第12話
「我松雲学園高校写真部は諸君の入部を心より歓迎する。部としての活動に決められたものは何もない。写真撮影という行為を通じて身の回りの森羅万象を感じ自分なりの世界観を体得することを写真部は応援する。キミたちが写真という表現方法を自由自在に操れるようになることを写真部は希望する」
と言って藤香は三人に『松雲高校写真部』と金糸で刺繍された濃紺の腕章を手渡した。
「その腕章は通過パスみたいなもんやな。この腕章があれば校内はほぼ無条件でどこでも入っていける。市内でも結構どこでも入っていけると思うわ」
「え、そんなに威力があるんですか」
「そーだって。だから松雲高校の写真部は並じゃないって言ったでしょ。こういうところも段違いなのよ」
藤香がいつも通りの口調に戻って答える。
「並じゃないっていっても程があるでしょ」
「そーなのよ。すっごいんだから。これもOBの力の賜物なのよ」
「それにしても凄すぎるわ」
美乃里は使い込まれた感じの腕章を見つめながら呟いた。
腕章の縫取りを指でなぞっていた美乃里は何かを思い出したように顔を上げ藤香に小声で尋ねる。
「なんだか急に表情が険しくなっちゃったんでびっくりしちゃったんだけど」
「入部式ってのは一種の儀式なの。部に代々伝統的に受け継がれてきた『入部歓待の言』を述べるのは副将の役目なの」
藤香もめずらしくいささかの小声だ。
康岳がそれに構わず話し始める。
「活動に決められたものはないという言葉があったんやけど制約という言葉に置き換えてもろたらええやろか。具体的な部活動としては週に一回の写真添削時以外は部室に来ても来んでも自由や。写真さえ撮っといてもろたらあとは何しても構わへん。あとは基本的に土日祝日は部活動はあらへん」
「写真添削って何ですか」
「一週間にサブロクを最低一本。撮り切って現像してベタと六ツ切とを焼いてもらう。それを主将もしくは副将が添削するんや」
「え? え? え! 何ですか?」
美乃里には康岳の言葉が意味を持った言葉には聞こえなかった。あとの二人はと見やるとうなずいているので理解しているらしい。
見かねた藤香が言葉をかける。
「写真には専門用語っていうよりも通称っていうのが多いからまずは慣れることが必要ね。えーと、分からなかったのは多分サブロクとベタ、それと六ツ切よね。でしょ」
「う、ん。それ、かな? たぶん」
「フイルムにはね、撮れる枚数があるの。二十四枚撮りフイルムをニイヨン、三十六枚のフイルムをサブロクって呼んでたんだけど、今はフイルムそのものの需要が減って来てるからほとんどサブロクだけになっちゃった。その前は十二枚撮りもあったって聞いたわ」
「えぇ! そんなにちょっとしか撮れないの」
「そうなのよ。フイルムはそれが当たり前なの。で、そのサブロクを一週間で一本撮る。それが写真部の主たる活動内容、ってことになるわけ」
美乃里はまたまた驚く。
「え? かならず一本ってことは三十六枚? いったい何を撮ったらいいの?」
「そう、かならず一本。とにかくなんでもいいの。乱暴な言い方で悪いけど下手な鉄砲も数打ちゃ当たるっていうでしょ。まずカメラに慣れる、そのことを徹底的に実践していくのが松雲高校写真部の流儀なの。たとえばテニスの素振りのようなものかしら」
「素振り・・・・・・ねぇ。分かったような分からないような。で、あとのは何だっけ?」
「ベタ、と、六ツ切」
「そーそーそれそれ、たぶん」
「説明するより実際に撮って来てからの方が早いわ、きっと」
「そうなの?」
「うん。じゃあ早速サブロクの白黒フイルムを一本渡すわね。主将、いいですか」
藤香が康岳を振り返って確認する。
「うん、たのむわ」
「これから校外に出て写真を撮る訳ですが松雲高校写真部は腕章がすべてです。つまりはみんなに見られているということです。つねに節度を持って行動し、一人前の写真家としての自覚を持った上でルールとマナーの順守をお願いします。いつも発表することを念頭に置き被写体に神経を遣い敬意を払ってください。個人が特定出来るような被写体を撮影する場合には事前ないしは事後に被写体本人の承諾を取ること。個人情報や肖像権に関することで不明なことがあった場合はかならず写真部役員か顧問に確認を速やかに取ること」
藤香がまた固い口調に戻って、今度は『写真部の心得』を美乃里たちに告げた。
「以上、入部式を終わります」
「あ。そういえば顧問の先生って」
「いるわよ。顧問が小高先生、副顧問が北杜先生。放任主義が小高先生のポリシーみたいだから北杜先生もそれに倣ってるって感じ? はい、フイルムを配るわね」
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