第10話
「あ!」
「なんや」
「いま思いつきましたけど、真剣勝負ってことですかね」
「ええこと言うなぁ、まさにその通りやな」
「真剣勝負?」
美乃里が繰り返す。
「栗林さんが今言うたように、フイルムは撮り直しが利かんし現像してプリントまでせんと結果が分からん。せやから仕上がりを予測してしっかりと吟味して撮る必要があるっちゅうこっちゃな」
「そんなに吟味しなくちゃダメなんですか」
「フイルムは時間もかかるけどコストもかかるからなぁ」
「コスト?」
「フイルムは撮り直しが利かへん。しかも思った通りの写真が撮れてるかを確認すんのにフイルムの現像だけやのうてプリントもせなあかんから一枚撮るごとにいくらかでものコレがいるっていうことになるやろ」
言いながら康岳は親指と人差し指で丸を作る。
「え? そうなんですか」
「そうやろ。毎回フイルム代が必要やし、一枚プリントするごとに印画紙代もかかる。現像するには薬品が必要になるし、細かいこと言うたらその度に電気代も水道代もかかって来るんやで。それが、思うように撮れてなかったらほぼ全部パー同然やからな」
「あーなるほど。そういうことになるんですね」
「デジカメも、最初はメディアを買わないかんのはおんなじなんやけど使いまわしが利くし、第一プリントせんかて仕上がりが見れるからな」
「すぐ見られて楽しいし便利じゃないですか、それでもフイルムにする理由って?」
「もちろんデジカメが悪いとは言わん、言わんのやけどもフイルムのカメラでシャッターのひと押し、写真の一枚の重さを知ってからデジタルを始めた方が俺は何倍もエエと思う。フイルムのカメラを使こてたら一枚一枚に対する意気込みが全然違ごてくんねん。栗林さんに『まず銀塩を知れ』て言うたカメラマンもそのことを言いたかったんやと思う。言葉は悪いけどデジカメはシャッターが安易に切れてしまうんでコスト意識も発生しにくい。せやから写真を粗製乱造してまう可能性も高なるやろ」
「デジカメの方がコストが掛からないぶんたくさんの写真が撮れていいんじゃないですか」
「俺はみんながみんなフイルムカメラから始めるべきやて言うてるんやないんやで。デジカメはフイルムなんかよりもっともっと写真の裾野を広げてくれてるもんなんやから、歓迎こそすれ否定しよる訳ではないねんて。あくまでも写真を作品として撮影しようと思てる人間ならばフイルムはやるべきや、ちゅうことを言いたいだけやねん」
「へぇ、そういうもんなんですか」
美乃里はまだ実際を知らないので、実感も湧かず無為にうなずくことしか出来ないことが少しもどかしかった。
「そしたら小西さんはカメラ持ってへんって話やったんで用意しといた。持ってみぃ」
美乃里は康岳から差し出されたカメラを注意深く受け取った。
「あ、けっこう思ってたより重いんですね」
「それでもこれは軽い方やねんけどな」
「ええっと、これってなんていうカメラなんでしたっけ」
「メーカーは昔のペンタックス。MZ-3っちゅう機種やねんけど。知らんわなぁ?」
「いえ、これってどういうカメラなのかっていうことなんですけど」
「なに? どういうってどういうこっちゃ」
「ええっと、いわゆるちっちゃいカメラとは違うじゃないですか。うろ覚えですけど他にも言い方があったように思ったんですけど、なんかありませんでしたっけ」
「あぁそういうことやったら、たぶんガンレフやな。一般には一眼レフカメラっていう種類のこっちゃろ」
「ガンレフ? いち・がん・れふ? そんな名前でしたっけ?」
「せや。ガンレフのレフってのはレフレックス。光が反射するっていう意味の言葉やな」
「光、反射?」
「そうや。そのカメラのレンズの横、右下に小っちゃい出っ張りがあるやろ」
「これ、ですか」
「そうや。それがレンズの脱着ボタンやな。そのボタンがレンズの落ちてしまうんを防ぐためのストッパーになってるんや。押してみ」
美乃里は言われたままにレンズの右横にある出っ張りを押した。
「そしたらカメラ落とさんように下から支えて持って、こうやな。レンズの根元のトコを持つようにして、ボタンを押しながらレンズを時計と反対周りに回すと」
「あ! 外れた」
「レンズが外せるんがガンレフの特徴でもあんねん。すぐそこに鏡が斜めに入ってるやろ」
「あ、あります、あります」
「それが一眼レフの名前の元になっとるレフレックスつまり鏡や。レンズから入ってきた光がそこで跳ね上げられてファインダー前にあるプリズムを通って見える仕組みになってるんや」
「ファインダー?」
「覗き穴のこっちゃな。レンズを着け戻して覗いてみ」
「え? 今度はどうしたら」
「そやな。レンズの根元、金属になってる部分に印あるやろ」
「しるし? あ、この赤いのですか」
「そうや。ボディ側にもおんなじようなんがあるんが分かるか」
「あ、これかな」
「印同士を合わせるとスポッと嵌まるんや」
「あ、嵌りました」
「そしたら、そのまんま今度は時計回りに半回しぐらいしてみ」
「ボタンは?」
「押さんでええねん」
「あ、はい」
「小っちゃくカチッて音するからそこまで回して」
「あ! しました!」
「それで嵌まったんや。一応レンズの根元持って少し揺すってみ」
「え、外れないです」
「ええねんええねん。はじめはそうやってかならず確認したらええわ。レンズがちゃんと嵌まってへんかったら元も子もなくなるしな。そのうち慣れてきたらそんなことせんでも分かるようになるから。そしたら覗いてみよか」
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