第33話

「拝見しました」


「どう?」

「うん、美乃里はどうしてこのコマを選んだの?」

 美乃里が選んだ一枚はフグを顔の正面から捉えた写真だった。


「今までフグなんて正面から見たことなかったんでなんだかとてもユーモラスだなと思ったの」

「なるほどね。縦位置で撮った方がもっとテーマ性が際立ったかな」

「え? 縦位置?」

「あ。そっか。えーっとね、普段のカメラは横に構えてるでしょ?」

「うん。そう? なのかな」

「それをレンズを中心にクルッと九十度回転させて、カメラを縦に構えるのよ」

「え? え? どう構えるって?」


「じゃあ美乃里、実際に構えてみて」

「ええっと、こうかな?」

 美乃里はカメラボディの右側と左側を持って構えてみせた。


「分かった。まずそこから直していきましょうか」

「え? 直す? なんか違うの」

「じゃあ、一度カメラを机に置いて。カメラを支える手の基本形を説明するね」

「分かった」


「まず手の平の上にした左手を指をくっつけて広げてみて」

「こう?」

「そうしたら親指だけ広げて」

「はい、広げた」

「次に親指と人差し指で出来る逆L字型の根元の所にレンズが来るようにカメラを斜めに置いて」

「え? 置く?」

「うん。広げた手の平の上に置くようにしてみて」

 美乃里は恐るおそるカメラを手の平の上に置いた。


「人差し指と親指でレンズを支えるように持つと結構しっかり持てるでしょ」

 藤香が手を添えてレンズの丸味に指を沿わせるように美乃里の指を優しく曲げた。

「ホントだ」

「それが基本。この持ち方だと長いレンズでもおんなじように持てるし、カメラもこの方が安定するから」


 藤香が自分のカメラを同じような持ち方で持って安定していることを見せる。

「へえ、そうなのね?」

「両手でカメラをしっかり支えるのは必須。でも、右手はカメラを持つというよりはグリップを軽く握るって言う感じの方が感覚的には近いかな。力が入り過ぎると手ブレが起きやすくなっちゃうし」

「手ブレ? って何」

「シャッターを押した時にカメラが微妙に動いてしまって絵が流れてしまうような状態で記録されることを言うのよ。少し暗いような写真や近寄って撮った場合にも起こりやすいかな。極端な例えかもしれないけどシャッターを切る瞬間は息を止めてた方がいいわね。厳密にいうとそれぐらい微妙なものね」

「あ、習字の時と同じってことか」

「それで、美乃里の選んだ写真って少し縦長でしょ。だからカメラを縦に構えて縦写真で撮った方がバランスがいいの。それに奥行きも表現出来るわ。試しにこうしてみるとどう?」

 藤香は横向きの写真の中に縦に写されているフグの両側の砂浜の部分を手で隠しフグの形に沿った縦向きの写真のようにしてみせた。


「あーなるほど、本当だ。この方が画面も引き締まって見えるね。でも、それなら最初に言っておいて欲しかったな。もっと工夫して撮れたかもしれないのに」

「ゴメンね。細かく最初に説明しないのは主将の方針なの。撮影の前に漠然と説明しても理解しにくいからっていうのがその理由ね。確かに撮った写真に添削という方法で具体的な指摘をする方が理解しやすいし、その方が上達は早いとは私も思う」

「その方が身に付きやすいのかもしれないけど・・・・・・つまりは失敗は成功の母っていうコトだって考えたらいいの、よね?」

 美乃里は少し不満だったが自分に言い聞かせるように納得する。


「そういうこと。でも、さっきの美乃里のカメラの構え方を見せてもらって分かったわ。美乃里の写真て全体的に手ブレしてるのよ」

「え! そうなの。このベタ焼きで分かるの」

「うん、分かる。自分が選んだ写真を六ツ切にするともっと分かると思う。引き伸ばすと写真のアラは余計に目立って来るわね」

「ちょっとショック!」

「経験値として自分の中にデータを貯めていくしかないわ。そんなに落ち込まないで」

「失敗は成功の母、失敗は成功の母。うん、よし!」

 美乃里は眉間に人差し指を当てながら念仏のように唱えた。


「でね、私はコレとコレ、あとコレもいいと思う」

 と言って藤香がネガシート上から何コマかを指差した。

「え、どれどれ?」

 美乃里は指差されたコマをベタ焼きの同じコマでも確認する。


「いいなと思ったのは最初の方のこのコマね。二コマ目だからほぼ最初に撮った写真よね。一コマ目はただ単に被写体を捉えただけに見えるんだけどそのコマは明らかに作者の意図が見て取れる。少し斜め上からフグを画面一杯に捉えていて迫力を感じるわ。もう一枚の写真は離れて撮っていて余白の部分が大きいんだけど美乃里自身の影が入り込んでいて絶妙のバランスが取れていると思う」


 美乃里は藤香の言葉を確認するように自分のベタ焼きを覗く。

「三枚目は海側から撮ってる写真のうちの一枚。水の中に寝っ転がったんじゃないかって言うぐらい低いアングルから狙っていて夕日がフグの目に映り込んで生命感があるわ。夕陽を受けて光るフグのツヤツヤした感じも象徴的ね」


 美乃里がベタ焼きをルーペで確認している脇で藤香がそれぞれのコマについて解説をした。

「なるほど! 解説を入れてもらえると何がハズレで何が当たりかが分かったような気がする。これで次はもう少し工夫できると思う」

「この調子で続けてもらえたらいいんじゃないかな」

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