第7話

「主将? ・・・・・・二本松くん」


学務局営繕担当の才羽潮斗から声を掛けられて康岳は顔を上げた。

放課後とは言っても、もうかなり遅い時間になってから換気扇の修理が始まったのだ。

立会いということだったが、かといって何かをするわけでもなく、本棚にある写真集を適当に見繕って見るとはなしにページを繰っていたところだった。


「これは、コトと次第によっちゃあ、困ったことになるね」

 才羽の言葉の意味するところが分からず怪訝な顔になった。

「どういうこと、ですか」

 他に尋ねようがなかった。

「これ」

 才羽が左手にぐるぐる巻きにして持っていたものを目の前に突き出した。

「スズランテープ?」

 それは作品なんかの梱包用によく使う薄くて幅広の合成繊維製のヒモだった。

「学校の消耗品でもポピュラーなものだし資材部に買置きもいくらでもあるから、とくに珍しいものじゃないし入手も別段難しいわけでもない。ここでもさっき二巻きほどあるのを見掛けたから、何かの作業中に換気扇に偶然巻き込まれたってことなのかも知れない。しかしね」

「はい?」

「この長さは、尋常じゃないねえ」

「どういうこと、でしょうか」

「普通はこんなに巻き込まれるまで、放っとかないだろう」

と才羽は、言いにくそうに前置きしたうえで、言葉を繋いだ。

「考えたくはないけれど、悪意を感じるってこと」

「え?」

「部室は、下校時にはちゃんと施錠するんだよね、もちろん」

才羽は康岳の動揺など全く意に介さなかったかのように、質問を続けた。

「ええ」


 そう返事はしたものの、康岳は先週の金曜日に部室の鍵を閉めた人間を思い出すことで頭がいっぱいの様子だった。

 

次の週の金曜日の放課後、チアのスケジュールを調整して美乃里は入部のために写真部の部室に向かった。


わざわざ入部式をやるのが写真部の伝統らしい。


部室には知った顔は誰もおらず新入部員らしき二人がいた。襟の組章から判断すると一年生と二年生だ。ご丁寧にも一学年一人づつ、美乃里も含めて三人とも女子だ。これが最近の傾向ということなのか、写真部をキモイ男子の巣窟のようにも思っていた美乃里の了見は狭かったらしい。

藤香によると酢酸系のせいだという臭気は換気扇のおかげで少し緩和されているようにも感じたが日にちが空くとやっぱり臭かった。要するにあの時は慣れたというよりも麻痺してたと言う方が近いのかも知れない。


「あれ? 主将とかは? 誰もいないの?」

「私たちが来た時にはまだ開いてなかったんですけど、面接をした先輩がすぐに来てカギを開けて入れてくれたんです。それから主将と副将を呼んで来るから待ってろって・・・・・・」

 組章の色がえんじ色、つまりは二年の子の方が教えてくれた。

「ふーん、そうなんだ」

黙ったままでも気づまりなので、まずは自己紹介する。

「はじめまして、あたしは三年A組、小西美乃里。カメラのことはまったく分からないんでいろいろと訊くことも多いと思う。その時はよろしく」

「あ、よろしく、お、ねがいします」

 相手が最上級生ということで緊張したのか二人が同じタイミングで立ち上がり噛むところも一緒だったので思わず笑ってしまった。

「なぁに、あんたたち、双子なの?」

「ち、違いますよぅセンパイ。ちょっとアセっただけですよぅ」

笑いながら答えたのはさっきの二年生で、栗林麗佳と名乗った。美乃里でも二度見してしまうような美少女だ。


「私はドクモやってるんですけど・・・・・・」

「え? 毒蜘蛛? 何? クモぉ?」

「ヤダぁ違いますよぉ。読モですって」

「なにそれ」

「知らないんですか。読者モデルって言って専属のモデルじゃなくて他に本業があって、って私は女子高生ですけどたまに雑誌の読者がモデルもやるみたいな、そんな感じです」

「へー、そうなんだ。あたしはチア一筋だったからそういうことに疎いんだ。初めて訊いた。で、その読モが何?」

「あ、はい。で、読モやってるうちに撮ることにも興味が出てきてカメラマンさんにいろいろとカメラのことを訊いてたんです。そうしたらカメラマンさんに言われたんですよ『やるんなら絶対にフイルムからやらないとだめだ』って。でも今の時代フイルムカメラなんて触ることすら難しくてどうしようと思ってたら、ウチの高校はフイルムカメラ部もあったんじゃんって気がついて」

「も? フイルムカメラ部も、ってどういうこと」

「やだ、センパイ知らないんですか。今年になってデジカメ同好会ってのが新しく出来たんですよ」

「なにそれ! ホントなの?」

思わず美乃里の声が大きくなる。

「センパイって、ホントにチア一筋だったんですねぇ」

「と言われてもあたしに限らずウチの部活を全部把握してる人なんていないんじゃない? デジカメ同好会を知らなかったのはちょっと不覚だったけど、逆に運動部の人間が文化部のことを把握してるとしたら、そっちの方が方が珍しいんじゃないかと思うけど?」

「あ、そう言われたら私も全部の部活知ってるか って訊かれても自信ないなあ、確かに」

「ほら。でしょ?」

「ホントですね」

「だからあたしがデジカメ同好会を知らないのはチア一筋だってのとは無関係って訳ね」

「押忍っ! すみませんでした、センパイ!」

「うむ、分かればよろしい」

 美乃里と麗佳は笑いあう。

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