第35話

 ランプが光る。


「ランプハウスの後ろにあるノブを回して写真の大きさを決めたら次に蛇腹の後ろのノブを回してフォーカスの調整をするのよ。下のイーゼルを六ツ切サイズに合わせるね」

 そう言って藤香がイーゼルの調整をする。


「ここを回すと・・・・・・へぇプリントサイズが変わるんだね。六つ切だとするとさっきよりも下の位置になるんだね」

「次はフォーカスルーペを使ってケント紙の上にに投影された写真の焦点を確認して」

 今度は藤香がケント紙の上に映し出されているフグの上に顕微鏡のような器具を乗せた。


「ランプハウスの後ろのノブを回してずーっと動かして行って一番はっきり見えるところがあるのが分かる?」

「うーん。ずーっと動かして、あ、ここかな。あ、えっと、こんなもんかな? 見てみて」

 藤香が美乃里の作業を確認する。


「うーん、もう少し。これくらいかな。どう、見てみて」

 藤香が微調整を加えたものを美乃里が再度確認する。

「あ、うんうん。本当に良くなってる。へぇすごいな」

「じゃあ、足を離してランプを切って」

 美乃里がランプのフットスイッチから足を離す。


「さて、いよいよ本番です」

「緊張するなぁ」

「今度は絞りを8にして、露光時間はそうねえ・・・・・・九秒でやってみましょうか」

「絞りを8で、露光時間を九秒と。はい、タイマーも合わせました」

「じゃあ、今度は六つ切の棚の一番右の箱から一枚持って来て」

 美乃里は台板の上に六つ切の印画紙を置いてその上からイーゼルをで押さえる。

「準備完了! いつでもいいよ」

「じゃあ踏んで」

「うん」


 九秒後、藤香が見守る中で美乃里は印画紙の現像工程をベタ焼きの時の記憶を辿りながらこなしていく。

あやふやなところは確認したが最初の藤香の教え方が丁寧だったせいもあって、ほぼ迷わずに乾燥まで終わることが出来た。


「すごいすごい、美乃里。もう暗室作業は大丈夫だね。あとは今回の応用だから」

「ホント? なんか実感ないけど、藤香がそう言ってくれるんならちょっと自信持っていいのかな」

「うん。自信持っていいよ。保証する」

「ありがとう。自分でも先週までフイルムのフの字も知らなかったなんて思えない。少し前のあたしには絶対想像できない展開よね」

「でも・・・・・・ほら見て。やっぱり大きくプリントするとブレてるのが目立つわね」

「なるほどぉ。この輪郭線がピシッしないのがブレなんだね。滲んじゃった感じ」

「せっかくテーマが面白いのにもったいなかったねぇ。でもさっき説明した持ち方をしてもらえれば、かなり改善すると思うわ」

「うん、日々精進するよ」

「じゃあ、麗佳と理々子が待ってるから出ようか」

「あ、そうだね」


「おつとめご苦労様でした! 押忍っ!」

 暗室を出た正面で麗佳が両手を腰の横に張り出して大声を出した。

「うむ、ご苦労。留守の間、変わりはなかったか」

 麗佳の言葉に美乃里も同じ格好をして受けて立つ。


「おかえりなさい、美乃里さん。もうすぐコーヒーが入ります」

「あぁ、ありがとう理々子」

「なぁんだぁ理々子ったらぁ、ノリが悪いなぁ」

「ごめんなさい麗佳さん。わたくしどうしたらいいか分からなくて」

「だから、リハーサルしたじゃんか」

「リハーサルて、あんたたち何やってたの?」

「え、美乃里さんと高千穂先輩をシャバにお迎えする練習」

「美乃里さん、写真出来たんですよね」


「うん、これ。観る? 理々子」

「もー。また理々子ったらノリ悪いなぁ。 あ、私も観ますって」

「え。しょうがないなぁ麗佳にも観せてやるか」

「美乃里と麗佳の掛け合いっておもしろいよね。それってどこかで練習してるの?」

「なぁに? なに言ってるの藤香。練習なんかしてないって」

「え? じゃあ、ぶっつけ本番ってこと。すごいコンビネーションね。憧れちゃうわ」

「やた、高千穂先輩にそんなこと言われてうれしいです」

 麗佳が小さくガッツポーズする。美乃里がその頭を小さく小突く。


「じゃあ、美乃里さんの写真、観せていただいてよろしいですか」

「あ、うん。これ、観て。ちょこっとブレちゃってるけどね」

「あ、そうですね、残念。でも、いいです。いい写真だと思います」

「ホントだ。でも構図とかズブの素人とは思えませんね」

「麗佳、あんたはあたしに喧嘩売ってんのか」

「滅相もございません」

 美乃里が麗佳の髪を軽くはたくマネをした。


「コーヒー入りました。クリームとお砂糖はどうされますか」

「私はブラック」

「あたしはクリームのみで」

「高千穂先輩はブラックで、美乃里さんはクリームだけ、と。麗佳さんはどうされますか」

「私はクリーム二個と砂糖三本」

「うわ、なぁにそれ? お子ちゃまじゃん」

「放っといてください。これでもレッキとした花のじょしこーせーですよーだ」

「もう一度訊くけど、本当にあなたたちのそれって練習してないの」

「だから、そんなことしてないって」

「はい。どうぞ。みなさんのコーヒーです」


「あ、ありがとね、理々子」

「モカ・マタリね。おいしいわ、理々子。ありがとう」

「やはりお分かりですか高千穂先輩、流石ですね。でも淹れてくださったのはコーヒーメーカーさんですので、正確にはわたくしではないのですが・・・・・・」

「コーヒーメーカーに『さん』はいらないよ。それに敬語もね」

「え、そうですか。いりませんか、麗佳さん」

「うん、いらないと思う」

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