第18話
美乃里は降り注ぐお湯を顔で受けながら「はぁサブロク撮っちゃったねぇ」と覚えたての言葉を呟いてみた。まるで他人事のような口調になったことに笑ってしまった。
それからしばらくはカラダ全体に満たされた充足感とも達成感とも思える感覚を楽しみながらボーッとお湯を浴びていた。
「美乃里さん? 美乃里さん、よろしいですか?」
理々子の声に引き戻される。
「ん、理々子? うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「美乃里さん、申し訳ありません。もう時間がありません」
「え、いま何時?」
「はい、六時になったところです!」
「な、ないって全然ないじゃん! って言うか過ぎるじゃん!」
「はい! 申し訳ありません。」
「待って、今出るからタオル取って」
「いいですか? ハイっ」
理々子がビニールカーテンの間から差し出した備え付けのタオルを受け取る。
「あ、パンツとかは?」
「申し訳ありません。スカートを優先させていましたら時間が無くなってしまいました。ですので、自販機でソックスとパンツを勝手に買ってしまいました」
「え? 買ってくれたの? ありがとう。あとで払うね」
「あ、はい。申し訳ありません」
「理々子さぁ」
「はい、何でしょうか」
「もう謝らなくていいよ。理々子の足を引っ張ってるのはあたしの方なんだし、理々子はあたしのためにやってくれてるんだからさ」
「はい、申し訳、あ・・・・・・分かりました」
「うん、ありがとね」
「あ、いえ。ありがとうございます。いいですか、はい」
今度はカーテンの隙間から新しいソックスと淡いピンクのパンツが差し出された。
シャワー室には生理用品のほかに下着やソックス、タオルなどの自動販売機が設置されていた。ソックスは校則があるので白色のみだが下着はいくつか色があって選べるようになっており、美乃里も何回か買ったことがあった。
「色、それでよろしかったでしょうか」
「うん、ありがとう。かわいいね」
「はい、わたくしもそれが一番かわいらしいと思ったので」
「ありがとう」
「スカートです。なんとかはいていただける状態には出来ました」
「うわ、すごくきれいになってる。あたしが履いてた時よりきれいになってるんじゃない」
「そうですか? そういっていただけてとても光栄です」
「うん、ありがとう」
美乃里は髪をタオルで拭きながらカーテンを開ける。
「ねぇ理々子、髪ゴム持ってる? あたしってネコっ毛のクセっ毛だから乾かさないと爆発状態になっちゃうんだよね。今日に限って持って来てなくて。困ったな」
「え、ちょっとお待ちください」
理々子が自分のポーチをゴソゴソと漁る。
「持ってる? 助かったぁ」
「はい、髪ゴムです。黒でよろしいですか」
「うん、全然オッケー。ん・・・・・・、はい。じゃあ行こうか。ゴメンね理々子まで遅刻させて」
「いえ、とんでもないです。わたくしがもう少し早く気が付ければよかったです。すごいですね美乃里さん、鏡も見ずにすごくキレイに髪をおまとめになられるんですね」
「そう? まぁチアは必須だしね。でもこんなのフツーじゃない? それと理々子は少しも悪くないから、そんな言い方しないこと」
「はい、分かりました」
「じゃあ急ぐよ」
「はい!」
「申し訳ありません。遅れました!」
美乃里はさすがに運動部なので謝罪の仕方は素早く単刀直入だ。
「ええよ、別に。遅れた言うても十五分やんか。初日やし堅苦しく考えることあれへんわ。それよりどうや、何枚か撮れたか?」
「はぁ、撮り切っちゃいました」
「何や? もうか? サブロクを全部撮り切ったんか」
「はい、ダメだったですね?」
「コスト意識がまったくないやっちゃなぁ」
「ゴメンなさい」
「いや、構へんわ」
「え?」
「ええって」
「いい、んです、か?」
「まぁな、コスト意識を持つことは大切や」
「ええ、だから」
「でもそれで創作意欲にブレーキをかけてしまうんは本末転倒や。俺はそう思う」
「はぁ」
「エエ写真撮れたんやろ」
「う~ん、どうなんだろう」
「なんや、違うんかいな」
「撮ったのを見れないから実感がないというかなんというか」
「ああ、そういうことか。ま、慣れやな」
「そういうものなんでしょうか」
「撮った時の感覚を覚えとくんやな。『あの時に撮ったあの写真はこう写るのか』っちゅう答え合わせの繰り返しが実感につながっていくもんなんや。小西さんは撮れてるかどうか分からへんて言うたやろ、プロではそれはありえへん。フイルム時代にプロカメラマンがプロフェッショナル足りえたんは仕上がりの絵面を頭の中に描けたからでもあるんや。まだまだ先の話やけどカメラの設定を変えるんにしても、闇雲に変えたところでところでええ写真は撮られへん。光線の具合がこうならば露出はどれぐらいにするとええかっちゅうのんは一朝一夕には自分の中に蓄積出来るもんちゃうねんで」
「はぁ、そういうもんなんですね?」
「それが当然やねん。もちろん、プロである所以はそれだけやあらへんけどな」
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