第25話
「んーなんだな。そのぅ、ちょっと夢中になっちゃったんだな」
美乃里は母親に作ってもらったスパムおにぎりを頬張りながら、頼りなく言い訳する。
「何で写真撮影に夢中になるとシャワー浴びることになるのよ、謎の行動よね」
ミルクティーをゆっくり口に含んでから藤香が笑う。
「でもさ、それはそれで気になるんだけど美乃里のおにぎり、なにそれ? すごく気になる。私のとひとつ取り換えて」
「え、いいよ。母親作だけどね」
「ありがと、うれしい。じゃあ、私作のマヨたまごマフィンあげる」
「すごい、これ自分で作ったの? きれいだしおいしそー」
「自分で作るって言ったってマフィンを割ってたまごとマヨネーズを和えてレタス添えて挟んだだけよ」
「なんだかこともなげに言うけど、あたしなんか本読んだって作れないわ。なによりあたしにとったらその労力がすごい」
「フツーよ、慣れたらに全然普通ににやれるようになるから」
「へーそんなもんかね」
「そんなことよりぃ美乃里さんのシャワー事件の真相ですってばぁ」
麗佳が今度はBLTサンドの二切れ目を頬張りながら訴える。
「麗佳、あんた食うの早くねェか。それに事件じゃないし」
「そんなことどーでもいいですって、シャワー事件のぉ・・・・・・」
麗佳は執拗に美乃里を追及しようとする。
「おいしい。これすごくおいしいです、高千穂先輩。何という銘柄でしたでしょうか? このお紅茶」
電車通り商店街、鶴見屋精肉店の特製コロッケバーガーを黙々と食べていた理々子が唐突に声を発した。
「これはねぇウバっていうの。ミルクとの相性が抜群なのよ」
「なるほど、そうですね。香りも良くて、わたくしファンになってしまいそうです。どこでも購入できるものですか?」
「あ、どうだろう。けっこう探すかな」
「ということは普通にスーパーなどでは販売されていない、ということなのですね」
「あー、そうね。少し街まで出ないとダメかな」
「もーそんなことよりぃ。美乃里さんはなんでだって写真を撮りに行ったのにずぶ濡れになって帰って来たのかってことですって!」
「こだわるねぇ。それにずぶ濡れじゃねえし」
「だって、美乃里さんのこと知りたいんだも~ん」
「なに言ってんのよ。単なるゲスな興味本位でしょ」
「へへへ、まぁいいじゃないですか」
「あのあと理々子と海に行ったんだけど、とりあえずあたしがひと通りカメラを使ってからじゃないと分からないことも分からないってわがままを言って別々に行動することにして波打ち際まで行って撮ってたら濡れちゃったってそれだけよ。海からの風もものすごくて髪の毛もとんでもないことになっちゃったから理々子がシャワー使った方が良いですって言ってくれて。ほらね別に大したことじゃないでしょ」
「な~んだ、つまらない。理々子が隠すからどんな大それたことをしでかしたのかと思ったらちょっとおマヌケなだけじゃないですか」
「誰がマヌケだって?」
「え? 美乃里さん」
「あんたは先輩を敬う心ってもんが完全に欠如してるよね?」
「だって『あたしをセンパイと思うな』って言ったのは美乃里さんじゃないですか」
「麗佳、ワザと勘違いしてるふりしてるでしょ?」
「あ? バレました?」
「もう、ほんっと許さん!」
美乃里は今度こそ本当に麗佳の右肩を思い切りグーで叩いた。
「あいたたた。悲しいなぁ海より深い愛情の裏返しなのになぁ」
麗佳は豆サラダを食べていたフォークを持ったままの手を目の下に持っていき泣きマネをした。
「ごちそうさまでした。藤香、おいしい紅茶とマヨたまごマフィンをありがとう」
「こちらこそ、美乃里ママが作ったスパムおにぎりおいしかった。つくり方知りたい」
「え、こんなもんでいいの。今度レシピ訊いとくよ」
理々子が思いつめたように急に立ち上がる。
「わたくし片付けます!」
「あ、そう。じゃあお願いしちゃおうかな。暗室のシンクを使って」
理々子が四人分のカップや皿を持って暗室に向かおうとする。
「あ、待って・・・・・・」
美乃里は理々子の後に続いて立ち、扉上のランプを確かめてから暗室の扉を開けた。
「ありがとうございます」
「ゴメンね。理々子、いろいろ訊かれて大変だったみたいね」
美乃里は暗室に入りながら小声で理々子に言葉をかけた。
「あ、いえ。わたくしこそわたくしの態度が却ってお二方のお心を煽ってしまったようで申し訳ありませんでした」
「ううん、ホントにありがとう」
「いえ、わたくし特別なことをしたわけではございません。美乃里さんのお手伝いが出来てうれしく思います」
「でもさ、結局カメラのことは分からずじまいなんだよね。出来ればもう一度でいいから付き合って欲しいんだけどいいかな」
「モチロンです。差し出がましいようですが今回のことを思いますとわたくしがずっとお傍に居なければと思っておりました」
「ううん、とりあえずあと一回、お願い」
「それでよろしいのですか」
「うん。ていうか、そこまで理々子が言ってくれるんなら、次の時にその次をどうするか決めるってのは、どう?」
「あ、そうですね。そういたしましょう」
「ありがとう。理々子がいてくれて本当によかった」
「恐れ多いです。そんなに言っていただけるなんてとても光栄です」
そんな会話をしながら理々子が洗った食器を美乃里が拭いていく。
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