第34話

「わたくしももう一度観せていただいてよろしいでしょうか」

「え? 理々子、さっき観たじゃん」

「高千穂先輩が解説されたコマを再度拝見したいなと、思いまして」

「あ、私も観たい!」

「あんたも観てたじゃん、麗佳」

「理々子の言うこと聞いたら、あ、私もって思って」


「人からの評価は大切よ、美乃里。いろんなものを撮っていろんな写真を観ていろんな人に観られる、その繰り返し。あなたたちも人の写真を観た以上はしっかりと感想を言ってあげること。そうしてお互いを高め合うのも松雲高校の写真部の伝統だから」

「はい」

「分かりました」

 麗佳と理々子の態度はどうも自分に対するものとは根本的に違うなと美乃里は思う。


「じゃあ私から失礼します。えーとまずは二コマ目と。へー、ほー。で、ひとコマ目と比べるとぉ・・・・・・あ、なるほどねぇ、へぇふぅん。あとはぁ、これか? あ、これオモシロ~い。あとはこれですね。ええっと、おーなるほど・・・・・・」

 麗佳がネガシートの上を藤香の評価をなぞるように観ながらぶつぶつ言っている。


「美乃里さん、ありがとうございました。さっき観せてもらった時はなんとなく観てたんだなぁ、って思います」

 観終わった麗佳が感想を述べる。


「やっぱり高千穂先輩の話を訊いてから観てみると全然違いました。どのコマもなるほどって感じでしたけど、中でも私が好きだったのは美乃里さんの影が映り込んでるコマですね。私ってこういう物語を感じる写真が好きみたいです。写真全体からは熱気みたいなものが感じられて私も見習いたいな、と思いました」

 麗佳のコメントが思ったよりもまじめでしっかりしたのもだったので美乃里は驚いた。でもだからこそなおさらうれしく感じた。


「では美乃里さん、わたくしも失礼します。・・・・・・えと・・・。・・・ん? ・・・あぁ・・・それから・・・・・・んと、あとは?・・・・・・へぇ・・・・・・」

 理々子の頭は藤香の言葉を反芻するようにネガシートの上をほぼ無言で移動した。


「拝見しました。ありがとうございます、美乃里さん。高千穂先輩がおっしゃったように、二コマ目と最初のコマを見比べてみたんですけど気持ちが入るとこんなに違うものかということがとてもよく分かって勉強になりました。そしてわたくしの今までの写真がどれほど漫然としていたものだったのかということを痛感いたしました。それから麗佳さんがおっしゃられたコマは余白というか間の取り方がすごくお上手でらっしゃって素敵に思いましたけれどもわたくしは美乃里さんがお選びになられたコマを好ましく思いました。白黒だからこそのコントラストが被写体であるフグの形の面白さを際立たせていてすごく絵画的であると思います。欠点としては、やはり全体的にブレてしまっていること。ブレが躍動感を表現して効果的なコマもあるのですが、風合いを損ねてしまっているのが残念です」

理々子の言葉遣いが丁寧な分、最後の一言は美乃里には少し心に堪えた。


「ありがとう、理々子も麗佳も。みんなの言葉を胸に精進するよ」


 さて、と藤香が美乃里に目配せをしながら言う。

「今度は大伸ばしに取り掛かりましょうか。作業自体はベタ焼きと大きくは違わないから、美乃里が全部やってみて」

「そうか、そうだね。分かった。やってみる」


「それじゃ・・・・・・」

「待ってます!」

 藤香が何かを言いかけた上に麗佳の声が重なる。

「なあに、まだ何も言ってないでしょ」

「いえ。今度はここで理々子と一緒に待ってます。ね、理々子」

「は、はい」

「うん、分かったわ。今度は三○分から一時間弱ね」

「はい。理々子にカメラについて訊きたいこともあるんで・・・・・・」

「美乃里さん、行ってらっしゃい」

「うん、理々子ありがとう。行ってくるよ」

「いやだ、行ってらっしゃいだなんて、たかだか隣の部屋よ」

 大袈裟ね、と藤香が笑う。


 暗室に戻り、藤香は美乃里に真剣な顔をして向き合う

「さっきと違う部分だけ説明するから、後は覚えてる範囲で美乃里がやってみて」

「うん、分かった」

「ネガをプリントする場合は、まずこのネガキャリアにフイルムを挟んで」

藤香がネガ幅と同じような金属製の黒い部品をもってネガを挟むような仕草をした。

「えぇっと、うん、よし。挟んだよ。これでいいのかな」

 注意深くネガを挟んだキャリアを美乃里が差し出し、藤香がそれを確認した。


「大丈夫。そうしたら蛇腹の上のガイドレールに差し込むの。実際に焼くコマが何コマ目かちゃんと覚えておくことも忘れずに」

「はい四コマ目、と。そうしたらこれをここに差し込む、のよね」

 美乃里がネガを挟んだキャリアをランプハウス下にあるキャリアのガイドレールに差し込もうとした。

「うん。でもその前にこのブロアでフイルムについたホコリを十分に取り除いて」

 藤香が手のひらに収まるぐらいの大きさのラグビーボールの片側から細いノズルが突き出たような道具を出してきた。


「これをこうして」

 藤香が言いながらボールの部分を握るとノズルの先から勢いよく空気が飛び出る。

「これでネガに付いている小さなホコリを吹き飛ばしてね。ちゃんとゴミを取り除いとかないとその部分に光が通らないから写真上で白く抜けちゃうのよ」

「へぇ、いろんな道具があるんだねぇ」

「これはカメラの掃除。特にレンズのほこりを払うのにも使うから重宝するわよ」


 藤香からブロアを受け取りキャリアに挟んだネガのほこりを吹き飛ばした。

「そうしたらこのキャリアをここに差し込んでいいの?」

「そうよ。この機械はひとコマごとにノッチがついてるから比較的やりやすいわね」

「ノッチ? え?」

「ひとコマの幅に小さく切り込みが入っていて、指先の感覚でひとコマ分の寸法でコツンと止まって分かりやすくなってるってこと」

「ああ、そうなんだ。なるほどね。コツ、コツ、コツとこれでいいかな」

「そうしたら最初はフォーカスの確認するための露光だから、このケント紙を」

「ああ、そうなの? はい、ケント紙をイーゼルに挟みます」

「じゃあ露光してください」

「はい、フットスイッチ踏みます」

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