだけ言ってやるからよぉく訊いとくんだぞ。一週間なら正面玄関に東階段と西階段横の各階の掲示板、各学年の職員室前、学食内の三か所と正門横のガラスケースの掲示板だよ。一か月なら正面玄関と学食内一か所、正門横だな。連続掲示は不可。一週間なら一週間、一か月なら一か月は再掲示NG。それから掲示回数が少ない部活や同好会に優先権があるからバッティングしたらさらに再掲示までのブランクが開くな」


「ん? ん、うんと・・・・・・。九か所か三か所か。う~ん、迷うな」

 樫雄が指を折りながら許可される掲示板の数を確認している。


「う~む、どうすっかなぁ。露出は多いけど期間が短いんだろ、で、露出は少ないけど期間は長いと・・・・・・。んー、どっちがいいかなぁ。うーん・・・・・・」

腕を組んでしばらく目を閉じていた樫雄は、突然目を見開いた。

「うん、決めた。ひと月だな。それに賭ける」

「おぉその方がハンコ押す手間も省けるぜ。部員、集まるといいな」

「けっ、心にもないこと言ってんじゃねえよ」

「いやいや、個人的には応援してんだぜ、写真部」

「気休めは止めてくれ!」

「何だよ? お前自身がそう言うってことは自分でも可能性の低さ加減は十分に認識してるって事だろ? だとしたらやっぱりもっと建設的になれよ」

 痛いところを突かれたので樫雄は即座に言い返せなかった。

「ほい、ほい、ほい、と。はい、三枚ね。じゃあ、これは預かっとくよ。六月十五日から夏休み前のひと月、せいぜい頑張るんだな」

 

来た時と違い項垂れた気持ちで樫雄は生徒会室を後にした。


 二・三限の間の休み時間、トイレに行こうと三階の廊下を歩いていたら、樫雄はいきなり腕を掴まれて後ろに引き戻された。


「部員の募集ポスター、なんであんなに貼ってる場所が少ないの? あれじゃ目立たないじゃん。もっとジャンじゃか貼らなきゃ」

 引っ張られた方向に振り向くと頬を膨らませる美乃里がいた。


「仕方ないだろ、枚数か期間の二択なんだよ。数を選んだら一週間だぞ。場所は少なくても長いあいだみんなの目に触れてる方が良いじゃねえか。違うか?」

 絶対に誰かに文句を言われるとは思っていたので、なるべく掲示開始までポスターの件には触れないようにしていたのだが、やはり思った通りの反応だった。貼り出されてから数日間は誰からも何も言われなかったから、すっかり安心して気を抜いていた。

「そうなの? それならそうと言ってくりゃいいのに。腹立てて損しちゃったじゃない。絶対に文句言ってやろうと思ってたのに最近添削の時ぐらいしか写真部に行けなくて全然知らなかったよ」

 美乃里は爪を立てて掴んでいた樫雄の腕から力を抜いた。


「うーん、二択だったらあたしでも期間を選ぶかな? それにしても一週間って短すぎない?」

「まぁな。写真部は今まで部員募集のポスターなんて作って貼ったことなんてなかったから俺も知らなかったんだけどな、そうなんだと。掲示期間の延長も出来ないってんだから、しょうがねえよな」

「でさ、どうなの? 反応あったの?」

「訊くな! 現状では反応はほぼゼロだ。学食はなるべくポスター近くに座ってスグに声かけられるように臨戦態勢とってるけどダメだな。見向きもされねえよ」

「麗佳と理々子に会ったら、クラスメートとかにも声を掛けてって言っとくしかないのかな。ちょっと本当にやばくなって来たよね」

「まぁ、ひと月はみんなの目に触れてるんだし、気にしてもらっといて学祭で本気にさせるか? しっかり企画立てないとな」

「あ、うんそうだね。あたしも頑張るよ」


 そこまで話すとチャイムが鳴ったので、二人はお互いの教室まで急いで戻った。

 

 デジカメ同好会が写真甲子園のブロック審査を通過し本戦大会に進出することが決まったのは、二人が言葉を交わした翌日のこと。『デジカメ同好会 写真甲子園出場おめでとう!』という横断幕が校舎の正面に掛けられると写真部の敗色はますます濃厚になった。じたばたしても始まらないと、美乃里は自分の写真をレベルアップさせることだけを考えるようにした。とは言うもののなかなか実力が伴わないのが目下の悩みの種だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る