第9話 あなたが持っている一線を、私たちは、みんな信用している 上

 「あたし……『』……」


 流れている涙は頬を伝い顎から落ち、そばに座っていたライザも肩を揺らしており、その2人を不思議そうな表情で見ているレアの姿があった。


 「ごめんねアサト……」

 ケイティの言葉に小さく頷いたアサト。

 「そっか…わかった…」

 「うん…ごめんね…ごめんね……」

 振り返ったアサトの向こうでは、アリッサが口に手を当て泣いており、目を赤くしているクレアの姿も見え、クラウトはメガネのブリッジを上げ、アルベルトは小さく俯いていた。

 目を細めているビッグベアの傍でセナスティがうっすらと涙を浮かべており、リュッコとカルファは顔を見合わせ、その様子を見てから振り返り、未だに泣いているケイティを見たアサト…。


 「ケイティ…」

 その言葉に視線をアサトへと向けた。

 「…もし、今度がある時は…、その時は、その痛みや責任……。僕にも背負わせてくれないかな……」

 アサトの言葉に大声を上げて天を仰ぎ、大粒の涙を流し出したケイティは立ち上がりアサトへと体を向け、視線をアサトへと向けた。

 「うん…今度はちゃんと言う…ごめんねアサト…。ごめんね……」

 「うん…。じゃ…いつものケイティに戻って…泣いているのはケイティじゃないから…」

 アサトの言葉に、鼻をすすりながら何度も頷いて見せたケイティ。


 アサトの後ろに目元を真っ赤にさせたクレアが来て…。

 「ライザ!あんたもよ!!」

 その言葉に何度も頷いているライザも肩を揺らし、鼻をすすっており、その姿を見ていたサーシャが口を開いた…。


 「ナガミチと一緒…さすが弟子ね…」

 「え?」

 サーシャの言葉に、そばにいたアリッサが声を上げ、クラウトが視線を移した。

 「ナガミチさんですか?」

 クラウトの言葉に小さく頷き、笑みを浮かべて話を始めた。


 「私たちのチームも、とんでもない人間と出会い…チームの中のモノが、黙ってその人を殺したの…」

 「殺したって…」

 アリッサの言葉に思い出したように笑みを見せる。


 「ある子供を森で保護したの…。その子供は森を迷ったって言っていてね。家に連れて帰ったのよ…。でもね…。その子の父親がとんでもない奴で、その子を虐待していたの…。身寄りのない子でね…。母親もいなかった…後から聞いた話だと、母親と2人の息子も、森で発見されたと言う事だったのね。お酒の好きな父親で、その子を売ろうとしていた、でも、彼女は逃げたの…森へ、それを私達が見つけた。彼女には、父親しかいなかったのよ…。優しい子でね。森の帰りにドングリを拾って、これは食べれるのかな?って…父親の分まで拾っていた。そんな子を…彼が再び、売りに出そうとしていて、私達が見つけたの。そして…救護施設へね…。でも彼は娘を取り返して売りに出した。その話を聞いた時にはすでに遅く……。彼女は、幼女趣味の貴族に買われてね…。私達が、その街を離れようとしていた時に、森でマモノに食べられている彼女を発見したのよ…。衛兵に捕まえてもらい、その国で裁いてもらう事にしたけどね…。でも…。父親が遺体で見つかった…、父親だけでなく、貴族も……。残虐に殺されていたわ…。その時にね…。もしかして…と思ったアイゼンとナガミチが、話を聞いたようなの…、彼の返答次第では…チームを抜けてもらうと…。でもね…その人は、頭を地面に擦りながら泣いて謝ったの…。彼らが問いただす前にね…。」

