第42話

「麗佳が思っていることをどうやったら他の人も同じように感じることが出来るかってことよ。要するに伝え方、かな。ポスターにはどう書いたら、麗佳の思いが伝わると思う?」

「なるほどですね。そうかぁ、どうしたらいいのかなぁ・・・・・・」

「じゃあ、麗佳はそれを考えてみて。理々子はなんか思いついた?」


「わたくしも麗佳さんのお考えに似てるかもしれないんですけど、やはり現像の工程の面白さを皆さんにお伝えしたいですね。暗室で印画紙に絵が浮かび上がってくるところのワクワクとした気持ちは何事にも替え難いというのがわたくしの実感です。ですから、どう伝えたらいいのかまではわたくしも分からないのですが、そのことを上手く伝えることが出来たら部員の方は入って下さると思います」

「うん、あたしもあの絵が浮かび上がる瞬間は好きになった。それに、あたしは臭いと感じるのは最初だけだと思うな。作業してる時は面白さが勝っちゃって臭いなんかぜんぜん感じなかったもん」


「あ!」

「なによ? 麗佳」

「いまヒラメキましたけど、化学反応っていうことなんですかね」

「化学反応?」

 眉間に皺を寄せながら美乃里が繰り返す。


「面白いわね、それ。美乃里も現像の作業中にそんなこと言ってたじゃない、確か? 作業中に化学の実験みたいだって。言ってみれば現像っていうのは化学反応の連続なんだから、変化する面白さを前面にアピールしていけばいいのかも? 面白さには少しの臭さはつきものだ、みたいなノリはどう?」

 顔の横で人差し指を縦に振りながら藤香も提案をする。


「そうね、理系目線でポスター作ってみましょうか? って言っても誰が作るの?」

 言いながらみんなを見渡すが誰も美乃里と目を合わそうとしない。

「ちょっとみんな、ズルい! いったい誰が作るのよ!」

 と睨みつけると、今度はあからさまに顔を逸らしはじめる。

「そうだ、麗佳。あんたが言い出しっぺなんだから、あんたが作りなさいよ」

 頑なに顔を逸らそうとする麗佳の頭に美乃里が手を掛けてこちらに向かせようとした時「いいよ、俺が作るから」と背後からの想定外の声にビックリして振り返ると美乃里の視線の先に樫雄がいた。


「え、いつの間に!」

「今の間に、だよ。四○分って言ったろ」

 自分の存在など忘れたように議論をしていた美乃里たちに若干腹を立てながら樫雄は口を尖らせる。腹立ちが若干なのは自分が暗室から出て来るのを待ちかまえられても嫌だなぁというやりにくさも感じていたからに他ならない。

「小西・・・・・・これ、見てくれるか?」

 と樫雄が美乃里の前に今焼いてきたばかりの六つ切の写真を静かに置いた。


 ・・・・・・ズキン!


 写真を目にした瞬間、美乃里は胸の奥に小さな痛みを感じた。


「え? これって、もしかすると美乃里さんじゃないですか?」

 しばらくの沈黙があってから麗佳が最初に口を開いた。

「・・・・・・あっホントだ、これ、美乃里だ、よね?」

 言われてみれば写真には美乃里の面影がなんとなくあったものの藤香は今ひとつ確信が持てない。


「申し上げにくいんですけれども、今よりもずいぶんとお若いように感じます」

 写真の中の少女の弾けるような笑顔は、若いというよりも明らかにまだ子どものそれだった。


「って言うか、美乃里さん。これってチアそのものじゃないですか。美乃里さんってチアはチアでもジャーマネでしたよね。もしかすると、昔はチアやってたんですか?」

 問いただすような口調のあと、麗佳は放心したように呟いた。

「でも、でも・・・・・・、子どもなの、に、すっごく、カッコいい」


 写真は左側から撮られた顔のアップでポニーテールと額の輝く汗が凛々しかった。

「言われてみればホントだ。美乃里って元はチアをやってたの、っていうかなんで樫雄がこんな写真を持ってるのよ」

 忘れられかけていた核心を藤香が指摘する。

「そーよ、なんであんたがこんなもの持ってんのよ。盗撮よ盗撮!」

 取り乱し方が美乃里本人であることの証だった。

「な・ん・で、樫雄がこんな写真を持って・る・のよ。約束通りワ・ケ・を・教えてくれるかしら」

 藤香は一言一句を念押しするような物言いで問いただす。


「俺さぁ、小学校までは超が付くぐらいの野球少年だったんだよな」

 美乃里を見つめていた樫雄はしばらくしてから訥々と話し始めた。


「なぁにそれ? それがどんな関係があるのよ。訳分かんな・・・・・・」

 樫雄の言葉をさえぎってまた藤香が口を挟もうとしたが、樫雄の責めるような視線に気が付いて口をチャックで閉じる仕草をする。


「地元の有力なリトルリーグでピッチャーで四番さ。これ以上ないってぐらいブイブイ言わせてたな。今から考えるとスッゲー鼻持ちならないヤツだったと思うね。ところが俺の慢心が原因で秋季大会前に肩を故障してレギュラーから外されちまった。その頃の俺にはもう世界の終わりに思えたね。秋季大会には同行はさせられたけど腕吊っちまってるんでベンチにも入れねえし、臭いがするぐれぇに腐っちまって何をするにも投げやりだった」

 樫雄が左手で自分の鼻をつまんで右手で煽いで見せた。


「でもチームは俺の穴なんか物ともせずに攻守に冴えわたって試合をリードして行ったのさ。俺はさらにスタンドで荒れまくってさ」

 樫雄はその時の自分の姿を思い出しながら吐き出すように続けた。

「その時のスタンドは俺の機嫌を損ねないようにだんだんピリピリしてきてな。もう生徒だけじゃねぇよ、応援に来てた親もだぜ。俺が言うのも変だけど、それまでの貢献度がハンパなかったのも事実なんで『触らぬ神になんとやら』でみんながみんな遠巻きにして俺の一挙手一投足を見張るみたいな雰囲気になってたな」


 理々子は嫌な気分になってしまい吐きそうになった。藤香も麗佳も顔をしかめている。

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