第20話

 藤香がファスナーで底を閉じない状態のままダークバックの袖口から両手を差し込み美乃里に作業をやって見せようとしている。

「うん」

 美乃里はやり方を見逃さないように藤香の手の動きを凝視する。

「オープナーを栓抜きみたいに使ってパトローネを開けたら、このツマミをもってフイルムを取り出します」


 藤香がビール瓶の栓を抜くようにパトローネの片側をこじ開けて中に巻かれているフイルムをツマミを持って取り出した。

「ツマミって言ったけどこの芯棒のことは本当はスプールっていうのよ。フイルムの先端の部分はいらないのでまっすぐに切って」

「あ、うん」


 カメラへのセット用に元々先端が細くカット加工されていた部分を、リールに巻きやすくするために藤香がハサミでまっすぐに切る。

「フイルムは縦に持って乳剤面に指紋が付かないように気を付けて」

「乳剤面て?」

「写真が撮れているであろう側のこと。カメラ側にある歯車がかみ合うフイルムの上下の穴の部分のことを、パーフォレーションって呼ぶんだけど、この穴より内側は触らないこと。裏表が分かる?」

「ツルツルな色の濃い面と艶消しなグレーの面?」

「正解。艶消しなグレーの側が乳剤面だから絶対に触っちゃダメ」

「もし触っちゃったら?」

「指紋がついた部分の写真は使い物にならなくなっちゃうわね」

「え! 分かった。気を付ける」

「まぁ、慣れるわよ。そうしたらこうして現像タンクの中のリールの軸にあるバネに先端を挟んでから溝に合わせてフイルムを巻いていくの。上下からつまむようにしてたわませてから溝にはめ込むって言ったらいいかしらね。右手でフイルムを溝にはめながら左手でリールを少しづつ回して巻き取っていく感じ。分かる?」

 藤香が現像タンクのリールにゆっくりと手際よくフイルムを巻きこんで行く。

「お尻はスプールに紙テープで留められてるから手で千切る、と」

「へー、紙なんだ」

「メーカーによって違うかな」

「ふうん」


「最後はフイルムの後ろ端をこの金具で留めて、リールをタンクの中に戻し入れる、と。ここまでは、いい?」

「なんとか」

「そうしたら、現像タンクのふたを閉めてから中軸を軽く回して」

「回すの?」

「そう。実際には目に見えないこのダークバッグの中でやるワケだから手応えだけが頼りになるわけ。軸が軽く回らないということはまっすぐセットされてないってことだから、現像にムラが出ちゃうことになるでしょ」

「なるほど」

「フタもちゃんと閉まってるかをもう一度確認してね。ここで光が漏れたら台無しだから」

「うん、分かった。・・・・・・大丈夫」

「そうしたらダークバッグを開けて取り出す、と。ここのチャックは二重構造になってるからね、こうして交互に開けるのよ」

「へー。で、取り出しちゃっていいの。光、大丈夫なの」

「閉まってることをしっかりダークバッグの中でしっかり確認したから大丈夫」

「分かった」

「ここまでは下準備。ここに薬品とかを入れていくの。下準備さえちゃんと出来ればもうあとは薬品任せだから安心して」

「へええ」

「じゃあ、ここまでやってみようか」

「うん、分かった」

「何回か目で見ながらやってみて出来るようになったら、今度は目をつぶってまた何回かやってもらうから」

「え? そんなに?」

「うん、ここで失敗したら元も子もないから、ね」


 美乃里は藤香の監督下で見ながらの練習を三回ほど繰り返す。


「どう、大体コツは掴めた?」

「う~ん、掴みかけた、ってとこかなぁ」

「どうする? もう一度トライする?」

「ううん、今度は目をつぶってやってみる」

「分かった。たぶん大丈夫だと思う。結構美乃里ったら勘いいもん」

「ホント? 藤香に言われたらちょっと自信持っちゃうな」

 机の上のものをソロリソロリと確認しながら美乃里が呟く。

「やっぱり見てやるのと目をつぶってやるのじゃ大違いだね。自分が馬鹿になっちゃったのかと思うほどもどかしい」

「ははっ。あえて何も言わないでやってもらってるけど必要な道具の場所はあらかじめ決めてなおかつ作業前に手で触れて置き場所を確認しとくとトータルの作業効率がかなり違ってくるよ」

「なるほど。なんでも下準備が大切って訳ね」

「そのとーり」

「ええっと、これがこうなって。これは・・・・・・あ、こっちか。よしよしこれで出来るぞ」

「おお、うまいうまい。ホントに初めてにしてはうまいね」

「よしっ! これでどうだ!」

「確認するね・・・・・・よし! 合格」

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