第46話

 思い出しながら語る美乃里に、ねぇと藤香が声を掛ける。


「訊きにくいんだけどさ、どうしてそんな美乃里がマネージャーをやってるの。っていうか、なんて呼んだら分かんないんだけどどうしてその演技者じゃないワケ?」


「・・・・・・そう、よね。そこんとこは訊くわよね、やっぱり・・・・・・」

少し笑顔も見せていた美乃里の顔は再び硬くなりため息をついた。

「あたしの通ってたクラブチームは小学生まではどちらかっていうと情操教育が中心になってて、リズム感を養うとか、曲に合わせて楽しく踊ろうみたいな感じのことをやるんだけど、中学生になると本格的にスタンツっていう組み技の練習とかもさせてもらえるようになるの。だから三人とも中学生になった時はうれしくてうれしくて仕方なかったわ」

 美乃里は藤香を見て暗く微笑む。


「ショルダーストラドルっていうカンタンに言うと肩車をするだけの演技があるんだけど、最初はそんなベーシックな技とかでもバランスよくきれいに出来ると鳥肌が立ったものよ。でも、先輩たちの演技を間近で見て知ってるわけだから段々と物足りなくなって来るのよ。本来は危険が伴うからって練習はみんなの技量が揃ってからでないと先に進ましてもらえなかったんだけど、あたしたちは一緒にいて息もぴったりだったから自主練習をこっそりしてたの。かと言っていきなりそんなに高度な大技は出来ないから、あたしたちがその時に目標にしたのはヒールストレッチっていう基本形の技ね。本当ならベースっていう土台になる人間が二人、トップっていう上で演技をする一人の他に、背後から支えるスポッターの四人でやるんだけど、その時はスポッターを省いてやろうって思いついたの。あたしたちには十分な力量がありますってアピールするために」


 言葉だけでは分かりにくいと思ったのか、イラストを描きながら美乃里はチアの演技を説明した。紙の上には、一人の人間が二人の人間の間で腰ぐらいの高さで支えられているのが何となく分かる程度=手足と胴は棒線で頭は丸=の画力で描かれていた。

「クラブは学校が終わってからの平日だけだったから、土曜と日曜が三人の特訓の日。親には必修の自主練だってウソをついてお弁当作ってもらって市営の体育館に行ってたわ」

 美乃里の顔がさらに一層暗くなったような気がした。


「本格的なスタンツの練習が始まる時には他の子たちよりも目立つ位置で演技したかった。基本的な技って言っても完成まではひと月ぐらいはかかるって言われてたから決して簡単ではないのね。だからこそ、それを早く完成させたら認めてもらえるって思ったのよ。クラブの全体的な進み具合で言うと二段階ぐらい先の演技なんだけど、その時はあたしたちなら出来るって気がしてた。今から考えると本当にガキでバカだったわ」

「そう、なんですか」


 自分にとってはすべて新鮮で興味津々で聞いていた理々子が驚いた様子で訊ねる。

「演技はね、スタンツを組むだけじゃあなくて、ディスマウント=つまり技を解く、ううん崩すってって言ったら分かりやすいかな、も大事なの。っていうかディスマウントの方がむしろ重要って言ってもいいぐらいなの、ホントにホントはね。でも、その時はそんな風に思えなかった。とにかく技を完成させることしか見えてなかった、というか見てなかったのよ。それに、ディスマウントの練習はちょっと地味だったしね。演技が上手くなってくればきっと自然と型も良くなるもんだろうって思いこんでたのよね」


 美乃里は目を閉じて少し下を向き奥歯を噛みしめた。


「そろそろ仕上げに近い段階の頃ね。ポジションはローテーションさせて誰がどこでも出来るようにしてたんだけど、その時は時那がトップで槙奈がライトのベース、あたしはレフトのベースだった。ヒールストレッチはもうほとんど出来てるからって、その日は欲を出してエレベータまでやってみようかってことになったの。って言うのは、腰の位置で支持してるトップの足を肩まで持ち上げるっていう演技でね」

 言いながら美乃里はまたイラストを描いた。


「でもね、それまでは腰で支えてたものをほぼ腕の力だけで上げるのはやっぱりぜんぜん違ったの。途中まで上げるんだけど胸ぐらいから上が上がらないのよ。腕がプルプルして来ちゃってどうしても崩れちゃうの。何回か目でやっと何とか持ち上げられそうになった時に槙奈が時那に向かってボソッと『だから練習の前にウンコしときなさいって言ったでしょ』って言った冗談にあたしがウケちゃって・・・・・・」

 話の内容とは裏腹に美乃里の表情がいっそう暗くなった。


「そこからの記憶はなくて次に気が付いた時に見えたのは真っ白な病院の天井だったの。笑って力が抜けて崩れたあたしの上に落ちてきた時那もろとも尻もちついて、あたしの腰に二人分の体重が一気に掛かったみたい。腰椎圧迫骨折で全治四カ月。ディスマウントをおろそかにしたバチが当たったのね。救いはケガをしたのがあたしだけだったことかな」

 四人が同時に声にならない聲を上げた。


「だからぁ、隠しときたかったのに。どうしてこんな写真を撮ってるかなぁ。ホントに信じられない。こうやって小西美乃里の黒歴史を喋らざるを得なくなっちゃったじゃない。どうしてくれるの? 加農樫雄ぉ」

 今までの暗い表情とは打って変わって美乃里は頬を膨らませ怒る仕草をした。

「悪かった。そんなこととは知らずに俺のことばっかりで、ホントに悪かった! 許してくれ・・・・・・」


 腰に手を当てた美乃里はうなだれた樫雄の肩にが右手を置く。

「責任取って一生面倒見てくれたら許してあげてもいいけど」

「バッ、バカ! 何言ってんだよ!」

「バカとは何よ。初恋の君が『結婚してあげてもいい』って言って差し上げてるのに」

 真っ赤になって照れる樫雄を前に美乃里は腕を組んで憤慨した。

「い、いや。そ、それとこれと、こ、これと、そ、それとは、じ、事情が違うだろ!」

「なにしどろもどろになってんのよ、冗談よ。でも、あたしも加濃クンのことを誤解してたところもあったのがよく分かったから謝らなきゃ。それに写真をずうっと持っててくれてありがとう。すごくびっくりしたけどうれしかった。だから取り敢えずはもう少し仲良くなりたい。ということで、さっきも言ったけど、あたしのことは『美乃里』って呼んで。いい? 呼んでみて」

「おぅ。み、み、美乃里」

「うん。あたしも樫雄って呼ぶね」

「おぅ、わ、分かった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る