第22話

「はい一○分」

「これは取っとくんだっけ?」

「そう。戻して」

「とっとっと、と。はい戻した」

「じゃあ次は水洗」

「どうすればいいの」

「うん、現像タンクはもうフタを開けていいので見ていいよ」

「ん・・・・・・はい。おーフイルムがなんだか透き通って来てるのかな」

「うん。じゃあ、その状態でシンクに持ってって。水道の下で水を細く出しながら三○分」

「長いんだね」

「そうね、実は水洗促進剤ってのもあるんだけどウチでは使わないみたい」

「そうなの」

「うん、フイルムによっては柔らかくなっちゃうことがあるとかで、使わないんだって」

「へーそうなんだ。こうやってると現像工程っていうは化学の実験みたいだね」

「うん、分かる、そうよね。で、どうする? 一旦暗室を出る?」

「え? そうか、三○分ぐらいはすることがないのか。いいの? じゃあお言葉に甘えて出て来ようかな」


 美乃里は心地の良い疲労感を感じながら暗室を出た。

「ふー、やれやれだ」

「おお、どうや。出来そうか」

「主将。フイルムって思ってた以上に手間が掛かって・・・・・・大仕事なんですね」

「まぁ、そうやなぁ。デジタルはフイルムに比べたら何十倍も処理が簡単やな」

「撮ったものを確認するだけでこれはストレス溜まりまくりですよ」

「そうやなぁ。スマホやデジカメはプリントせんでもええしなぁ」

「でもあたし正直言って嫌いじゃないです。麗佳、いえ栗林さんが言ってた怖いってのがなんとなく分かったような気もしますし」

「そうか。どうや、続けていけそうか?」

「え? 何をですか?」

「写真部」

「続けますよ。主将に写真貰うまではゼッタイに。それに臭いけど楽しいですよ」

「そうか。そしたらホンマに小西さんの感性を楽しみにしてるわ」

「任しといてください。・・・・・・あれ、栗林さんと朝比奈さんは? あと加農クンも」

「ああ、帰したで。加農は自分で帰ったんやけどな」

「帰ったん、ですか」

「ああ、八時になる前にな」

「ええええっ! もうそんな時間なんですか。わぁ、どうしよう。ウチに電話しなきゃ」

「悪い、現像中やったから声かけんかったんや。電話する前に確認しとくわ。このまま作業するか、それとも来週に持ち越すか」

「え、来週? あ、そうか、今日は金曜日か。むー迷うなぁ、あー」

「今、水洗中やろ?」

「いー、うー。え? あぁそうです水洗中です」

「そうしたらあと二時間ちょいやなぁ、最後までやったら」

「えー! 一一時過ぎるんですか。それはさすがに困るなぁ」

「帰るんにどのくらいかかるんや」

「一度乗り換えるんですよ。それぞれに乗ってる時間は短いんですけど、この時間帯は乗換えの接続があんまり良くないんです。歩きまで入れたらやっぱり小一時間ぐらいかな?」

「そら、まずいか」

「学園祭の時なら親もうるさくはないんですけど、ちょっとばかしまずいですね。しかも何も言って来てないし。明日は出来ないんですか、どうしても」

「運動部と違って基本土日祝は申告制なんや。そしたら、ちょっと小高先生に電話してみるわ」

「あたしはとにかく親に電話します。キリがいいのは後どれぐらいですかね」

「水洗のあとは乾燥やからそこでいったん切ろか。暗室の扉の横にインターホンがあるんが分かるか」

「え、あ、はい。これですね」

「それで藤香に正味でどんぐらいか念のために訊いてみたらええわ。それから電話しぃ」


 ピンポ~ん

「なに? 美乃里?」

「あと、乾燥までだとどれくらいかかるの? 時間」

「水洗を少し急いで二○分以内には終われるよ」

「分かった、ありがとう。えーとスマホどこ入れたっけな。ンと、あったこっちか。わ、着信いっぱい入ってる、って何? 理々子? あぁ夕方の分か。こんなに電話くれてたんだね。悪かったね、ってかウチ、ウチ。ウチに電話しなきゃ。ひえーまじーなぁおい。うー、あ、ママ? ゴメンなさい。ほら、言ったじゃん。新しく写真部に入ったって。でね、ちょっと作業してたらね。遅くなっちゃったの。だからゴメンて。でね、ほらね、なんだ、その。あ、そうそう作業してたんだけどね、その作業ってのが途中で切れないヤツなのよ。うんうん、それでねゴメンナサイ。三○分後には校門を出られるかなぁ、ってな感じかな。だからぁゴメンナサイって。なるべく作業急いでするから。え、なに。食べる。食べるよ晩ごはん。食べます。食べるってば。うぅん。だからぁ、今度からは言います。ちゃんと言います。はい! ゴメンナサイ。うん、うん、ちゃんと帰るから、ね。じゃね、切るね。うんうん、うん。切るから、ね。うん、切るよ~。うん、じゃあねぇ」


「大丈夫やったか?」

「ふーって感じですね。大丈夫です。ごめんなさい、聞こえてましたよね。ウチの母親ってすごい心配性なんですよ。まぁ、その原因はあたしにあるワケなので何も言えないんですが。で、連絡はしたので作業に戻ります」

「おう、こっちも小高先生に許可貰ったから明日出来るで」

「そうですか? よかった。ありがとうございます。ちょっとどうしても来週には気持ち的に持ち越せなかったんでわがまま言います」

「エェ、エェ。構へんて。やっぱりどうしても見たいもんなぁ」

「見たいんですよ。じゃないとどうしても残便感のようなものが」

「気持ちにフン切りがつかんてか」

「あ、うまいなぁ主将。さすがですね。てか、こんなとこでこんなことしてられないんですよ、あたし。急がなきゃ」

「おお、悪い。じゃあ戻れ。暗室に入るときは中の人間にかならず確認取ってくれな」

「はい、りょーかいです」

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