第28話
「美乃里?」
「ん、何?」
「どう? もう眼は慣れた?」
「うん。もう見えるよ。赤い藤香の顔もはっきりと」
「じゃあ、こっち来て」
美乃里は暗室の奥に設えてあるスチル棚の前に連れて来られた。
「ここに印画紙が置いてあるの。上棚から順に全紙、半切、四つ切、六ツ切、キャビネ」
「あ、六ツ切ってのは印画紙のサイズのことなのか」
「だから説明するより撮って来てからの方が早いって言ったでしょ」
「確かに。昨日の時点で訊いても理解の範疇を超えてたと思う」
「そうしたら、ベタはここにある四つ切の紙を使ってを焼きます」
「え、そうなの? はい」
「そこ四つ切って書いてある箱の中に袋が入ってるわ。その中からペーパーを1枚取り出してもらっていい? 取り出したら光が入らないように袋の口はしっかり閉めてね」
「分かった。んん・・・・・・はい取り出した」
「ペーパーの裏表を確認して引き伸ばし機のここに置いてくれる?」
「え、ここ? どっちが表でどっちが裏?」
「指で触ってサラサラなのが裏、ツルツルでペトって感じがあるのが表なんだけど」
「サラサラ? ツルツルでペト? あ、なんとなく分かる」
「そうしたら押さえ金具=イーゼルって呼ぶんだけど=でペーパーが浮かないように押さえて、この上に美乃里のネガを順番に並べていってもらっていい?」
「え、ここ? ホントにこの上に直接なんだ?」
「ネガも裏と表があるから間違えないで。手触りで裏表の確認するよりもネガはもうちょっと分かりやすいんだけど分かる?」
「あ、ちょっと反ってるってこと?」
「それもあるんだけどネガには端っこに数字が書いてあるでしょ」
「数字? あ、ホントだ。これって順番になってるの?」
「そう。いわゆるコマ番号がフイルムにはあらかじめ印字してあるのよ。フイルムの時には分からないんだけど現像すると出て来るの。潜像って言うんだけど、この数字がちゃんと読めるのがネガの表っていうこと。じゃあ上から順番に隙間が空かないように並べて」
「分かった。んーと、んーと、んーと、んーと、んーと、んーと、んーっと。はい、どう」
「そうしたらもう一つのイーゼルで並べたネガを押さえるんだけど、フイルムの一段分と同じ幅の紙を並べたネガの下の段に同じようにして並べてね。この上から光を当てたらベタ焼きの完成よ」
美乃里は藤香から細長い紙片を受取りネガを並べた最下段にネガと同じように並べてからフイルム押さえるためのイーゼルを静かに下げた。
「そうしたらこれからどうするの」
「今、ネガを並べてもらったところがペーパーの台、台板ていうの。そこから脚が生えてその上に乗ってるお釜をひっくり返したようなのがランプハウス。その下に蛇腹があってその下にレンズがついてるのは分かる?」
「あ、これもレンズなんだ」
「そのレンズの絞りを5・6に合わせて」
「絞り? あ、この数字のこと? はい、合わせた」
「タイマーを二○秒に合わせて」
「タイマーっと。はい、合わせました」
「時間は気温によって変わるからね。今のこの時期は、ってことで覚えといて」
「うん、分かった」
「そうしたら、足元にペダルがあるのが分かる?」
「お! ホントだ。こんなところにこんなものが!」
「それを踏んでる間、写真を焼き付けるためのランプが点くのよ」
「おお、いよいよね」
「美乃里、やってみる?」
「やってみたい」
「じゃあ、二○秒踏み続けて」
「え? 踏むのね。踏み続けるのね」
「うん、そうよ。踏み続けるの、でも二○秒間だけね。見てる必要ないから目は逸らして」
「ん、分かった。いい?」
「いいわよ。踏むと同時にタイマーのボタンも押してね」
「はい! わ、まぶし」
ジリリリリリ!
「美乃里! 足、足、足離して!」
「あ、そうか・・・・・・わ、真っ暗」
「明るいもの見てたからね。ちょっと待って目が慣れて来たらネガを押さえてたイーゼルと、ペーパーを押さえてたイーゼルを一緒に上げて、ペーパーを取り出すの」
「ここにもう写真が映ってるってこと?」
「そうよ。目は慣れて来た?」
「うん、まだこの辺に光の玉が飛んでるけどね、もう大丈夫。なんとなく見えるよ」
言いながら美乃里は目の前の空間に人差し指で小さく円を描いた。
「じゃあ、作業を進めましょうか」
「この後はどうしたらいいの」
「行程はフイルムと一緒。まず現像、それから定着、停止、最後に水洗、そして乾燥よ。ペーパーの場合はタンクじゃなくてバットで処理するのが違うぐらいかな」
「ふーん、そうなのね」
「ここにバットが並べてあるでしょ。現像からの工程順になってるから順番に浸していくの。工程の順序はフイルムの時とおんなじよ。そうしたらまずペーパーの端から現像液の中に滑り込ませるようにして入れて」
「端から滑りここませる? こんな感じ?」
美乃里は、画像が写っているであろう印画紙を現像液の中に恐る恐る浸していく。
「あ、うんうん。そんな感じね。上手いわ」
「これはこのままにしておけばいいの?」
「ペーパー全体が均等に浸ってる感じ?」
「えーと、うんしっかり浸かってるよ」
「浮いてるトコはない?」
「うん。大丈夫」
「じゃあこのピンセットを使って裏返して」
「え? これがピンセット?」
美乃里には、どちらかというとピンセットというよりパスタ用のトングぐらいに思えた。おまけに竹製で先端にゴムがついている。
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