第19話

「主将、空きましたよ」

「ああ、おおきに」

「ええぇっ!」


 扉の上の赤いランプが消えて現像室から出て来た樫雄が美乃里を見るなりひどく驚いた。


「何? なんかあたし変?」

「い、いや、ゴメン。髪型、違うよな」

「え、違うのは違うけど、それってそんなに驚くこと?」

「いや、そうじゃないけど。だから、ゴメンって言ってるじゃんか」

「謝られても困るし驚くことなのかって訊いてるだけなんだけど。そぉんなに驚くようなこと?」

「いや、そうじゃないけど・・・・・・」

「そうじゃない? そんな風な反応じゃなかったようですけどぉ」

「昔の知り合いにすごく似てたんだよ。気を悪くしたみたいだから謝ってるのに・・・・・・」

「似てる人がいるからって言う程度の反応じゃなかったように思うんですけどぉ」

「だから悪かったって! どう反応しようが俺の勝手じゃんか」

「まぁ、そうですけどぉ」

 美乃里は唇を突き出して思いっきり嫌味な言い方をした。


「そんなことより、美乃里。現像しましょ」

 藤香が樫雄を押しのけてきた。


「主将、美乃里が使ってもイイよね」

「うん、ええやろ」

「え、でも。主将が使うんじゃないんですか」

「構へん構へん。俺はいつでもエエねん。それよりも早く撮ったん見たいやろ」

「ええ、まあ」

「なんや、その程度なんか」

「見たい! です」

「そやそや、それぐらいの気持ちでいてくれな困るで。したら藤香、ええかな」

「りょーかいです主将。いい、行くよ美乃里」

「う、うん」

「言っとくけど、臭いよ」

「う、うん」

「樫雄が使ってた時に点いてたけど、この上の赤いランプが点いてたら暗室のドアを開けるのは厳禁だからね」

「分かった」


「じゃあ、どうぞ」

「おじゃましま~す。あれ?」

「そうなの、いきなり暗室ってわけじゃないのよ」

「そうなんだ。でもやっぱり臭いね」

「前にも言った酢酸系の臭いとアンモニア系の臭いだね。そうしたら、まずはフイルムの現像を説明しながら進めるわね」

「うん、よろしくお願いします」

「フイルムの現像にはダークバッグと現像タンクを使います」


「うん。でもこれ、どうしたらいいの」

 美乃里はフイルムをカメラに入ったまま差し出す。

「ここ、これ見て。右肩の液晶の数字がゼロで点滅してるでしょう。これは巻き戻ってるってこと。だから?」

「横のツマミで裏ブタを開ける?」

「当たり! ダークバッグの中でオープナーを使ってパトローネをこじ開けてフイルムを取り出すところからすべてが始まるからね」

「はい!」美乃里は敬礼する。

「よろしい。では私がデモ用のフイルムを使ってやって見せるから美乃里のフイルムは自分がやってみて」

「でも失敗したら全部だめになっちゃうんでしょ? 怖いな」

「慣れよ。でも慣れきってしまうのも怖い。思わぬケアレスミスをしちゃうことがあるからね」

「え、藤香はあるの」

「私は幸か不幸か取り返しのつかないようなことはないけど、主将や樫雄はあるみたいよ。樫雄なんかかなりすごいことやったみたい」

「へー・・・・・・いい気味」

 美乃里は『いい気味』の部分は藤香に聞こえないように下を向いて小さく言った。

「樫雄もずいぶん嫌われたもんね」

「え? ぇへへへ」

 聞こえないように言ったつもりだったので美乃里は照れ笑いした。

「樫雄は全然ヤな奴じゃなくてむしろスッゴクいい奴なんで美乃里に誤解されてるのが、なんとなく可哀そう」

 藤香がため息をついて悲しそうな顔をしたのを美乃里は見て見ぬふりをした。


「一応、これ着て」

 いつの間にか自分も着ていた藤香から、薄くシミの付いた白衣を手渡される。

「では、現像の第一段階です」

 藤香が掛けてはいない眼鏡を直すふりをして美乃里に向き直る。

「よく見ててね。このダークバッグの中にフイルムとオープナーとハサミ、それから現像タンクを入れます」

「はい」


 ダークバックは、黒い丈夫なビニール生地のようなもので出来ていて大きさは五○センチ四方ぐらい。バッグの上方からは腕を差し込むための袖のようなものが出ていた。袖口は遮光のためにゴムで絞ってありバッグの底の方にモノを出し入れするためのファスナーが取り付けられていて遮光性を確保するために交互に開けるように二重構造になっていた。


 現像タンクは直径が二○センチ、高さが一五センチぐらいのフタ付の円筒形の容器で、中にはフイルムを巻き付けるためのリールがセットされている。フタには穴が開いていて外に向かってツマミが飛び出しているリールをクルクルと回せるような構造になっていた。


「今は開けたままで手順を見せるけど、これからやることは本当はダークバッグのチャックを閉めてからやることだからね」

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