第37話

「そうですそうです。私も入部する前も入部してしばらくしてからも、主将がスゲー嫌なヤツだと思ってたんですよ。でも実際は全然そんなことなくて。だから、今はアイツの言ってたことの方がウソなんじゃないか、っていうかなんかの間違い? 勘違い? なんじゃないかって思い始めてるんですよね」


「あたしはよく分からないけど、写真部に入ってすごく強く感じたのはOBの影響力だね。あたしも主将がそんなことが出来る人には思えないってのが正直なところだから、もしかするとOBの圧力があったんじゃないかな」


 美乃里がそう言うと、何かを思い当たる節でもあるように藤香の顔が少し明るくなった。

「そのセンはあるかもしれないわね。『松雲高写真部はフイルムであるべき』っていうのは私が入部してからもかなり言われてるもん」

「不思議なんだけど。なんでそんなにフイルムにこだわるのOBは」

「やっぱり写真の基本を学びやすいから、なのかなぁ。主将も言ってたけど写真一枚一枚に対する思い入れの深さが違ってくるとは私も思うことだから。OBが私たちにフイルムから学ばせたいと強く思ってるからだと思う、それも信念のように」

「では主将のお考えとしては、あからさまにOBからの圧力だとも言うことが出来ないので黙して語らずってことなんでしょうか」


「なるほどね。でも、主将の個人的な感情が一切入ってないことも示したくて、顧問と副顧問の連名にしたってことなのかな? もしかすると」

 という美乃里の言葉に今度は麗佳がポンと手を打った。

「なるほど! いろいろな縛りがある中での苦渋の決断、苦肉の策ってわけですね」

「そうなんだと思いたいわよね」

 実際に言葉にしたのは美乃里だが、それがそこにいた4人の共通の思いだった。


「あー良かったぁ、主将のこと嫌いにならなくて」

「なに麗佳。主将のことが嫌いになりかけてたの?」

「ち、違いますよ。入部前から変な先入観があったから、ストレスがたまってたんですよ、実物とのギャップがありすぎて」

「でも、デジカメ同好会っていうか元写真部員には相当嫌われてるってのも事実なわけね」

「うん、恨みを買ってるレベルね、もしかすると」

「わたくしお話を伺いながら少し考えていたことがあるんですけど」

「なに理々子。なにを考えてたの、訊かせなさいよ」


「はい、今回お訊きしたところによると、入部希望者はかなりおられたのに結果的に入部したのは美乃里さんと麗佳さんとわたくしの三人だけだということで、ほかの方々はこの部室の臭いを嫌われた方もいらっしゃったんですよね」

「うん、制服とか髪とかに臭いが着きそうだって言うのはほとんどの人に言われたわね」

「わたくし、主将の個展の期間と換気扇の壊れていた時期が重なっているのが気になって、ひょっとするとと思ったものですから」

刑事ドラマのように、理々子は顎に手を当て難しい顔をした。

「それって写真部の部員が増えるのを誰かが換気扇を壊して阻止しようとしたんじゃまいかってこと?」


 なになにっ、と藤香が身を乗り出してきた。

「えぇ、最初はせっかく主将が写真展をやられたのに換気扇の故障が重なっちゃって残念だったなぁって思ってたんですけれども、今の麗佳さんの写真部とデジカメ同好会の経緯の話を伺っていたら、おや? なんだか辻褄が合うのではないかしらと思ったんです」

 理々子は彼女にしては少しくだけた口調になった。

「あ、そう言えば換気扇の故障の原因ってスズランテープがからんじゃってたからだったって主将に言われたんだけど、換気扇の調子が悪くなった日の前に使った記憶がなかったから樫雄と二人で変だねっては言ってはいたのよね、なるほどねぇ、そういうことねぇ」


 目をキラキラさせながら藤香が腕を組んでしきりに頷く。

「そんなスパイ小説みたいなことがある訳ないじゃない。理々子も藤香も発想が飛躍しすぎ・・・・・・」


 美乃里の言葉を何かを思いついたように麗佳が遮った。

「ありえない話じゃないかもですよ、美乃里さん。その男子の話だと部費が貰えないから運営的にキツイところあるみたいなんで」

「そりゃそうでしょ。同好会なんだから当然のことだと思うけど」

「違うんですよ。写真部が存在する限りデジカメ同好会は『部』にはなれないんですよ。仮に創部の申請をしたとしても同様の活動をしている写真部があるから却下されるんだそうです」

 おもむろに理々子が手を挙げる。


「なぁに理々子?」

「わたくしには『部』と『同好会』の違いが判りません」

「単純には『部』は生徒会費から部費の分配を受けていて『同好会』は受けていないということ。『部』になれないと活動費はほとんど会員の自腹になっちゃうってこと」

「なるほど。ということでしたら、なおさらわたくしの考えていたことが的外れではないというよりもむしろ的を射ていると思うのですが、いかがでしょうか」

「写真部潰してデジカメ同好会を『部』に昇格させた方がいいって生徒会からも言われたことがあるんだよね。その方がよっぽど今の時代にあってるし意義があるって」

「えぇっ! そんなこと言われてたの。ひっどい」

「だから余計に樫雄が必死になっちゃってたのよ。自分たちの代でフイルムカメラの伝統を途切れさせるわけには絶対に出来ないって」


 美乃里は自分が初めて写真部に来た時のことを思い出して樫雄のその時の態度をやっと本当の意味で理解出来たような気がした。

「本当にそんな妨害工作があったんだとしたら許せないよね?」

 美乃里は頬を膨らませる。


「意地でも存続させなきゃ写真部の沽券に係わるわ。麗佳、理々子、写真部はあんたたちの双肩にかかってるわね」

「先輩方が守り抜いてくださった写真部ですので、わたくしたちで何としても存続させなければいけませんね。ね、麗佳さん」

「うん。デジカメなんかにゃ負けないぞ!」

 麗佳が右手を部室の天井に突き上げて叫ぶ。

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