平等な命の中で殺めていい事実 下

 「サーシャさんが言いたいのは、彼女らを止めることが出来るのは、人を殺めた事のある者だけ…と言う言葉のかもしれない…。だとすれば…」

 「サーシャさんは、人を殺した事があるって言うの?」

 身を乗り出したクレアに口を押さえたアリッサの姿を見たクラウトは、小さく首を傾げた。


 「いや…断言はできないが……。少なくとも、我々のパーティでは、人を殺したと言えば…」

 「アサトとセラ…だけね……。私は、無我夢中で刺したけど、あの時のとどめは…アサトだった…」

 その言葉に目を閉じたクラウト。


 本当は、この中にタイロンも入っているのだが、その事は誰もわからない。

 エギアバル監獄でタイロンの告白を聞いていたのは、アサトとジェンスにケイティであるが、比較的、傍で様子を見ていたクラウトも、その話を聞いたが、ここで話す事も無いだろうと思った。


 「人を殺した…その後に残る感情。それが、その人にどう刻まれるかで、簡単に人を殺す事ができる者になるか…、ならないか…。それ以外にも…殺した事による後悔やトラウマ…。人の死に顔になにを見るか…喜びが高揚か…後悔か…。複雑に色々な感情が湧き上がり、その後の人生に大きく関わって来る…そんな感じなのかな…」

 セナスティが呟くように言葉にした。

 「そうですね…。それ以外にも、僕らが知りえない事が沢山あると思います…」

 「アサトさんは…」

 顔を上げたセナスティを見た一同。


 「アサトさんは…どう思っているんだろう……」

 その言葉にクラウトはメガネのブリッジを上げ、アリッサは唇を噛みしめた。

 「彼は…リーダーで、責任感が強い。戦いの一部始終を教えた訳では無いから…。どんな気分と言うのも聞きにくいし…。今は…」

 アリッサの言葉にクラウトが付け加える。

 「今は体を休ませる方が先決と思っています。ケイティらの行動は、とりあえず、我々で対処をしたいと…だから…」

 「そうね……」

 小さく考えたセナスティ。


 「やらせればいい……」

 扉の方から声が聞こえ、一同が視線を向けると、ビッグベアが、腕組みをして扉に背中を預けた姿勢で声を発している。

 「やりたいのなら…やらせればいい…、出来るなら出来る。出来ないなら…出来ないだ…。そこでやったなら…、その時に考えればいい…。その後の対応を見てな……」

 「無責任でしょ…それじゃ…」

 ビッグベアの言葉に返したセナスティ。


 「いや。彼の言葉にも一理ある…。人間性に賭けるしかない…」

 「賭けね…」

 クラウトの言葉にアリッサが呟いた。


 「…わかったわ…」

 クレアが声を上げ、一同が視線を移した。

 「ライザができるかどうか…私は見てみる。」

 「クレアさん…」

 アリッサが眉を下げた向こうで、クラウトがメガネのブリッジを上げた。


 「…なら、ケイティも見てみよう…そして…判断は、アサトにしてもらう」

 「え?」

 今度はクラウトを見てアリッサが小さく言葉にした。


 「それじゃぁ……」

 「お兄さんの判断は、アサトさんが下した結果で、わたしも考える…。もし、ケイティさんをチームから外すのなら、ロイド兄さんの摂政の役職も凍結させてもらうわ…」

 アリッサの言葉を遮るようにセナスティが発し、視線を向けたアリッサ。

 「じゃ…ライザも……」

 「全部、アサトに押し付けるの?」

 クレアらの言葉にアリッサが声を上げたが、冷静な口調でクラウトが言葉にした。


 「彼はチームを率いる代表だ。僕らはその彼について行くだけ…。僕らが判断する事ではない…。彼に見たリーダーの資質に…これも賭けてみよう…」

 その言葉に目を細めたアリッサ。


 目を閉じて、扉に背を預けて聞いていたアルベルトが小さく動き、その動きに気付いたビッグベアが小さく口角を上げながら、扉の向こうの薄暗くなった廊下へと、進み出すアルベルトの気配を探っていたビッグベアは……。


