第9話


「お、ずいぶんと打ち解けとるやんか。ええこっちゃ」


 ようやく康岳が部室に入って来た。


「あ、主将、こんにちは。よろしくお願いします」

「こっちこそよろしく頼むで、小西さん。期待してるで」

「あ、は、はあ」

「なんや気ィない返事やなあ。まぁ構える必要は全然あれへんって。気負ってもなんもええことあれへん」

「はい、頑張ります」

「だから、頑張らんでもええねんて。力が入り過ぎてもなんもええことなんかあれへんのやって。で、君が2Gの栗林麗佳さんと君が1Cの朝比奈理々子さんやね」


 康岳は手許の入部届を確認する。

「朝比奈さんはカメラ持ってるんやな。おぉ聞いたことあるなぁと思たら君はやっぱり親父さんとこの子ぉなんやぁ。よう似とるわ」

「え? そうですか。父が主将にたまには来いと言っておけと申しておりました」

「そうか、娘さんがおるのは知っとったけど親父さん一度も見せてくれへんかったしなあ。こんなにかわいい子がおったんやなぁ」

「そんな、かわいいだなんて。照れますです」


「あ、社交辞令だから本気にしちゃダメよ」

 少し遅れて後から入ってきた藤香がシレっと言う。


「こらっ! 藤香はまたしょーもないこと言うてから。朝比奈さん、気にせんときや、こいつはこんな笑えん冗談をしょっちゅう言うんやから」

「はぁ、はい」

「ま、それは置いといて。栗林さんもカメラは持ってるんやね」


「・・・・・・」

「栗林、さん?」

「キレイ・・・・・・」


 麗佳は精一杯の背伸びで藤香の顔に自分の顔を近づけて放心したようにつぶやく。


「フォワット?」

「おきれい、です。憧れちゃいます、高千穂先輩」

「ちょっと何? この子、何なの樫雄」

「ああ、栗林さんは読モやってるって言ってた子っすね」


 いつの間にか樫雄も入って来ていた。

「読モ? ああ、どうりできれいな顔立ちしてるわね」

「カンゲキ~! うれしいです、先輩にそんなこと言ってもらえるなんて、夢みたいです」

「ちょっと、どーでもいいけど、そんなにくっつかないで暑苦しいから」

「あ、ごめんなさい。あの、握手してもらってもいいですか」

「え、何? 握手。すればいいの。私でいいの、っていうか何で私なんかと握手したいのか分からないけど、それぐらいならぜんぜん構わないけどね」

「きゃー! ありがとうございます。感激です。じゃぁいいですか、はい」


 麗佳がバラ柄のタオルハンカチで手をゴシゴシしてから差し出す。

 今までの遠慮のない藤香が、この時ばかりはすごく居心地悪そうにしているのが美乃里にはなんとなくおかしかった。

「やわらかーい。カンゲキー!」

 麗佳は藤香の手に頬ずりでもしそうな勢いだ。


「ちょっとぉ、もういいんじゃない」

藤香はしばらくしても一向に手を放す気配のない麗佳の手を振りほどいた。


「あ、ごめんなさい。ありがとうございました」

「それで、なんなのかしら? これは」

「転入して来られた時から憧れてました。最初にここに来たときはいらっしゃらなくて、やっとお逢いすることが出来たんでうれしくてうれしくて」

「あら、光栄だわ。これからよろしくね」

「はい! よろしくお願いします」


「気ぃが済んだんか?」

 康岳が呆れたように訊く。

「すみません! ごめんなさい。はい大丈夫です」

「それで、キミもカメラ持ってるんやね」

「はい、仕事でよく一緒になるカメラマンさんに借りたというか」

「借りた?」

「今度写真部に入るって言ったらスッゴクよろこんでくれて、今はあまり使ってないから無期限で貸すってことにしとくって」

「なるほどなぁ。今はプロでもみぃんなデジカメ使うようになってしもたからなぁ」

「そうですね。私もお仕事でフイルムで撮ってもらったことはないですね」

「やろなぁ。時代の流れやからな。しゃあないんやなぁ」

「そのカメラマンさんは私がカメラに興味を持ち始めた時からいろいろ教えてもらった方なんです。カメラが欲しくなってどれがいいのかを訊きに行ったら『カメラを勉強するんならまず銀塩を知れ』って強く言われたんです。その時に『銀塩=フイルム』ってことも教えてもらって初めて知って、それから知れば知るほどフイルムのカメラが面白くなって来ちゃって」

「へえぇ、栗林さんはフイルムカメラのどこら辺がおもろいと思たんかな」

「一期一会っぽいっていうのかな? そういうところですね」

「それは例えばどういうことやろか」


「デジカメって撮り直しが利くじゃないですか」

 麗佳が言葉を選びながら説明をし始める。

「撮ったその場ですぐに確認が出来るし、うまく撮れてなかったら撮り直せますよね。でも、逆にフイルムカメラはそうじゃなくって仕上がりが思い通りじゃなかったり、失敗してたりしたら撮り直しも出来ないですよね。目の前で起こった瞬間はその場限りなのに、ちゃんと撮れてるかどうかがすぐには分からないなんて怖すぎます。でも、この怖さがフイルムの良さでもあるんじゃないかなって最近思うようになって来たんですよね」

「それはつまりはどういうことや」

「失敗するのはヤだけど、失敗するのを怖がってちゃダメ、みたいな。緊張感があるって言えばいいのかな。そこにすっごくコーフンするんですよね」

「オモロいところに気ィついたな。そのことこそフイルムカメラの特徴の大きな一つやな。不便、と言いきってしまうんはあまりにも一面的でネガティブな考え方やと俺は思う。逆にフイルムは不便やからこそのものやと思てるんや」

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