第47話

 あ、あのぅ、と訊きにくそうに理々子が声を上げる。


「美乃里さんは、それ以来チアリーディングはなさってないということなんでしょうか」

「圧迫骨折っていうのは腰の骨が圧し潰されちゃってるから繋がりはするけど骨そのものは潰された形のままで完治しないし、骨の形が変形しやすいことがあるんだって。だから、入院中は絶対安静だったんだよね。それに退院してからも長いことコルセットを締めてたし、運動どころかまっすぐ歩くのも大変な状態だったのよ」

「お大変だったのですね」


「でもあたしにはそれよりも母親をすごくすごく悲しませちゃったことが何より堪えたわ。それまでは心から応援してくれてただけにね。さっき病院の天井って言ったけど、本当は目の前に泣きはらした目を真っ赤にして頭に包帯巻いた母親がいたの。あたしが大怪我したって電話受けた時にショックで気絶しちゃってどこかにぶつけたらしくてね。『チアをやることを許した自分が悪い』って言われた時には本当に本当に後悔したわ。一時は槙奈と時那のご両親ともギスギスしちゃうぐらいチアのことを憎ませちゃったの。だから、あたし自身はもちろんだけど母親のためにもチアを少しの間お休みすることにしたのよ」

 美乃里は当時の母親の痛々しい姿を思い出して泣きそうになった。


「でも、あたしは絶対にチアに戻りたかった。お休みしたことで、その気持ちはますます大きくなったの。母親には『もう金輪際チアはやらせない!』って言われてたから、説得には本当に時間をかけたわ。ううん、まだマネージャーなんだから、時間をかけてる最中ってことになるんだけどね」

「そこまでチアリーディングを嫌いになってしまったお母様にどうやってマネージャーとはいえ美乃里さんが復帰なさることを許していただいたんですか」

「まずは、チアがあたしの性格を百八十度変えて新しい世界を切り拓いてくれたこと。だから、チアを拒絶だけはしないで欲しいこと。今回のことは、ほかの誰のせいでもないあたし自身に全部の責任があること。だから、時那と槙奈とも今までと同じように笑顔で接して欲しいこと。それから、同じような悲しい事故が起きないように後輩たちを正しく導くために将来的に指導者になりたいこと。そのために、まずマネージャーとして裏方からチアに関わりたいこと。そして、もうぜったいに無茶なことはしないからお医者様から許可が出たら演者に戻りたいことを時間をかけて何度も何度も話したし、話し続けてるの」


「チアリーディングそのものにも復帰なさるおつもりなんですか」

「大学から始める娘だって多いんだから、そのつもりではいるんだけどね」

「では、美乃里さんのチアリーディング姿を見せていただくことが出来るのですね。スゴイです。ぜひとも観せてください!」


「絶対観に来て、約束ね。チアに再デビューしたら連絡するから。あたしのカッコいいとこ観せたげる。あ、それから樫雄」

「なんだよ?」

「その時にはあたしのサイコーの一枚、撮ってよね」

 少し驚いた顔をした樫雄はすぐに笑顔になって親指を立てた。

「おぅ、俺が美乃里の渾身のベストショットを撮ってやるよ」


「ズールーイぃー。麗佳もですよ」

「何言ってんのよ。あんたにも観せてあげるわよチア一筋の底力を」

「約束ですからね、かならずですからね」

「逆に来ないと殴るよ、麗佳は。当然、藤香も観に来るよね?」

「美乃里がどうしてもって言うんなら観てあげてもいいけど」

「お願い! どうしても!」

「しょうがないなぁ、そこまで言うんなら観てあげようかな」

「覚悟してね。感激しちゃって泣いても知らないよ」

「分かった。ハンカチ沢山持ってくよ」

「おっしゃ~! みんなが観てくれるんだって思ったらこれからの張り合いが断然違うわ」

 美乃里がガッツポーズする。


「なんや、俺には観せてくれんのかいな」


 背後からの突然の声にその場にいた四人が全員振り返る。


「主将! びっくりするじゃないですか」

「びっくりもなんも、さっきからずっと居るのに気がつかへんかったのんは、お前らの方やろう」

「え? ずっと? いつから居たのよ。声かけてよ主将」

「せやけどメチャメチャ盛り上がっとったからな、途中で話の腰を折るのもなんやなぁと思たし続きも訊きたいなぁと思たからな成り行きに任しとったんや」

「主将! どこから訊いてたんスか。勘弁してくださいよぅ」

 話の内容を思い出し、樫雄は顔を赤くした。


「どこて。話のどれぐらいかは分らんけどな。小西さんが『責任取って一生面倒見てくれたら許してあげてもいいけど』て言うたら、加農が『バッ、バカ! 何言ってんだよ!』て言うてやな。それに対して小西さんが『バカとは何よ! 初恋の君が結婚してあげてもいいって言って差し上げてるのに』て返したらやな。加農が真っ赤な顔してからに『い、いや。そ、それとこれと、こ、これと、そ、それとは、じ、事情が違うだろ!』ってむちゃくちゃ慌てやがって噛み噛みになったところからやな。セリフ、これで合おてるか」

 康岳は声色も真似て完全に二人の会話を再現してみせた。


 藤香と麗佳、そして理々子は三人とも大ウケで笑い転げ、美乃里と樫雄はこれ以上ないぐらいに赤面した。


「さすが完璧主義者! ここまで徹底してるってのはもはやスゴイを通り過ごして異常よね。ますます尊敬しちゃう!」

「ま、いちおう褒め言葉としてもろとくわ、藤香」

「でもさ、遅かったじゃない主将。今日はどこ行ってたの?」

 固まってしまっている美乃里と樫雄のことには一切構わず、藤香は会話を進める。

「紫陽花やな。シーズン前のロケハンや。そんで帰って来たらたまたま事務室の前を通りかかった時に呼び止められたんや。写真部の代表者宛に電話が掛かっとる言われてな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る