第4話 良心を信じる 上

 「どうしたらいいと思いますか?」

 ソファーにレアを寝かせているミーシャが、小さく微笑みながらアリッサを見た。

 「問題ね…それは。でも、この件にわたしがとやかく言う事は出来ない」

 「出来ないって…」

 クレアも同席をしており、そのクレアが声をあげた。


 「この件は、お互いのチームで話し合って、どうするかを決めなさい…、わたしは、あなた達がどう言う答えを出しても、受け入れることくらいしかできないから…」

 小さく動いたレアは、自分のお腹に当てているサーシャの手を小さくつかんだ。


 「…チャ子みたい……」

 その言葉に視線をレアへと持ってゆくアリッサとクレア。

 黄色い髪の毛はまっすぐで肩程まであり、細く長い髭に頭に耳のついているレアの瞳は、黒目が大きくネコの瞳で、閉じている状態の今でも、その形がうっすらとわかり、母親に似ているのか、人の形をした鼻と口が小さく、そして、愛らしく呼吸をしている。

 チャ子とは種類が違うが、同じネコ科の亜人の子である。

 昔、こうしてチャ子を寝かせていた事を思い出したサーシャは、自然に笑みを浮かべていた。


 「ただね…」

 レアのお腹を、小さく優しいリズムで弾いているサーシャが言葉にする。

 「あなた達が止めても、多分…ケイティは止まらないと思うわ…。ライザもそう…。彼女らは答えが欲しいと思うわ…」

 「答えですか?」

 アリッサが訊き、その言葉に小さく頷くサーシャ。


 「力ずくで止めても、憤りは止められない…。それは後々、後悔をする事になると思う…」

 「後悔する事?」

 クレアを見たサーシャ。


 「…と、アイゼンが言っていたわ…」


 「マスターが?」

 「え?」

 クレアの言葉にアリッサが声をあげた。


 「まぁ~、私には意味がわからなかったけど…。でも今ならわかる…。だから…。彼女を止めたいのなら、それだけの理由を用意しなきゃ…。出来ないなら…。彼女らの良心を信用するしかないわ…」

 その言葉に顔を見合わせたクレアとアリッサ。

 「良心ですか…」

 「そう、同じ種族を殺す事は、どうしても良心が関わって来る…。簡単に殺せるなら、その人を疑わなければならない……。」

 「まるで賭けですね」

 「賭け?」

 クレアを見たサーシャは、小さく驚いた表情を見せて言葉にしてから小さく笑った。


 「フフフ…、そっか、賭けね…。なら、私は、ケイティとライザの良心に金貨1枚を賭けるわ…。」

 レアへと視線を落としながらサーシャは言葉にして笑みを見せた表情に、声を出したアリッサ。

 「え?」

 サーシャはレアを見ている。

 「殺しても、殺さなくても…彼女らは、その行動に正義を見ている。間違った正義と分かったら…後は、もうやらないと思うわ…少なくとも単独では…。だから…。」

 サーシャは二人を見た。

 「どう?賭ける?」

 サーシャの言葉に顔を見合わせたアリッサとクレア。

 サーシャの手を掴んでいたレアが、小さくサーシャの方へと寝返り、太ももに体を寄せ、その姿を見たサーシャが小さな笑みを見せた。


 「ほんと…この頃が一番可愛いかもね……」



 着替えを終えたケイティとライザがアサトの前に立った。

 アサトは寝ている…と言うか、昼寝をしていたのである。

 ベッドの周りを数周回り、クラウトの再生の魔法と気力回復の魔法を受けた後、疲れに急激な回復のせいもあるのか、体のだるさを感じて寝ていたのである。

 もう少しすると、オースティア大陸の短い日中が終わり、宵闇がやって来る。

 窓の向こうは、綺麗で透き通るような黄金色の景色を作り出し始めており、その光が、レースのカーテン越しに病室を暖かなオレンジに変えていた。

 小さく呼吸をしているアサトを見ながらケイティは、路地裏での会話を思い出していた。


 「決行は今夜だ!!」

 ロイドの言葉に顔を見合わせたケイティとライザ。

 「今夜って…」

 「意を決したら、行動は素早くだ!今から俺が城に戻って、段取りをしておく」

 ライザが言葉にするとロイドが返し、その言葉にケイティが怪訝な表情で聞いた。

 「段取り?」

 「あぁ…。奴らを連れ出しやすい場所に…」

 「どこに連れ出すの?」

 ライザが訊く。


 「北の海岸だ…」

 「それじゃ…」

 「いいんだ…どうせ殺すなら、タダでは殺さない。その死を民に見せてやる。そして…。後悔させてやる…」

 「死んだら後悔もなにもないじゃない…」

 ケイティの言葉に小さく考えたロイドは、力の限り髪を掻きむしり、顔を何度も撫でると、真剣な表情でケイティを見た。


 「なんであれ、あいつはタダでは殺さない。その死体も見世物のように哀れな殺し方で殺してやる…」

 「そうなんだ…」

 ライザの言葉に何かを思い出したケイティは、目を大きく見開いた。


 「そうだ。あいつも…。私は、あいつの手の指を切り落としてやる!!」

 その言葉にライザも目を広げた。

 「そう言う事!なら、わたしは、あいつの足の指を切り取ってやる!!」

 その言葉に怪訝な表情を見せたロイド。


 「…お前ら、それって…」

 「あいつらがいなければ、マモノ達は今も生きていた。五体満足に!!あいつらが事を起こさなければ、レアの母さんも…。」

 「そして…アサトが言ったように、あいつらがマモノなら。マモノと同じ事を…」

 ライザの言葉にケイティが付け加え、その言葉に眉間に皺を寄せたロイドは、一度ため息をついてから言葉を発した。


 「…とにかく、夕刻、午後5時には暗くなる。その頃に城に来てくれ、俺は段取りを済ませ、午後10時に…あいつを、城の北西にある岸壁で殺す!!」

 「わかった」

 「了解!!」

 ライザの言葉にケイティが付け加え、その姿を確認したロイドは狭い路地を進み、一回り大きな路地に出て行き、しばらく待ってからケイティとライザが進み出した。


 …今夜、あのにやけた男を殺す……。


 「アサト…行ってくる…」

 呟いたケイティは、その場を後にし、その後ろをライザが追い、病室から出ると廊下を進んで階段へと着き、何かの気配に階段を見上げたケイティ。…と。


 「ケイティ!」

 その言葉に小さく俯いた。

 「どこか行くの?」

 「うん…」

 階段を降りて来たのはアリッサである。


 「そう…どこに?」

 「城…」

 「城?ライザさんも?」

 その言葉にケイティを見たライザは小さく頷いた。


 「そうなんだ…。あのさ…」

 「ごめんアリッチ…。あたし…。」

 言葉を遮ったケイティを見ているアリッサは、小さく瞳を細めた。

 「け…」

 「ホンとごめん!!帰ってきたら話す!!」

 踵を返したように階段を駆け下り、その後を追うライザの様子を見ていたクレアがゆっくり降りて来た。


 「今日やるつもりなのかしら…」

 「わからないけど…、とりあえず、クラウトと女王に話しましょう…。クラウトも城にいるみたいだから……」

 クレアの言葉にアリッサが答え、その言葉に小さく頷いたクレアの姿があった。


 駆け出す2人の後ろ姿を、待合室にある長椅子に座っていたアルベルトが、ゆっくりと瞳を開けて見てから、小さく舌打ちをして立ち上がった。


 「…ッチ、ったく……」

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