第23話

 ピンポ~ん


「いいよ、入って」

「お邪魔しま~す」

「スピードコースに切替えて水洗してるから、もうすぐよ」

「すごーい。どうやったの?」

「そりゃ教えられまへんなぁ」

「ま、どうでもいいけど、ありがとう」

「え、せっかく頑張ったのにぃ、どうでもいいだなんて」

「いやいや、ホントにありがとう。一生恩に着ます」

「うーん、じゃあお礼は主将の写真で良いかなぁ」

「あ、それにはお応えできません」

「なんだ、ザ~ンネン。とか何とか言いながら、もう大丈夫かな。大丈夫みたいね。はい、本当にこれで水洗終わり」


 藤香が水に浸かっているフイルムを触って何やら確認をした。

「え、ホントに。見ていい?」

「だってこれは美乃里のよ。・・・・・・どう初めて撮ったフイルムは?」

「薄いグレーでちょっときれい。あ、これって反転してるってこと」

「うん。写真で黒くなるところはネガ上では白く、白くなるところは黒くなるのよ」

「生まれて初めて見た。ちょっと感激。すごくうれしい」

「じゃあ、主将の・・・・・・」

「えーい、くどい。で、この先はどうするの」

「うん、そうね。そうしたらフイルムの両端に、こうしてクリップをつけてこのスポンジを使ってやさしく両側から挟んでゆっくりと水を拭き取っていくの」

「はい分かった、やさしくね。すーっと、すーっと。こんな感じでいいのかな?」


 美乃里は恐る恐るフイルムの水滴を拭いていく。

「そうしたら、この乾燥庫にしてるロッカーの中に吊るして」

「はい、吊るしました」

「そうしたら、どうせ明日の使用申請したんでしょ」

「あ、うん。主将がしてくれた」

「そうしたら私も出てきた方がいいわよね」

「あ! そうか。ゴメン。いいの?」

「うん、写真くれたら」

「それか!」

「って冗談よ。どうせ私も出て来れるんならやりたいことあるから、その方がいいのよ」

「ホント? 私のために無理してない?」

「うん、してないって。申請するほどじゃないけど、開いてるなら助かるのよ」

「なら安心した。写真はあげないけど恩に着るわ、ホントに」


「義を見てせざるは勇なきなり、とでも言っておくわ」

「藤香ってさぁ、よく難しい言葉知ってるし使うよね」

「私って見た目がこんなだから今まで結構バカにされてたんだよね」

「え? そうなの」

「そう、日本語知らねぇんだろう、とかね」

「え? そうなの」

「ニホンゴ、オジョウズデスネ、とかね」

「えぇ! そうなの」

「だから自分からは積極的にコミュニケーションを取らないようになっちゃた。その反動ね、ちゃんとした日本語を使おう、って」

「あ、似た話をアンジェラ・アキの話で聞いたことある。でも彼女の場合は地方のどっかでそれも田舎の方だったからって話でしょ。藤香って出身どこさ?」

「東京。でも、根本は変わらないって。だって、美乃里の友だちにほかにいる? 目の色や髪の色、肌の色が違う人」

「え、ああ。そういえばいない、かな」

「でしょ、だから反応の発端にあるものは結局一緒なのよ」

「ゴメン。あたしったら考えもなしに」

「うぅん、構わないわ。それに、私は逆にそれを最大の武器にすることを覚えたから」

「え! なぁに? 武器ってどういうことよ」

「写真よ、写真。言ったでしょ、私は写真を撮るのも撮られるのも好きだって。私は私のこの特徴的な外見を写真にすることで私自身を表現してるの。アメリカにシンディー・シャーマンって写真家というかアーティストがいるんだけど、父親が私の十二歳の誕生日に彼女の写真集をくれたの。誕生日プレゼントとかっていう感じではまったくなくて本当にポンって手渡された感じ。『古本屋でこんなの見つけたんだけど、ミランダならきっと気に入ると思う』って。包み紙も英字新聞とかで、無造作に包んであって。すっごいカッコよくて父親らしかった」

「すごい、藤香もカッコいいと思ってたけど、お父さんもとってもおしゃれなんだね」

「うん、ありがとう。写真集はシンディー本人をシンディー本人が撮ってるセルフポートレイトで一目で大好きになった。それから私もこんな写真が撮りたいってずうっと挑戦し続けてるのよ」

「へぇ、観てみたい」

「シンディー? それとも私?」

「うん両方。藤香がそんなに気に入った写真とその藤香が撮る藤香の写真と両方とも」

「じゃあ、写真集は今度持ってくるよ。私の作品は・・・・・・うーん、どうしようかなぁ。まぁ考えとくわね」

「うん、うん。待ってる、絶対見せてね」

「でさ、美乃里?」

「ン、何?」

「ゴメン、私が話してたせいで九時になっちゃってるけど」

「え? あーっ! まずい。どーしよー。・・・・・・ま、焦っても仕方がないか。じゃあ、あたし帰るね。ごめんね。明日は何時に来ればいいのかな?」

「私いつもここでランチするから、お昼には開けとくよ」

「分かった。じゃああたしもお弁当持ってくる。そうしたらお昼ってことで」

「分かったわ。気をつけてね」

「うんありがとう。バイバイ」

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