第49話
「よろしくお願いします」
慎重な表情で美乃里がベタ焼きと六つ切を差し出す。
康岳は「拝見します」と言うと、まずルーペを使ってベタ焼きをひとコマづつ丁寧に覗いた。六つ切もルーペで隅々まで細かく確認するように観たり伸ばした腕の先で持って眺めたりしている。
思った以上に無言の時間が長いので美乃里は気が気でなかったが、自分からは声も掛けられず少し胃がキリキリし始めた。
しばらくして小さくため息をつきながら康岳が顔を上げる。
「・・・・・・ど、どう、です・・・・・・か?」
美乃里が恐るおそる声を掛ける。
「うん。えぇんちゃうかな」
康岳が小さく頷いてから美乃里の顔を見て答えた。
「え? 本当ですか? いいですか? 良かったですか?」
美乃里の顔がパッと明るくなる。
「まぁ初めてにしては、っちゅうこっちゃけどな」
「いえ、いいんです。箸にも棒にも引っ掛からないほど酷いんじゃなきゃいいです」
美乃里はホッとして撫で下ろすように胸に手を当てた。
「藤香からも聞いたんやろうけど、この写真は縦の構図の方がまとまりは良かったと思う。そこが残念に思えるところやな。そやけど」
「けど?」
「横構図でも嫌な感じの余白ちゃうから、これはこれで一つの表現ではあるんちゃうかな」
「ホントですか? そんなこと言われたら図に乗っちゃいますよ」
「ええんや、自分の作品に自信を持つのんは悪いことやない。自信過剰や自己満足は禁物やけどな。自分がエエと思てる写真やなかったら、そんなん人にかて伝わる訳ないやろ」
「なるほど。まぁ、そりゃそうですね。確かに」
「あとはブレとるのが残念やけど、まぁ勢いっちゅうか躍動は感じるんで、これもこれでえぇんちゃうかなぁ。これが意図的に出せるようになったら本物やけどな。それこそ学祭に出してもええと思う。あとはベタを観てエエと思たんはコレとコレとコレやな」
「え、ホントですか? 藤香が選んだのと全部一緒なんですけど。スゴくないですか?」
「そうなんか? せやけど、まぁそうやろうなぁ」
「え? どういう意味ですか?」
「小西さんの写真はまだ粗削りやねん。言うても始めたばかりなんやから当り前やけどな。せやから逆に言うたらこれ以外はええことないねん。玉石混交言うたら聞こえはええけど、まだまだなんや。せやからマシなコマは、っちゅうことで理解してもろたらええわ。藤香はそんなキッついことは言わへんかったとは思うけどな」
「ナル、ホド。はぁ・・・・・・そういうことなんですね。・・・・・・藤香、ありがとうね」
嘆息した美乃里は気が付かなかった藤香の気遣いに礼を言った。
「え、うん、まぁ初めてだからね。もぅっ! どうしてそんな身も蓋もない言い方すんのよ、主将! 美乃里がかわいそうじゃない!」
礼を言われた藤香は少し気まずくなって美乃里を正面から見られなくなった代わりのように康岳を責めた。
「なんやねんな。遠回しな言い方してもダメなものはダメやろう。せやったら上達のためには真実を伝えた方が絶対エエに決まってるやんか。本人を傷つけないようにとか何とか言いながら結局本人のためにならんのは本末転倒やとは思わへんか」
そう言われると、藤香はもう言い返すことが出来なかった。
「でもこれは言うとくわ、小西さん。プロカメラマンと言われる人たちも決して一発必写してる訳ではないねんで。ひとつの被写体に対して最低でも一〇枚、あるいはそれ以上の枚数を撮影してその中から自分のベストショットを選び出すんや。そういう意味でいうと、小西さんはひとつの被写体に対してのこだわりが全然初心者ぽくはないねん。普通の人はせっかくオモロいと思た被写体のハズやのに数枚撮っただけですぐに別の被写体探して移動してまうんや。せやから普通はひとつの被写体にこだわり抜くことを説明することから始めるからな。そういう意味では小西さん、素質あるで。ジブンの感性の表現が冗談抜きで楽しみやわ」
「そんなこと言われたらプレッシャーがハンパないです」
「ええやんええやん。プレッシャーなんて才能のある人間しか感じへんもんなんやで。どんどん感じたらええわ。その向こうに明るい道が開けとると思たら張り合いも出るやろ。プレッシャーに負けるようなら、結局はそこまでの人間やったんやっちゅうこっちゃ」
言いながら康岳が両手で美乃里の肩をポンポンと叩いた。
毎日が化学実験
毎日が創作活動
来たれ!
理系アーティスト!
写真部へ
数日後、樫雄が渾身の知恵を絞った部員募集ポスターが出来た。
太ゴシック体の文字がA4サイズの白地の上にバランスよく横組で配置された部員の募集ポスターは写真部内でも賛否が分かれた。
否の方は、やはり写真を使った方が良いという意見だったが樫雄自身はこれが現状でのベストだと確信していた。
と言うのも、写真を使うと観る人の意識が写真の方にも割かれてしまい本当に伝えたいことがぼやけてしまうと考えたからだ。
不満を唱えたのは主に藤香と麗佳で、何が良いとは言えないけれども「思ってたのと違う」というものだったので、そもそもの発案者である美乃里の「うん、これが良いと思う」という言葉の前には無力だったし、理々子の「分かりやすいと思います」という意見にも後押しされた。主将も「インパクトあってええんちゃうか?」と言ってくれたので自分なりにもかなり手応えを持つことが出来た。
それで意気揚々と生徒会室を訪れた筈だったのだが・・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます