夢で見た世界
空閑夢月
第1話 雨の日の夜に
美しい夕焼けのような大火事が起きていた。最初は小さかった炎は大きな音とともに燃え広がって、炎は街1つを丸ごと飲み込めるほどに大きくなった。焼け落ちる鳥、崩れゆく建物、それらのすべては他人事だった。自分の服もボロボロで肌も煤か焦げているのか黒く変色している。黒く焦げた建物が崩壊したもので分かりにくいがそこらじゅうに焼け焦げた人間が転がっている。他人を救おうにも既に手遅れだ。消防車と救急車のサイレンが燃える音と建物が崩壊する音しかなかったこの空間に鳴り響く。いないとわかっていても俺は必死に生存者を探そうとした。だが、身体が思うように動かない。呼吸はできているがこれは俺の意思ではない。熱い空気を取り込んだ肺は当然熱くて痛い。俺もそろそろ限界かもしれない。何故俺だけが生き残ってたのか。そう考えていたとき音がした。明らかに崩壊の音とは違う機械的な音だった。視界は音の発生源を捉える。そこには地下に続く階段が現れていた。明らかにさっきまではなかったものだ。その階段を白い靄とともに上ってきたのは全員が俺と同じくらいの年齢の合計5人。だが靄のせいで顔までは確認できない。
この大火事は俺が知りうる災害の中で最悪の災厄だろう。これは終わりであり始まり。また悪夢に振り回されることになる。一度は終わった物語の始まりに過ぎなかった。俺の意識はここで途切れた。
****
見飽きた天井だ。必要以上に大きいアラームの音が静謐な部屋の中を反響する。
「また夢か 」
あれは予知夢だ。俺にとっては珍しいことじゃない。1ヶ月に数回、不定期に見る。それは未来に俺ではない誰かが見ることになる景色だ。この予知夢がみえたということは何かしら俺自身に関係のある事ということだ。悪い予知でなければわざわざ関わらなくても良い。しかし今回のは関係ないと一蹴することはできない。この予知夢に現れた以上、なにもしなければこの火事は確実に予知から現実となる。これまでの予知夢を自分の意思で覆したのは1度のみ。完全にできない訳ではないがかなり難しい。覆せたとしても自分の思う方向に変化するとも限らない。だからといって何もしなければ予知夢が現実になるだけだ。とにかく、しばらくはこの火事についての調査をするころになる。まずは情報の整理しなければならない。この予知夢は手掛かりの宝庫でもある。これを忘れると手掛かりは大幅に減ってしまう。真っ白の脚付きのホワイトボードを滑らせ、黙々と思い出せる限りの情報を書き出していく。マーカーの匂いが鼻につく。情報を書き尽くしたホワイトボードをスマホで撮影する。これで外でも情報を確認できる。ふと、さっきまで元気に音を振り撒いてきた目覚まし時計を見ると時間は7時。今から準備しても間に合うかどうか。俺は最低限の準備をして家を出た。
月曜の朝、1週間で最も負の感情が多い満員電車にギリギリで乗り込む。なんとかこの電車なら間に合うだろう。一息ついたところで1人の女子高校生と目があった。普段ならこんなことは起きない。何故なら俺は彼女を避けているからだ。残念ながら彼女とは良い関係ではない。俺も彼女を嫌悪しているが、彼女も俺を嫌悪しているだろう。そのその姿を見るだけで心の中のおとなしかった憎悪が暴れだした。ただでさえ憂鬱な月曜日にこんなイベントは望んでいない。俺は今日のモチベーションの維持の為、別の号車に移ることにした。俺は何も見なかった。いいね? 軽い潔癖症なので座らず、つり革も掴まず、両足てバランスをとりながら遠くの緑を眺めることにした。
何の問題もなく学校に到着した。2分前だがなんとか遅刻は免れた。
「おー鎌ヶ谷悠君。遅刻か? 」
「全然セーフだ。帰宅部舐めんな。」
この男、柊伸也はわざとらしく君づけで俺を呼んできた。
「流石帰宅部だな。」
俺の言えたことではないが、こいつ返事適当すぎるだろう。俺がリュックを机のわきにかけると始業のベルはすぐに鳴った。憂鬱な一週間の始まりを告げる鐘の音が。
予知夢のことを考えながら授業を受けていたらすぐに放課後になった。場所は周りが火事で原型を保っていなかったからあの情報のみでの特定は不可能だ。原因は判明していない。いつ起こるのかもわからない。つまり手がかりなしだ。
「鎌ヶ谷帰ろうぜ。」
「ん」
いつも通り柊に連れられ帰路につく。
