第2話 雨の朔月

 少女の言葉の続きは雨の音にかき消されて聞こえなかった。とりあえず、ここで話を聞くのも少女に申し訳ないから場所を変えるとしよう。


「帰る場所はあるのか? 」


少女は頭を横に振った。どうやら家がないのか、家に帰れない状況にあるらしい。そこで俺は一つの提案をした。これからの俺の運命を大きく変える提案を。


「それじゃあ俺の家に来るか? 」


少女は俺の提案に少し困ったのか完全に硬直してしまった。やはり初対面の人間についていくほど危機感がないわけじゃないらしい。5秒ほど経ったとき少女は一度俺の目をじっくりみてからコクリと頷いた。俺は少女に傘を差しだした。ずぶ濡れの少女には最早必要ないものかとも思ったが気分的にあった方が良いとかんがえたからだ。しかし少女は家に着くまで俺の傘の中に入ってくることは無かった。


****


 家に到着したらそのまま少女には風呂に入ってもらうことにした。丁度明日は一日情報収集に徹しようと思っていたので具材を買いだめしてあった。温まってもらおうと鍋を作ることにした。少女のための着替えを用意して食材を刻むことにした。そうこうしているうちに少女が風呂から上がってきた。男の一人暮らしの部屋には当然女物の着替えなどないのでとりあえず上はパーカー、下はジャージを渡していたのだが、流石にサイズが大きく袖が大分余っている。美少女というものは何を着ても似合うものらしくとてもかわいい。


「とりあえず髪乾かそうか。洗面台の引き出しにドライヤーあるから。」


少女のびしょぬれの髪を見て俺はそう言ったが少女は首を傾げている。そのまま棒立ちしているのでまさかと思って聞いてみることにした。


「もしかして髪乾かしたことないの?」


少女は頷いた。もうすぐ腰まで届くほどの長くきれいな黒髪を持っておいて髪を乾かしたことがないとは。世の中の女子の中には髪を乾かさない子もいるのだろうか。一旦鍋の火を止めて少女の髪を乾かすことにした。


「じゃあここ座って、大きい音出るから気を付けてね。」


ドライヤーの電源を入れると温かい風がブオォという音とともに流れてきた。少女はぎゅっと目をつぶって髪が乾くのを待ている。こうして髪うを乾かしているだけでも少女は必要以上に怯えているように見える。本当に今までどんな環境で育ってきたのだろうか。


「終わったぞ。もうすぐご飯できるからちょっと待ってて。」


少女はきょとんとして待っている。俺は作った鍋を慎重にテーブルに持っていくと少女は少し目を輝かせた。具を均等によそって少女に差し出した。


「こ、これ......食べていいの? 」

「ああ。好きなだけ食べな。」


この食事を通して少しでも少女の情報を得て、あわよくば心を開いてもらいたい。少女はお腹がすいていたのかもぐもぐと食べている。さて、どうしたものか。


「名前、聞いてなかったな。教えてもらっても良いか。」

「......私の名前はNO.13。サーティーンってみんな呼ぶ。」


これは驚きを隠せなかった。普通じゃない家庭であることは何となくわかってはいたが...... どこかの施設から出てきたのだろうか。仮に普通の施設だったとしても番号で呼ばれるかは怪しいところがあるが。それにしても13番とは、不吉な番号をつけられたものだな。とりあえずこの話題をもう少し掘り下げてみようと思う。


「サーティーンじゃあ味気ないな。結局何て呼べばいいんだ? 」


少女は明らかに困惑している。施設で生きてきたなら今まで自由に選択できたことなんてほとんどないのだろう。それを急に自由にしていいと言われても困るのだろう。ある程度誘導してあげないと一人で決めるのは難しいかもしれない。


「そうだな......じゃあこの本から好きな漢字を選んでみてくれ。」


俺は近くにあった一冊の文庫本を差し出す。俺が暇つぶしに読んでいた小説だ。少女はしばらくの間ページをパラパラとめくり漢字を探している。しばらくすると少女の手が止まった。


「この漢字がいい。」


少女はあるページを指さした。そこには「朔」と記されていた。


「じゃあ今日からさくだ。外では鎌ヶ谷朔、俺の妹ってことで通してくれ。そっちの方が面倒なことにならずに済む。」

「......わかった。」

「それじゃあこれからよろしくな、朔。」

「こちらこそ、よろしく」


そのあとどう会話すれば良いのか分からなくなり少しの間の沈黙が訪れた。だが、何故かそんな時間も悪くないと思えた。しかし、このまま沈黙している訳にもいかないので次の質問に移ることにした。


「番号で呼ばれてるってことはどこかの施設からきたのか。」

「わ、わかんない。」


確かに生まれてからその場所から出たことがないのならそこが何処かも分からないだろう。しかしこの子は自分がどんな所に住んでいるかも分からないほど世間と隔離されて生きてきたのだろうか。そんな施設が果たして普通なのか。これはただの勘だが予知夢で見た大火事にも一枚噛んでいるような気もする。朔の為にもこの施設についても調べた方が良さそうだ。


「その建物の中には何があった? 」

「他にも私と同じくらいの子供がいて、いろんな機械でいろんなテストした。」


何か大がかりな実験をしているようだ。どうやら思った以上に事は深刻なのかもしれない。時期的にみてもあの火事と関係ないという可能性は低いだろう。只事ではないと思っていたが裏に大きな組織が関わっているのなら問題は余計面倒くさくなるだろう。


「わかった。質問攻めにして悪いな。今後もしかしたら朔の力が必要になるかもしれない、その時は協力してくれるか。」

「......うん。」


朔は返事をしたあと再び鍋を食べ始めた。その表情はどこか嬉しそうに見えた。その控えめな笑顔を見たらこの子を幸せにしてあげたいと思った。それと同時に、まだどこかの施設で実験を続けられている少女たちがいると思うと心が痛くなった。忘れてはいけない過去から悪夢のような光景が蘇ってくる。二度とあのようなことは起こしてはいけない。その時の少女と朔の笑顔が重なり、大きく俺の心の傷口を抉っていく。覚悟を決めるにはそれで十分だった。絶対にこんな少女たちを得体の知れない実験なんかに利用させたりしない。必ず裏の組織を根絶する。


 朔は鍋を食べ終わったあと疲れていたようですぐに眠っていた。朔をベッドに運び、俺は情報を整理するためいつものホワイトボードに書き込みを始めた。とりあえず忘れないうちに状況を整理しておきたい。まだこれと言って繋がることはないが着々と情報量が増えてきている。明日は朔の日用品を揃え、明後日あたりにあの人の元を訪ねてみるか。

 情報の整理を終え、俺は寝ようと思ったがベッドが朔に占領されているため、俺は布団を出して床で寝ることにした。たまには悪くない。

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夢で見た世界 空閑夢月 @MutsukiKuga

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