第17話
しばらく放心状態で波打ち際に立ち尽くしていると後ろで美乃里を呼ぶ声がした。
「美乃里さん! どうしたんですか? ご無事ですか?」
美乃里が振り返ると血相を変えた理々子が砂に足を取られながら一生懸命に走り寄って来ようとしているところだった。
「どうしたの、そんなに血相変えて。もしかして怪我でもしたの、大丈夫?」
「何おっしゃってるんですか! ご自身の恰好がお分かりではないんですか、美乃里さん!」
なぜだか分からないが理々子は怒っているようだった。
「え? なに? あたしがどうしたって。理々子はどうしてそんなに怒ってるの」
「怒ってないです!」
「いや。怒ってるでしょう、そりゃ。理々子の顔、怖いもん」
「もー、どうしてそうなるんですか! ご自身のお姿を分かってらっしゃいますか」
理々子が似たフレーズを繰り返したのに気がついて美乃里はフッと自分の足許を見るとはなしに見た。
「わっ、なにこれ!」
「なにこれじゃないです。どうしちゃったんですか美乃里さん」
美乃里の足は砂だらけだった。校則で決められている白ソックスはもはや白くはなく、ローファーの中は潮で満たされていた。
スカートも砂まみれでしかもお尻の方はびしょびしょでどうやら下着まで濡れているっぽかった。さらに風が髪を容赦なくぐっちゃぐちゃな状態にしていた。理々子に言わせると『へび女ゴーゴン』もびっくりという様子だったらしい。美乃里は『へび女ゴーゴン』なんて知らないので褒められてるんだかけなされてるんだか分からなかったが、理々子に言わせると「けなしてはいませんが褒めてもいません」ということらしい。まあ、何だか分からないがそういうことらしい。
というわけで、美乃里は理々子に連行されるように学校まで引き戻された。
「美乃里さん、シャワー室使えるんですよね」
「うん、使えるけど・・・・・・何で?」
「もー、何言ってるんですか! そんな恰好じゃ部室に行けないし、ましておウチに帰れませんよ」
「え? ああ、そう」
「そうに決まってます! もー。美乃里さんがチアのマネージャーでよかったです」
「そう?」
「そうです! 美乃里さん早くしてください!」
「怖いって、理々子。もうちょっと優しくしてよ」
「出来ません。美乃里さんがちゃんとシャワー浴びてくださって元にお戻りになられたらわたくしも元に戻ります」
「えー、怖いって」
「わたくしのこと師匠って言ってくださいましたよね。師匠の言葉は絶対ですよ」
「アッ! ずっるーい! あんなに嫌がってクセにぃ」
「問答無用です! 美乃里さんを元に戻すためならずるくも怖くもなります!」
理々子の勢いに押されて美乃里は運動部棟に併設されている女子シャワー室まで連れてこられた。
もちろん男子シャワー室もあって、一般の生徒も指定の時間内であれば使える施設だった。もう時間は過ぎてしまっていたが美乃里は応援部のマネージャーなので時間外の使用を許可されているのだ。
理々子に急かされながら学生証をシャワー室の入り口横のセンサに近づける。
ピピピッ!
「どうぞ」
「どうぞじゃないです! 美乃里さんが入ってください」
「理々子、やっぱり怖いって!」
「分かりました。怖くて結構ですから早く入ってください」
理々子に強引に促されて美乃里が先にシャワー室に入る。
「心配したんですからね。三○分経ってコンビニに戻っても美乃里さんいらっしゃらなくて、それから一○分待ってもお帰りじゃないからどこかでお怪我でもされてるんじゃないかと思って探したんですよ。お怪我はされてないんですよね」
「うん、うん。どこにも何も異常なし」
美乃里は脱衣所でカーテン越しに責めるような理々子の問いかけに答える。
「そうしたら、あんなところにいらっしゃって! どうして制服であんな波打ち際まで行かれてしまわれたんですか?」
「いや、どうしてって言われてもね。写真の題材探してたってだけなんだけどね」
美乃里は答えながら康岳の写真を二時間観続けていた時と同様の疼きに似たようなものを感じていた。
「それじゃ待っててね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
理々子の声を肩甲骨で受けながら美乃里はシャワー室に足を踏み入れた。青いすべすべのタイルが微熱を持った裸足の裏にヒンヤリ心地よかった。
「美乃里さん、美乃里さん。スカートとかお借りします。ちょっと砂を払ってドライヤー使って乾かしますから・・・・・・」
「あ、ありがとう」
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