第26話

  拭き終わった皿とカップは理々子が持って暗室を出る。


「それでは、やりますか」

  理々子と暗室から出てきた美乃里と目を合わせた藤香が言う。

「うん」

 神妙な面持ちで美乃里がうなずいた。


「元気な赤ちゃんを産んでくださいね、美乃里さん」

「いや、麗佳。それは違うと思う」

「頑張ってください、美乃里さん」

「うん、ありがとう。理々子」


「あなたたちはどうする? 今日は帰ってもいいし撮影しに行ってもいいよ。ただ撮り終わって来ても現像は時間的に難しいけどね」

 先に美乃里を暗室に促してから藤香は残った二人に訊ねた。


「見学は出来ないんですか」

 麗佳が口をとがらして訊き返す。

「うん、暗室そんなに広くないからね。出来れば見てもらいたいとも思うんだけど作業の効率も悪くなっちゃうし」

「美乃里さんの今日の作業ってどれぐらいかかるんですか」

 麗佳が自分のスマホの時計を確認しながら質問した。

「うーん、そうね二時間ぐらいってとこかな」

「私はフイルムの残りを撮りに行って時間見計らって来てみます」

「あ、わたくしもそうしてよろしいでしょうか」

「うん、いいよ。いいよね、美乃里」

「うん、構わないけど」

「じゃあ、そういうことで、いったん散会」

「うぃーす!」と麗佳。

「かしこまりました。そのようにいたします」と理々子。


「さてと」暗室の扉を後ろ手で閉めて藤香は美乃里の方を見る。

「やっと二人きりになれたね」

「なに? ヤダ、麗佳みたいなこと言わないでよ」

「フフ。面白いね、あの子。最初、握手してくれって言われたときは面食らったけど」

「うん、そうね。いい子よ、理々子も。二人ともいい子。いい子が入って良かったね」

「そうだね。今まで写真部にいなかったのが不思議なくらい」

「これで写真部も安泰?」

「どうなんだろ。もうフイルムにこだわり続けるのもさすがに限界かなって感じよね。私としては松雲の写真部がフイルムだからこそ入ったってトコはあるけど、今年になってデジカメ同好会も出来たみたいだし。主将はどうするつもりなんだろう」

「あたしなんて完全にフイルムって何? って方だもん。どうして今まで残ってこれたのかを謎には思うわね」


 美乃里はそう言ってから少し間をあけて再び口を開く。

「ずうっと気にかかってたんだけど、あたしが入部した時に主将と加濃クンが言ってたのって、デジカメ同好会のことなんでしょ?」

「樫雄が『敵』って言ってた相手ってこと? うん、そうね。もとは一緒で私が入部する少し前に独立っていうか分裂したんだって」

「分裂? だから『敵』なんて表現になっちゃうのかな。あたしが訊こうとしたら二人とも態度が怪しくなっちゃったからおかしいとは思ったんだけど」

「そうね。私の転校してくる前のことだったからよくは分からないんだけど、空位だった副将のポストも実はデジカメ同好会の会長の抜けた穴だったみたいだし」

「え? そうなの?」

「さすがに二人には訊きにくいし、情報も断片的でよく分からないんだけど・・・・・・」

「もしかすると、今回の展覧会で部員募集したってことなの?」

「まぁね。ちょうどタイミングよく主将が宣伝美術協会の新人賞を取ったってのもあって、けっこう無理やりブッキングしたのよね。で、主将はずっとあっちに詰めてたんで、樫雄が勧誘に関する全権を担ってたってわけ。だから、樫雄的にかなりテンパってて美乃里をそーとー憤慨させることになってしまった、と」

「なるほど」


「部の存続の条件って知ってる?」

「あ、確か主将が言ってた。言わないでね、思い出すから。えーと、部員五人だっけ?」

「正解。部は生徒会費から部費の分配を受けてるんで運営に支障をきたすような人数では廃部させられてしまうのよ。それでも三か月っていう猶予はあるんだけどね。今回のこの勧誘で最低五人の規定が守れなくて廃部になるとOB達からの追及も必至だったからね。言ったでしょ『本当はいい奴なんだけど訳あって余裕がなくなってるから許してあげて』って。元々樫雄は責任感が強いから、廃部を回避するためにとにかく必死だったのよ」

「じゃあ、彼にとったら『何だよ三年なんかお呼びじゃねえんだよ』って感じ?」

「たぶん、そう。とりあえずの部の存続の条件で言えば三年でも何の問題もないんだけど、樫雄的には来年以降のことも先走って考えてたってことなんだと思う」


 美乃里は今まで毛嫌いしていた加農樫雄のことを少しだけ見直してやってもいいかな、と思った。

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