第36話

「そうだ、藤香」


 暗室の臭気から解放されてしばらくはコーヒーの香りに癒されていた美乃里が思い出したように話し出す。


「この際、デジカメ同好会とのことをちゃんと訊きたいんだけど」

「そのこと? でも言ったと思うけど私も断片的にしか分からないからちゃんと説明できるか不安だけど、それでもいいなら」

「ありがとう、それでも知りたい。そもそもどうして『敵』なんて表現になっちゃうのかなってことなんだけど。さっき言ってた分裂って喧嘩別れってことなの?」

「そこの肝心なところが本当に分からなんだよね」


「さっき藤香が加農クンの態度を見てるとどうもそれだけじゃないような気がするって言ってたじゃない? でもそれはどうしてそう思うの?」

「写真の現状の話をしてたら、どうしても流れ的にデジタルの話にはなっちゃうじゃない? だから、いつだったか樫雄に『デジタルは興味ないの』って訊いたことがあるの。そうしたら『俺は主将を裏切れない!』って、いきなり怒ったように言われちゃって。変でしょ? 『裏切る』ってなによ、って思わない? デジタルをやることイコール主将を裏切る行為っていう図式はおかしいと思うのよね。主将はもちろん写真部の主将ではあるんだけど、デジカメ同好会との経緯とデジタル写真そのものは全く別物じゃない? 主将もデジタルを否定してるわけじゃないし。他ではまったく感じないんだけど殊にその問題では樫雄に一途な頑なさを感じるのよね」


「まったく切り離して考えられないのかもしれないけど、それこそ『敵』って言う言葉自体にもなんだか別の思いを感じるわね」

「あえて言うなら樫雄はデジカメ同好会に個人的に恨みを持ってるような・・・・・・。そんなだから、その日以来その問題には触れにくくなっちゃって。事ほど左様に分からないのよ」


「あなたたちはなんか知らないの。デジカメ同好会のこと」

「わたくしは入学前のことなので」

「あぁ、そうか。理々子はそうだよねぇ。あんたは? 麗佳」

「クラスにデジカメ同好会の男子がいるんですけど、私がそいつに訊いてたのとはかなり違いますね、今の高千穂先輩のお話は」

「マジ? まったく早く言いなさいよ。で、その子はなんて言ってんの?」


「私、ホントはそいつが写真部だと思ってたんです。って言うか、てっきり松雲の写真部ってデジカメだと思っててフイルムカメラにはどうしたら触れるかを訊こうとしたんですよ。そうしたら、春にデジカメ同好会と分かれたってのをそこで初めて知って・・・・・・」


「麗佳。あんた、あたしのことをデジカメ同好会の存在も知らないチア一筋の世間知らずみたいな言い方しなかったっけ?」

「とんでもない。そんなこと言うわけないじゃないですか」

「いぃや、たしかにあたしはこの耳で聞いたぞ」

 麗佳がワザとらしく目を逸らした。


「麗佳もついこないだまで知らなかったってことじゃん」

「あ? バレました?」

「まあいいわ。それはいつかカタをつけるとして、今はその続きを聞かせてくれるかしら」

 美乃里は少しどすを利かせて上目遣いで笑って見せた。


「は、はい」麗佳が首をすくめて明らかにワザとらしく少し怯えた風に話し始める。

「訊いた話だと学年末の部会で副将、今のデジカメ同好会の会長の方ですけど、が部内でのデジカメ部門併設を提案したんだそうです。その時の主将は結論を出さずに事案保留のまま閉会して、そのまま春休みになって学年が替わって初めて部活に出ようとしたら部室のドアに副将を放部するっていう内容の張り紙があったんだってことです。主将と顧問と副顧問の三人の署名付きで」


「本当にそれだけなんですか? デジタルカメラに関しての議論は何もされなかったってことなんでしょうか、麗佳さん」

「うん。そいつが言うにはそれだけなんだって」

 麗佳が首をすくめながら苦笑いした。


「ホントにそれが真相? 私が訊いてた平和的ってのとはかけ離れてるし、主将がそんなことをするとは到底信じられないんだけど。もし仮に麗佳の言う通りだとしたら相当に遺恨を残すやりようよね」

「またまた、藤香は難しい言い回しをするねぇ」

「遺恨、って何ですか」

「忘れがたい深い恨みってことね」

「なるほど、その通りですね。事実、そのやり方が横暴だってことでその時にいた部員のほとんどがデジカメ同好会が出来た時に移ったって話ですから」

「そりゃそうなるだろうね、当然の成り行きとして」

「ですよねぇ。残ったのって加農先輩だけなんですよね」

「そうか。藤香は三年になってからの転入だもんね。と言うことは藤香が入った時にはそーとーやばい状況だったってことよね。よくもまあそんなとこに入ったね、藤香」

「うん、前にも言ったけど私は松雲の写真部がフイルムをやってたからこそ入ったんだけど、確かに危機的状況だったわね。入部してから驚いたもん」

「でも、その通りだとすると主将のやり方はかなり強引だし平和的にデジカメ同好会が発足したっていう言い方にもかなりウソがあるってことだよね。それを知ってたのになぜ麗佳は写真部に入ったの」

「私もフイルムカメラがやりたかったんですよ、なんとしても」

 麗佳が不服そうに頬を膨らませる。

「カメラマンさんにカメラも借りちゃってたし、どうしても主将と合わなかったらその時に考えればいいや、って割り切って入部することにしたのがホントのところなんですよ」

「でも、やっぱり私は俄かにその話は信じられないな。主将はとにかく写真が大好きなのよ。だからデジタルだの何だのって違いだけでおんなじ写真をやってる人間にそんな仕打ちは出来ないよ、絶対」


どうにも納得できないといった面持ちの藤香が口をへの字に曲げて訴える。

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