第32話

「スゴイです! 美乃里さん。その行動力、見習いたいです。憧れます」

 麗佳には絶対にバカにされると思っていた美乃里は予想外の反応に気が抜ける。


「私ったら写真撮りに行っても気が多くて何撮ってるんだか何撮りたいんだか途中で全然分かんなくなっちゃうんですよね。だから、その異常なまでの集中力も欲しいです!」

 素直に喜べないような気がしたが、一応は美乃里のことを褒めているのだろう。


「でも」と、麗佳が続ける。

「これで謎が解けましたよ」

「なんの?」美乃里が訊き返す。

「いや、美乃里さんのシャワー事件の真相ですよ」

「事件じゃないし」

「いいえ、これは事件でしょ。美乃里さんが一心不乱に写真撮ってたらいつの間にか海に入って濡れちゃったんでシャワー浴びたってことなんでしょ」

「ギクッ」

「ああ、そうか。こういうことなのね。こりゃ浴びなきゃよねぇ」

 藤香も得心したようにポンと手を打ち、理々子は思い出し笑いをしているように見えた。

「さぁて、謎も解けたところで、美乃里。この中から一枚選んで」

「選ぶって?」

「六ツ切にする写真」

「え? うーん分かんない。どれでもいいから藤香が選んでよ」

「ダメよ!」藤香がぴしゃりと強い口調で言った。

「え、どうして」

「これが写真部の活動の中で一番大切なことだから」

「え。今までやってきたことよりも?」

「そうよ。今までやって来たのは作業でしょ」

「そう言われれば、その通りだけど・・・・・・」

「作業は作業。写真が出来上がる工程を知っておいた方が良いからしていることであって美乃里のアイデンティティやポリシーを具現化するのは言うまでもなくどういう表現をするかってことでしょ。だとしたら撮影した写真の中からどのコマを作品とするかも美乃里が決めなきゃ意味ないじゃない」

 藤香の口調の強さに少し驚いた美乃里は少し考えた。

「ゴメン。考え違いをしてた。そうだね、ここから自分のイチオシを選ぶからこそあたしの作品って言えるんだね」

「そうよ人に選んでもらうなんてありえないわよ」

「うん、選ぶ。教えて、どう選んだらいいの」

「決まりがある訳じゃないわ。他人がどう思おうが自分のイチオシなんだから」


「なるほど。これもルーペで見たらいいの」

「そうね。あとベタ焼きの時にネガと同じ幅の紙を置いたところは光が当たらなかったから白く抜けてるでしょ。そこにネガシートのボール紙に書いたのと同じことを書いとくと整理しやすいからね」

「うん」美乃里はベタ焼きの上をルーペを移動させながらひとコマごとの確認をした。

「メインテーマだと思える被写体以外にもそれを引き立てるものがないかとか、邪魔なものが入ってないかとかコマの端っこの方にも気を置いておいて見てね」

「あ、うん」美乃里はルーペを覗いたままくぐもった声で返事した。


「どう?」藤香が声を掛ける。

「うーん、なかなか一枚に絞り切れないんだけど」

「うん、いいのよ。いきなりは絞れないわ。いくつか候補を選んでそこからまた選んでって繰り返すわね、普通は」

「あ、そうなんだ。それで少し安心した」

「少ない方が良いとは思うけど、多くても五コマぐらいに絞って」

「ホントにそんなに絞らなきゃダメ?」

「最終的にひとコマまで絞り込むわけだから候補はなるべく絞っておいた方が良いと思うけど」


「そっか、ひとコマか。うーん、じゃね、じゃね、じゃあコレ!」

 美乃里はひとつのコマを指さした。


「え、そこまで言っといていきなりひとコマでいいの。大丈夫?」

「うん、いい。迷っちゃうから」

「分かった。おんなじコマをネガシートの方にこのダーマトグラフで丸描いて分かるようにしといてくれる」

 藤香は軟質色鉛筆を美乃里に渡す。


「え、何? 何グラフ?」

「ダーマトグラフ。単純にダーマトって呼ぶことが多いけど、ネガシートの上でなら手で擦って消せちゃうぐらい柔らかい芯で出来た色鉛筆なの。ネガそのものに傷をつけないように目印をつけるのにはこれがいちばんいいのよ」

「じゃあ、これでしるしを付けたらいいのね」

「なるべく絵柄を隠さないように大きめの丸で囲ってもらっていいかしらね」

「じゃあ。はい」

「そうしたら、ベタ焼きの時点でまず一回添削をします」

「はい。よろしくお願いします」


「では拝見します」


 藤香はネガシート上の丸印を頼りにベタ焼きとライトボックス上のネガシートを交互にルーペで穴のあくほど隅々までチェックした。さらに美乃里が選んだコマ以外も数コマ覗いているようだ。

 美乃里は生まれて初めての経験なのでどんな顔をして待っていればいいのか分からず、後から思うとかなり珍妙な顔をして所在なく待っていた。

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