 午後10時、少し前…

 暗い廊下をケイティにライザ…先頭をロイドが進んでいた。

 「さっきも言ったが、この城には4か所…。塔の下に位置する場所に簡易的な牢獄が存在する…。お前たちが来るまで、奴らは南東の牢獄に収監されていたが…」

 「今は北西ね…」

 ライザが答えた。


 どうやらアサトと戦ったブラントが出て来た扉の向こうは、牢獄へと続く階段があるようであり、そこに向かっているケイティらは、階段を降りて踊り場へ到着してから、一度アサトが倒れていた場所を見た。

 綺麗に血が拭きとられていたが、うっすらと篝火に映し出された小さな赤い斑点が見え、岩で出来ている床の小さな穴に入っている血が、わずかだが残っているようで、ケイティは目を細めて床を見てから、ロイドの背中を見た。

 扉を開けて中を確認するロイド。

 すると……。


 その下の階には、海岸へと続くフロアーがあり、そこはエルソアらが拘束された場所で、外に続く扉の向こうに立っているアルベルトは塔を見上げており、ゆっくり動き出した扉に目を細めた。

 大きく開いた扉から出て来たのは…、巨大な体に大きく白いマントをつけた熊のイィ・ドゥ…ビッグベアである。

 「探しモノはこれだな…」

 その言葉に視線を落としたアルベルトは、ビッグベアが差し出している物を手にした。


 「あぁ~、助かる。どこを探せばいいか見当がつかなかった…」

 「あぁ~」

 ホンの十数分前に廊下を当てなく歩いていたアルベルトと出会ったビッグベアは、アルベルトに訊かれ、用意するからこの場で待っていると言っていた。

 用心深いアルベルトであったが、言葉通りに、そのモノがどこにあるか見当がつかず、一度目が合った者だったが、とりあえず信じて見ようと、ここで待っていたのであった…。


 「ここから出て来るんだな?」

 その言葉に頷くビッグベア。

 「それで…お前は、どうするんだ?」

 アルベルトの言葉に小さく口角をあげたビッグベア。

 「あぁ~、最近、部下らが忙しくてな…、今日は、北西の塔からの見張りは俺がやると伝え、北と西の通路は塞ぐように命令している…。」

 「そうか…。助かる…」

 「いや…急な休養に部下らも大喜びだ。今夜は南地区にある酒場で慰労会を催しているだろう…」

 背中を向けたビッグベアは、ゆっくりと扉の中に入り、扉が閉まったのを確認したアルベルトは、壁沿いに駆けあがって行く細い道へと視線を送った。

 「ッチ。ったく…手間かけさせやがって……」


 ビッグベアが階段を上がり、踊り場へ着いた時には、牢獄へと続く扉がゆっくりと閉じた時であり、その扉を少しばかり見てから階段を上がったビックベア。


 扉の向こうでは、ロイドを先頭にケイティとライザが続いていた…。

 一番下の階との間に牢獄があるようだ。

 篝火が焚かれているのが見え、ケイティとライザが身構えながら進むと、足音に気が付いたのか、廊下へと見覚えのある顔が出て来た。


 「あっ」

 思わず言葉にしたケイティ。

 「時間通りだな…」

 そこにはロイドの仲間のクラウディスが顔を出し、ジュディスが出て来た。

 「すまないな…」

 ロイドは言いながら、クラウディスらが顔を出した部屋へと入って行き、ケイティにライザが続いた。


 2メートル四方の部屋に鉄で出来ている柵が見え、その向こうでうずくまってベッドに横になっている姿と、ベッドに座っている姿が確認できた。

 塔を支えているレンガの中に、簡易的に作られた小さな空間のようである。

 檻は一方だけが鉄の柵がされており、他はレンガが積まれ、窓はなく、暗くじめじめした感じで、昼も夜も区別が出来なく、床は湿っていて通気性が良くない事を醸し出していた。


 その柵の前に立ったケイティとライザは……。

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