「そういえばD組の松﨑とA組の女子が付き合い始めたらしいぞ。いいなぁー俺も彼女欲しい! 」
「あいつ散々女嫌いって言ってたじゃん。」
「女嫌いな奴ほど誰よりも早く結婚したりするんだよなあ。皮肉なもんだね。」
「お前は独身のOLかよ。」
柊とはまだ付き合いは長くないが、その関係は割りとさっぱりしている。家に帰ってからは互いに連絡を取らない。休日に遊びに誘われることもほとんどない。学校でのみ暇潰しとしてつるんでいる。そういうフラットな関係を俺は結構気に入っている。価値観の近い者同士、気があったのだろう。
「じゃあ、また明日な。」
「また明日。」
電車の中で別れの挨拶を交わす。柊は俺より家学校が近いから必然的に柊が先に降りることになり、俺は一駅後で降りる。
外に出ると雨が降っていた。久々に強い雨だ。とは天気予報見た俺はしっかり傘を持ってきている。抜かりはない。傘を広げ雨の中を歩き始める。雨が傘に当たる音を聞いて俺の頭に1つイメージが浮かんだ。雨の降る深夜の公園で1人うずくまっている少女の姿だ。予知夢とは違うその感覚に違和感を覚えながらも、俺は家に帰った。
夕食を済まし、シャワーも浴び終わった俺は寝る前の儀式を始める。ホワイトボードを前に今日1日ことを思い出す。今日と予知の共通点、予知に関わる単語や光景を今朝見た予知夢と照らし合わせる。
「今日は手掛かりなしか」
予知に関わる情報は予知でなくなる日、つまり実際に起こる日に近づくにつれて多く得ることができる。だから予知夢を見た日にはあまり情報が集まらない。情報整理も終わったことだし今日は寝るとしよう。俺は眠りにつくためベッドに入る。別に寝つきが悪い訳ではないが、今日は異常なほどにすんなり眠れた。
****
少女は俯き、震えている。それは濡れた服が肌に張り付き体温を奪っていくからなのか、震えるほどの恐怖があるのか、それを直接問うことはできない。思う通りに口が動かない。口だけではなく身体の全てが自分の意思で動かない。誰かに操られるというのはこういう感覚なのだろうか。静寂に包まれた深夜の公園に雨の降る音がしていた。街灯がたったひとつ悲しげに揺れていた。俺の腕は少女に傘を差し出す。もちろん俺は動かしていない。少女はゆっくり顔を上げ、口を開いた。驚いているのではなく何かを話そうとしている。
「......わ、私を──────」
最後の一瞬目が合った。その後のことは覚えていない。唯一わかったのは、少女の目からは何の感情も感じられなかったということだった。
****
雨が窓を叩く音で目が覚めた。さっきのは夢だったらしい。予知夢かもしれないが何故か違和感を拭いきれない。今までの予知夢とは何か違う気がする。睡眠時間は二時間もないくらいだった。外では雨が夕方と変わらない勢いで降っている。
「雨、か...... 」
さっきの夢の雨もこのぐらいの強さだったと思う。目も覚めてしまったし、夢で見た場所には心当たりがある。一度気にし始めたら気になって眠れる気がしない。俺は確認しに外に出ることにした。
草木も眠る丑三つ時、当然俺以外に外に出ているような変人はいない。雨が傘を打ち付ける音がどこか心地よく感じた。雨は嫌いじゃない。どこか心を落ち着かせてくれるような気がする。それに雨の日にわざわざ外に出たいと思う人は多くない。いつものあの道も静かで余計にストレスを感じる必要もない。落ち着いて考え事をしたいとき俺は雨の日にふらっと散歩に出る。今もそういう気分で歩いている。最近はこれほどの雨はすくなかったことだし、ダムや自然界にとっても恵みの雨だろう。
夢で見た公園に到着した。閑散とした公園の中に予知通り1人の少女が傘も差さずに座っていた。俺は一歩一歩少女に近付いていく。大きな音をたてないようにゆっくり近付いていく。少女はピクリと反応する。ゆっくりと顔を上げた少女と目があった。当然だが少女は夢で見たより現実味があった。濡れた服がぴったり張り付いて驚くほど細い手足のラインが見えていた。放っておけばすぐに消えてしまいそうな不安定な存在だ。そう思ったら自然と傘を差し出していた。
「あなたはわたしに呼ばれたの? 」
実際に呼ばれたわけではない。だが、あの夢で俺は呼ばれていた。そんな気がした。
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