第11話

「あ、はい・・・・・・あのぅなんかボケてるんですけど」

「せやな。そしたらシャッターボタン、それを押してみよか」

「え? 押しちゃっていいんですか」

「構めへん構めへん。ちゅうか押し切るんやのうて軽く押すだけや」

「軽く? はぁ軽くですか」

「指先に少しだけ力を込めて、そうや。ええで。どうや」


ピピっと小さい音がした。

「あ! はっきり見えます」

「シャッターボタンを押すとフォーカスが合うようになってるんや」

「はぁ、なるほど・・・・・・分かりました」

「どうや、使えそうか」

「使え、るのかな? なんか今のだけでドッと疲れちゃったんですけど」

「力が入り過ぎてるんや。ま、習うより慣れろやな」

「なるべく早く慣れないと写真撮るどころじゃないですね、こんなんじゃ」

「そやな。持って帰ってもろても構めへんから家でも使こてみたらええわ」


「え? これって誰かの私物じゃないんですか」

「いや、これは写真部の備品やから気にせんと使ってええで」

「ホントですか。それってうれしいです、丁寧に扱います」


美乃里はレンズを通して見る日常風景がなんだかとてもおもしろく思えて部室の中のあちこちや周りの人間を覗いてみてはピピッ、ピピッとやっていた。


 しばらくの間カメラを触っていた美乃里が何かに気づいたようにカメラを持って康岳の顔をそぉーっと窺う。

「あの、ちょっといいですか」

「ん? なんや」

「えーと、あの。この前についてるレンズって・・・・・・」

「うん」

「何倍なんですか」

「そうか。せやったらそこを説明しよか」

「はい、お願いします」


「確かに小西さんが言うようにレンズは倍率で表されることもあるにはあるんやけど、俺らはそういう言い方はせえへんねん」

「それは、どういう、ことですか」

「うん、レンズは何ミリのレンズかってことが重要やからなんや」

「何ミリ?」


「そしたら小西さん。レンズを正面から見てみ」

「はい。こう、ですか」

「レンズの縁にグルっと数字とか書いてあるやろ」

「エス・エム・シー・ペンタックスって書いてあって、それから、ん? えーと」

「そのまま読んでみ」

「エフエーかな? 一対一点四? でもって五〇ミリ? ですか」

「その通り」

「ちんぷんかんぷん、なんですけど」

「あははは。せやな。そやけど、それがそのレンズの名前やし種類なんや」

「そういわれても、さっぱりなんのこっちゃですが」

「エスエムシーはペンタックスのレンズの名称やな。エスエムシーいうのんはスーパー・マルチ・コーティングの略。エフエーちゅうのんはオートフォーカス用のレンズっちゅう意味やな。まぁ言うてもペンタックスの場合はってことやけどな」

「ほう、なるほど。・・・・・・で」


「あとは五○ミリか?」

「ええ、どういう意味なんですか」

「五〇ミリいうんはレンズの焦点距離のことを言うねん。五〇ミリいうたら人間の視野とほぼ同じ範囲が撮れるってことで、別名標準レンズと呼ぶこともあるんや。1:1・4っていうのんはレンズの明るさのことを表しとってこの数字が小さければ小さいほど明るいレンズってことになるねん」

「どんどん耳慣れない言葉が出てきて、頭の中がウニウニになって来てるんですけど」

「まあ、ええわ。おいおい分かるようになるやろ。とりあえずは、この五〇ミリのレンズを使こてもらうから」

「ということは、人の視野で写真を撮れ、と」

「せやな」

「つまり何倍とかじゃないってことですね」

「そうや」

「じゃあ、近くに寄りたいなあ、と思った時はどうすれば」

「近寄ったらええやん」

「は、あァ」


「フランスに、アンリ・カルティエ=ブレッソンっちゅう写真家がおってんけど、彼は作品のほとんどを五〇ミリのレンズで撮影してるんや。せやから五〇ミリやからって表現の幅が限定されてしまう訳ではないねん。それに『レンズは標準に始まり標準に終わる』とも言われるぐらい基本的なレンズやから、まずは五〇ミリの視野に慣れるんは大切なんや」

「はあ」

「ちゅうことで、これはいわゆる倍率の変えられるズームレンズではないねん。そういうレンズのことを単焦点っていうんや。ほなら、藤香。ええかな」

 美乃里にとりあえずの説明を終えた康岳が目配せをした先には今までとは打って変わって真剣な面持ちの藤香がいた。

「はい。ではこれより入部式を始めます。3年A組小西美乃里さん、2年G組栗林麗佳さん、1年C組朝比奈理々子さん」

美乃里と麗佳、理々子はいきなりの雰囲気の変化に戸惑い、返事をするのも緊張した。

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