第8話


あのう、と恐る恐る一年生が話しかける。


「あ、ごめんごめん。えーとあなたは?」

「わ、たくしは一年C組です。あ、違いました朝比奈です。よろしくお願いいたします」

「下の名前は、なんていうの」

「あ、えと理々子と申します。申し訳ありません」

「朝比奈理々子さんね。そう、よろしく」


「わたくしは実家が写真館を営んでおりまして、子どものころからフイルムカメラに慣れ親しんでおりました。小学校の高学年になる頃からは暗室にも入らせてもらって手伝いで現像のマネごともしておりました。何にもないところに光を当てて現像液に浸していると段々と絵が出てくるのを見てるのがとても好きで中学になってからは自分で撮った写真を自分で現像するようになりました」

「え? 自分ちが写真館なの? スゴイね」

「あ、りがとうございます。でも、父の写真館での手本しかなくて、さらにもっと自己表現したいと考えておりました。ただし、人とのお付き合いがあまり得意ではないので部活動という限定された集団での活動に躊躇しておりまして今に至ります。今回は、意を決して入部いたしました」


「これはこれはご丁寧にありがとう」

「いえ、失礼いたしました」

「この子、すごいでしょ? この堅苦しい言い方。家でもこうなんだって」

「へー。それはあれかな、おウチがお店やってるからかな」

「はい、父が言葉遣いは丁寧にしなさい、と」

「はぁ、お父様がねぇ」

「はい。父は祖父から厳しく躾けられたそうです」

「年季入ってるのね」

「はい、そういうことになります」

「でもここはお店じゃないからね、もう少しだけくだけた感じでもいいかな」

「はい、クラスの友人からもよく指摘されるのですが、どうもなかなか出来なくて」

「友達からも? ・・・・・・まあ、そうでしょうね」


「でね理々子の家はたぶんセンパイも知ってると思いますよ。電車通りにある写真館」

「あ、もしかすると、電車の窓から見えるレトロっぽい丸窓のあるお店がそうなの?」

「ピンポーン! センパイ、当たり」

「へえ、理々子ってあそこの子なの?」

「はい! あそこの子なんです。ご存じでしたか」

「いや、ご存じも何も。ってことは松雲高校の修学旅行の写真とかも全部撮ってもらってるのよね」

「はい! よくご存じですね」

「あたし修学旅行の時、写真委員だったんだもん。そういやカメラマンって確か朝比奈さんだったっけね」

「はい長兄です。出張撮影担当なんです。兄は二人いるんですが、二人ともプロカメラマンで上の兄が店を継ぐ予定なんです」

「へー、そう。あの時のカメラマンさんがお兄さんなわけね」

「へ~え、あの写真館、松雲の指定業者だったんですか」

「そうよ、ウチの高校の行事写真は全部あそこの写真館。あたしも写真委員をやらされるまで知らなかったから偉そうなこと言えないんだけどね」


「センパイ、写真委員面白かったですか? ちなみに私もやろうと思ってるんですけど」

「あたしの場合は押し付けられたんだけど、あなたは立候補しようってんじゃないの」

「あ、よく分かりましたね。今もう写真に関連することが楽しくて楽しくて」

「やっぱりね。もしなんか分からないことあったら何でもいいから訊いてね。っていうかあたしも写真部の存在にもう少し早く気付いてたらもっと楽しくできてたのかなぁ」

「イヤだったんですか」

「イヤだった訳じゃないけど、ずいぶんとやり方も違ってただろうなあって。写真のことをもっと知ってたらもっと楽しめたろうなあってことよ」

「じゃあ、センパイにいろいろ訊いて後悔しないようにしようっと」

「だから後悔してるわけじゃないってのに!」

「はいはい、分かりました。後悔はしてないんですよね」

「なによ、その含みのある言い方は」

「いえいえ、他意はまったくありませーん」

と美乃里と麗佳はまた笑いあう。



 あ、そうだ、と美乃里。

「上級生とはいってもスタートラインは一緒なんだし、多分あなたたちの方が写真の経験は絶対ありそうだから、先輩ってのは止めて欲しいな」

「え、なんでですかセンパイ」

「教えてもらうことも多いと思うのに先輩だなんてなんだかお尻がこそばゆくなっちゃうわ。だからあたしのことは美乃里って呼んで。ダメ?」

「ダメじゃないですけど、それでもセンパイはセンパイだし。抵抗ありますよ、やっぱし」


 下を向いていた理々子が小さく頷いたまま、手を小さく挙げた。

「えと、ええと。・・・・・・はい、よろしいでしょうか」

「理々子、何?」

「じゃあ『美乃里さん』ではいかがですか」

「うーん、あなたたちがそれならいいって言うんなら」

「やた、助かりますよ。センパ、違った美乃里さん。いきなり呼び捨てってのはキツイですよ。いくら良いからって言われても」

「うん、分かった。じゃあ、よろしくね」

「よし、よろしくな! 美乃里」

「なんですって! 今なんて言った?」

「あ、やっぱり呼び捨てされるのヤなんじゃないですか。もう素直じゃないなあ」

「もう・・・・・・あんたって子は!」

 美乃里は麗佳に対してふざけて叩くマネをする。

「暴力反対! 絶対反対!」

 麗佳も言いながら叩かれるのを両手で防ぐマネをした。

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