第39話

「何やってんだ? お前ら!」


 月曜の放課後、現像作業をしようと部室の扉を開けた加農樫雄は思わず大声を出した。

 三年生になってからほとんど人の気配がなくなってしまった写真部部室が女子生徒の笑い声で溢れていたからだ。


「あ、樫雄。ほら! あなたも早く手伝ってよ」


 麗佳と理々子は上級生の声の大きさに委縮してしまい、美乃里は頭で分かっていてもまだ条件反射のように樫雄を睨みつけてしまう。そんな中で藤香だけがいつも通りの藤香の反応をした。


「て、手伝うって、な、何をだよ」

 ずいぶんと慣れたが樫雄は藤香の勢いについ圧されてしまう。

「何って、新入部員勧誘のポスター作りに決まってるじゃない! まったく来るの遅いんだから!」

「新入部員勧誘ポスター? なんだそれ? だいいちそんなの今日作るなんて訊いてないぞ、ぜんぜん」

「うん、言ってないもん」


「言ってないって・・・・・・。そんなもん分かる訳ねぇじゃねえか!」

「なに言ってるの! 取り敢えず廃部は免れたけど、そんなのたかだか半年生きながらえただけに過ぎないのは樫雄も分かってるわよね。次の手立てを考えないとどのみち私たちが引退したら廃部な訳だから、引き続き新入部員の募集はし続ける必要があるわよね? 主将の個展みたいなハデなことをやるのはもう予算的にも難しいんだから、出来ることをひとつひとつ地道にやっていくしか私たちに残された道はないっていうことも分かるわよね? ということは、やっぱり写真部の存在をしっかり広くアピールすることが大事だと思うでしょ? 言ってみれば種蒔きよね。今からしっかりと準備をしておいて最大イベントである松雲祭で刈り取るみたいなスタンスを持って計画を立てることが必要になって来るのも分かるでしょ? ということでポスターを作ってるってわけ。訊いてるも訊いてないもなくて、こういう流れになるのは必然だとは思わない? ねえ? 思わないの?」


 どこかで訊いたことあるぞ、と思いながらも美乃里は藤香の久しぶりの早口を聞いていた。

「というか樫雄はどう思ってるの。どうするつもりなの」

 樫雄の返事を待たずに藤香は畳みかける。


「あ、あぁ」

 樫雄が気を取り直して何とか口を開きかける。

「ねぇ、今の樫雄の意見を訊かせてよ」

 藤香がさらに容赦なく言葉をぶつける。

「俺も何とかしなきゃ、とは思っちゃいたさ。でも・・・・・・」

「でも、何?」

「ああっ! もう、喋らせろよ」

 藤香はハッとして開きかけた口を閉じた。樫雄からの抗議で自分が喋りすぎていたことに気がついたようだ。


「言っとくけど、俺が写真部のことを考えてねぇわきゃねえだろ。ただ手を思いつかなかったってぇのは認めるよ。だから、なんかの足しにならねえかと思って今までの作品で使えそうなのをちょっと大きく伸ばしてやろうかと思ってネガを持って来るには来たんだけどな。そうか勧誘ポスターか? 何やってんだろうなぁ・・・・・・どうしてそんな基本中の基本みてぇなことに気がつけなかったんだろうなぁ、くっそぅ。・・・・・・藤香、サンクスな」

「う、うん。わ、私じゃあないんだけどね」

 樫雄に頭を掻きながら礼を言われた藤香がきまり悪そうに口ごもる。


「なんだよ、発案者は藤香じゃねえのかよ?」

「うん、考えてくれたのはね、・・・・・・美乃里なの」

 と言いながら少し後ろにいた美乃里を肩越しに見る。


「おぉお、小西、さんなんだ。ありがとう、ゴザイマス」

 樫雄がびっくりした顔をした。なんとなく自分は好かれてはないのかも、と感じていた樫雄は美乃里への言葉遣いが変だった。


 礼を言われて、美乃里はずっと樫雄を睨みつけるように見ていたことに気がついたが、今の樫雄の物言いに思わず吹き出す。

「なに? それ。いいよ、呼び捨てで。っていうか、みんなとおんなじように『美乃里』でいいよ。それに『ゴザイマス』はいらないし、まして変なイントネーションだし」

 耳まで赤くしている樫雄に対して、美乃里もなぜだか赤くなる。


「まぁ、なんにしてもありがとうな」

「あなたのためじゃなくて、写真部のためだし・・・・・・」

美乃里はまだなんとなく樫雄に対して素直になれなかった。

「分かってるよ。俺のためじゃなくて写真部のためにありがたいってことだよ。礼ぐらい言わせろよ」

「そ、そういうことならいいわよ。うん、どういたしまして」

 イヤな奴じゃないと分かったからといっていきなり馴れ馴れしい態度を取るのもワザとらしくて、樫雄に対する美乃里の態度はどうしてもぎこちない。


「それで? どんなポスターにすることに決まったんだ?」

 樫雄は女子四人が囲んで座っていた机を覗き込む。

「あ・・・・・・」 誰からとはなく小さく息が洩れる。

「なんだぁこりゃ! 落書きばっかに見えるのは俺の気のせいか」

「失礼ね! まだブレーンストーミングの段階なのよ。いろいろな意見を出し合ってからまとめていくんじゃない」

 大きな身振りで抗弁する藤香の端正な横顔はまるでフランス映画の一場面のようだった。

「へー、この・・・・・・なんだぁ、マックのポテトは北口の方がうまい、だの、ポテトはモス派、だの、櫛形サイコー、だのがか? これがどう写真と関わって来るんだか分かんねえけどなぁ。へぇ、議論が深いねぇ・・・・・・」

「うるさいっ! うるさい、うるさいうるさいうるさーい! 雑談の中から思わぬ真意が見いだせるもんなのよ!」


 藤香が机の上に覆いかぶさって隠そうとする。美乃里はこんなに慌てた藤香は見たことがなかった。

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