第41話

「違うって藤香。もぅ、麗佳もなんで泣いてんのよ。知らない知らない、加濃クンなんか知らないって! なに勝手にいい加減なこと言ってんのよ、止めてくれない。もーワケ分かんない! どうにかしなさいよ、この状況! おい、加農!」

 全く身に覚えのない美乃里は樫雄の言葉を全力で否定する。

 理々子は・・・・・・。どうしていいか分からずカラダの向きを右へ左へ変えながらあたふたともがくだけだった。

「何とかどうにか言いなさいよ。何でそんなこと言うのよ。あたしはあなたのことなんか全然知らなかったわよ」

「そりゃ知る訳ないさ。勢いで言っちまったけど俺だって実は確信がある訳じゃねぇんだ。こんなこと言っちまうなんてこれっぽっちも思ってなかったしな」

 樫雄が少しふくれっ面で今さらながらの言い訳をする。

「美乃里、改めて訊くけど、本当に樫雄のことを知らなかったのね」

 藤香が何とか理性で自分を落ち着かせて美乃里に確認をした。

「うん、知らない。悪いけど加濃クンなんて写真部に入るまで存在すら知らなかったわ。だから、なんでそんなこと言われなきゃいけないのか、こっちが訊きたいわよ」

「樫雄、どういうこと? 理由を訊かせて。それにそこまで言っといて確信がある訳じゃないって今さら言うのも分からないわ。どういうことなのよ」

「分かったよ。説明をするから少し時間をくれないか」

 樫雄が藤香と美乃里の顔を交互に見ながらゆっくりとした口調で告げる。

「分かったわよ。ね、美乃里」

 藤香が同意を求めて美乃里を見る。美乃里はこうなってしまったら頷くしかなかった。

「でも時間ってどれぐらい待ったらいいの。その時間次第ね」

「一時間。いや、四○分でいいか」

「な! そんな中途半端な時間でいいの? 時間をくれっていうからてっきり何日後かと思ってたのに。なんなのそれ、ふざけてんの」

 拍子抜けした藤香が相変わらずの口調で問いただす。

「一枚、写真を焼かせてほしい。だから、その時間だな」

「写真?」

 美乃里が訊き返す。

「うん、写真。それを小西にぜひ見て欲しい」

「何の?」

「たぶん、見れば分かるから。さっき言った今日持ってきたネガの中に持って来たものなんだ。待っててくれるか」

 また美乃里をまっすぐに見ながら樫雄が訊ねる。

「なに自分の世界作っちゃってるのよ、似合わないよ樫雄には」

 藤香が横からまたちょっかいを出す。

「だから藤香に訊いてるんじゃねえよ。俺は小西に確認したいんだ」

 樫雄がぴしゃりと言い放つ。

「わ、分かったわよ。どう、美乃里? 待つの?」

「うん、何だか分からないけど、それぐらいなら待てるかな」

 美乃里はすごく写真に興味があったが、藤香の前では平静を装った方がいいような気がして渋々とした態度をとった。

「じゃあ分かったわ。四○分ね、約束よ。そうしたらちゃんと説明してもらえるのよね」

 藤香がしつこく確認する。

「ああ、逃げも隠れもしねぇよ、ちゃんと訳分かるようにするから」


「・・・・・・さぁてと」

 暗室に消えた樫雄の背中を見送って最初に声を発したのはやはり藤香だった。

「なんかビックリよね。何でこんなことになっちゃったのかしらね? まぁなんにせよ、あとしばらくは時間があるってことだから、さっきまでの続きしましょうか。ね?」

「そうね。ほら、麗佳も理々子もさっさとアイデア出して!」

 美乃里も無理やりにでも雰囲気を戻そうと明るく振舞った。

「はい、では次は麗佳さんからでしたよね? ね、麗佳さん?」

 理々子も努めて笑顔で応える。おそらく二人の上級生から順番にアイデアのようなものが出され、そして脱線してしまっていたのであろうことが理々子の言葉から想像された。

 さっきまで泣きべそをかいていた麗佳は少し沈んだ面持ちのまま無言だった。

「ほら。ねぇあんたも何か言いなさいよ。ウケなんか狙わなくってもいいんだから、ね」

 美乃里が麗佳の髪を撫でながらうつむきかげんの顔を覗き込む。

「しっつれいだなぁ、それじゃまるで私がいつも受けを狙って話してるみたいな言い方じゃないですか・・・・・・心外だなぁ」

 美乃里の手を頭の上に置いたままボソッと麗佳が呟く。

「なになに? 『心外』だなんて、そんな難しい言葉使っちゃってどうした、いきなり」

「ますます心外だなぁ。麗佳のことをバカキャラみたいに言ってる」

「え? 違ったのか、だとしたら謝んなきゃ。悪い、勘違いしてた」

 麗佳が美乃里を両手で叩き、美乃里が顔の前に腕を上げてそれを避ける仕草をする。横で理々子が小さく「よかったぁ」と小さく息を漏らした。

「で、麗佳は無いアタマなりになんか考えついたの?」

「あ! まだ言うか! もぅ美乃里さんなんか大っ嫌いだ!」

「分かったから、なんか意見出しなさいよ。どうせ大した意見じゃないんでしょうけど」

「あ、言いましたね。麗佳の提案を訊いて驚かないでくださいよ」

「うん、驚かないから。早く~ん、麗佳ちゃーん」

「やっぱりバカにしてる。いいですよ今のうちですからね。つまりはですね、高千穂先輩の話だと現像の臭いが原因で入部を断った人が多かったということでしたよね。でも私はフイルムカメラの一期一会っぽいところに惹かれて写真に興味を持ったじゃないですか。要するにそういうことだと思うんですよ」

「ゴメン、麗佳。もっと分かるように言ってもらっていいかな?」

 美乃里が首を大きくかしげながら麗佳に問いかける。

「え? だからですね、臭いけど面白いんだよってことをですね、えぇと、分かりやすくすればいいんじゃないかと思う、ん、ですよ」

麗佳の声がだんだんと小さく自信なさげになっていく。

「ふ~ん、なるほどね。じゃあ具体的にはどうしたらいいと思う」

 美乃里が困った風な表情で腕を組んで訊ねる。

「ぐ、具体的? え? どういうことですか」

 問われた麗佳の目は完全に泳いでいる。

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