第45話

「美乃里さん?」


 無言の状態がしばらく続いたあと理々子が美乃里に話しかける。


「美乃里さんて小学生の頃からチアリーディングやってらしたって言う今の加農先輩のお話は本当ですか。でしたら、すごいです! わたくし憧れちゃいます。わたくしと比べるなんて失礼なこと出来ませんけど、でもでも小学校の頃のわたくしには絶対に思いもよらないというかまったくもって想像もできないことです!」


「・・・・・・別にすごいことじゃないよ。たまたまだもん・・・・・・」

「え? 本当なんですね? すごいすごい、やっぱり美乃里さん、スゴイですっ!」

 誤魔化し続けていた美乃里はシマッタ! という顔になったが、少しするとあきらめたような表情になって重い口を開き始めた。


「小三の時にあたしは今のウチに引っ越してきたんだけど、お隣に同い年の双子がいたの。間宮槙奈と時那って言ってね。あたしたちはすぐに仲良くなったわ。そうしたら四年になった時に彼女たちが隣町のチアのクラブチームに入りたいって言い出して・・・・・・」

「間宮槙奈、時那っていったら俺も何回か撮ったことがあるぞ。彼女たちなら・・・・・・」

 そこまで言って、樫雄は美乃里の刺すような視線に気が付いた。今度は樫雄が肩をすくめて口をつぐむ番だった。


「何をするにも三人一緒だったから、何の躊躇もなくあたしも同じクラブに入ったの。二人に会うまでは超が付くぐらい引っ込み思案な子どもで、って言ってもあたしには小二までの記憶がほっとんど残ってないんだけどね。たぶん自分の中で暗黒時代の記憶を封印しちゃってるんだと思うんだけど、そんなだったから両親はとにかくすごく応援してくれて。だから、あたしの人生は彼女たちによって切り拓かれたっていっても決して言い過ぎじゃないんだよね」

 美乃里はもし姉妹に出会わなかったらと考えて今更ながらブルッと身震いした。


「入ってからが実は大変だったのよ。二人はもともとが運動神経も良くてリズム感もあったからどんどん上手くなっていくんだけど、あたしはアクティブなこととはほぼ無縁の生活を送って来てたんで、いわゆる一般人のスタートラインですら遥か彼方に霞んでるように思えたわ。でも二人はあるところまで行くとあたしのことをちゃんと待っててくれてね。だからあたしも何とか頑張れたの。とにかく早く追いつきたいって一心だったし。だけど二年掛かったわ、なんとかレベル的に二人に追いつけそうだって思えるまでにね。だから次は技術面だけじゃなくて度胸をつけるために『応援団ひとり』を考えついたのが、ちょうど六年生の夏休みの頃ね」


「応援団ひとり?」

 美乃里と目が合った理々子が訊き返す。


「そう。今からでもその時の自分を抱きしめて褒めてあげたいわ。よくまぁそんなこと思いついたね、って。技術的にも少しづつ自信がついてきて二人ともからむ機会も増えてきたんだけどコーチには表情が硬いってずっと言われ続けてて、何とかしたかったの。それに二人には無様な恰好を晒し続けて来てたから、内緒で特訓をしてどうにか見返したかったの。ううん、違うな。上手く言えないけどそんな意地悪な意味じゃなくて同等に見られたかったっていうのかな。励ましの対象としてじゃなくて対等のチームメイトとして認められたかったのよ」


 指で自分を指さしながら美乃里は言葉を訂正した。

「チアの恰好のまんまいろんな学校とかクラブチームとか練習してるところに飛び込みで行って試合の時に応援させてもらえないかを頼むのよ。それこそ以前のあたしだったら絶対に考えられないことなんだけどね。苦手を克服したいっていう気持ちが強かったのよね。でも、必死の思いで頼んでも断られることも多くて四割ぐらいしか成功しなかった。でも、だからこそ応援させてもらえた時は精一杯頑張って、とにかく最高の笑顔を心掛けたのよ。割り箸をくわえて口角を上げる練習も数えきれないほどやったしね。二人と比べても見劣りしないレベルになれるように。でもね・・・・・・」


「でも?」

 身を乗り出すようにして聞き入っていた理々子が訊ねる。

「三か月ぐらい経った頃かな、クラブ側にバレちゃってね。即刻、中止させられたの」

「え? 無断でなさってたんですか」

「特訓だもん。人知れずやらなきゃ意味ないじゃない、って思ってたのよ、その時はね」

「引きこもりだった、ってのは信じられませんけど、そこんとこは美乃里さんらしい」

 麗佳が美乃里を指さして笑う。


「こら! 人を指さすな! それと引きこもりじゃないし、あたしのことは引っ込み思案って呼んでくれる? 悪いけど」

 指されている指を掴んで美乃里が反論する。

「イタタタ! 大して変わらないじゃないですか、引きこもりも、引っ込み思案も」

 慌てて指をひっこめた麗佳がさらに突っ込む。

「それじゃまるでネクラみたいじゃん。あたしの場合は少しばかり気持ちがデリケートだっただけなんだから、ぜんぜん別物なのよ!」

 美乃里がむきになって自説を押し通す。


「まぁそういうことにしときましょうか、ね」

 そう言う麗佳の頭をめがけて美乃里が振り上げた手を藤香が掴む。

「それで、そのあとどうしたの」

 あ、うん、と美乃里が思い出したようにまた話し始めた。


「クラブの名誉を著しく傷つける行為をしたって事でメチャクチャ怒られたわね。でも、自主的に自分のスキルの向上を図ろうとした姿勢は他者の模範とも成りうるってことで表立っての処分はなし。まぁプラマイゼロってことで」

「よかったですね」

 理々子が心から安心したように声を掛ける。


「でも槙奈と時那にもスッゴク怒られたのよ。『なんで秘密の特訓なんかするんだ』ってね。あたしが二人に対してコンプレックスを持ってたり、こっそりと隠れて練習してたりしたことも水臭いって叱られちゃって。それからはそれまでよりもっと三人でいる時間が増えたわ。っていうか『放っとけない』って付きっきりで練習されるようになったっていうのがホントのところなんだけどね」

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