 「問いただす前に…ですか?」

 クラウトを見たサーシャ。


 「痛かったのよ…心が……。今回だけ…って言ってね…。その痛みが分かったのはアイゼンとナガミチ…いえ、ナガミチだね。ナガミチはこう言ったの…」

 今度はアリッサを見た。

 「そんなに痛いなら…今度は俺も混ぜろ、チームは痛みも共有しなきゃならないんだ!!…ってね……」

 「え?」

 「まぁ~アサトが言った言葉とは違うけどね…。」


 「その人は…今でもデルヘルムに?」

 クラウトへと視線を移したミーシャ。

 「いるわよ…」

 その言葉に目を見開いたアリッサとクラウトは、顔を突き合わせ、再びミーシャへと視線を移した。

 「え?良ければ…誰なのか?教えて…」

 「いいわよ」

 簡単に返したミーシャをクラウトは眉を上げて驚いた表情になった。


 「いいんですか?」

 「うん…。グリフよ…」

 「え?」

 「本当ですか?」

 ミーシャの言葉に、いつもポドリアンと笑っている姿しかないグリフが、地面に顔を付けて泣いて謝ったと言う事を、想像できないアリッサとクラウトは顔を突き合わせた。

 その表情を見て小さく笑うミーシャ。


 「想像つかないでしょ…」

 「はい…まったく…」

 「その後すぐにね…。ナガミチが言ったみたいなの…。それじゃ話はここで終わりだ…。これからは愉快なグリフで生きろ!!お前の刑はそれだ!!ってね…それから意味も無く笑い、ポッドは、あの感じだから…意味も解らず笑っていて…フフフフ…、わたしも変だと思って、アイゼンに訊いたら教えてくれたのよ…。まぁ~グリフが殺さなきゃ、私が殺していたかも…・・」

 「意外でした…そんな事が…というか…ミーシャさんまで?」

 「そうよ、だから…旅は人を強くさせ、変えさせるの…。これからも同じ人間族と戦う事はあるわ…。殺したり…殺されたりね…。その中で、あなた達は一人一人乗り越え強くなる…。」


 待合室の入って来たアサトは、会話をしているアリッサとクラウト、ミーシャへと小さく笑みを見せ、その表情に笑みで返したミーシャが進み出し、アルベルトが立ち上がった。


 そのアルベルトがアサトの横を通り過ぎ、診療所から出ようとした時に…。

 「いい判断だ…」

 小さく言葉を残して進み出し、診療所を出て行き、その後ろ姿を見ていたアサトの傍にミーシャが立つ。

 「この判断は、正解かどうかは、これからのあなた次第よ。ナガミチも言っていた。自分の正義が正しいのかどうかは分からない。だから、色々見て、感じなきゃなんないんだ…ってね…」

 「え?師匠が?」

 「そう…。仲間を信じる。裏切られる時もあるかもしれない…でも…。あなたは、信用しない…とか、裏切っちゃダメなの…」

 「ダメ?」

 「そうよ…。あなたの誠意は仲間と旅を続けていくうちで大きくなり、信頼になる…。それが絆になるのよ…。リーダーたるもの。それを示して進まなきゃ」

 ミーシャの言葉に考えたアサト。


 …そうなんだ、僕はリーダーなんだよな、確かにクラウトさんみたいに頭が切れて、頼りがいがある…人物では無いんだけど…。

 それは、それで、その人が持っている気質なんだ。

 だから、僕は…。


 「これから人を相手にする戦いを何度となく経験すると思う。命の重さには関係はないわ…。あなたが…、その中にマモノを見たら。躊躇なく号令をかける事ができるモノをしっかりと持ちなさい」

 「…それは…。一線ですか?」

 「一線?」

 アサトの言葉にミーシャが小さく驚いた表情を見せた。

 「師匠やインサン…アルさんが言っていました。…狩らなければならない、一線…の事だと思います……」

 「そうね…。それがナガミチの教えで、心の修行なのね…。それは、人だけではなく、これから戦わなければならないモノ達にも、むける事なのね…」

 「…」


 …そうなんだ、人だけでは無いんだ、マモノにも…。


 「アイゼンが弟子を持てないのも、そこにあるのかもね…」

 「え?」

 ミーシャは笑いながらアサトを通り過ぎ、診療所の外へと向かった。


 …アイゼンさんが弟子を持てない?


 ミーシャの後ろ姿は診療所の出入り口で立ち止まり、その後ろ姿に思っていたアサト。


 外では、泣いているケイティとライザの間にレアが立っており、頭を項垂れて泣いている2人を抱きしめた。

 「よしよし…泣かない…泣かない……。おねぇ~ちゃんたち…ありがとう……」

 レアの言葉を聞いたミーシャは笑みを見せた。

 「この子なりにも、なんとなくわかったのかな……」

 抱きしめているレアの腕を掴んだケイティは、小さく笑い始め、その笑いについて行くようにライザも笑い始めた。

 夕日が王都、カルファの診療所を赤く照らし出している…時間の事であった……。

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