見捨てられし赤き世界で…

低迷アクション

第1話

見捨てられし赤き世界で…


 「船頭…奴等が来るぞ…」


首都警察特別機動隊(と言っても、政府自体が崩壊した現況では、元と言った方が良いが…)

隊員“船頭 一(せんどう はじめ)は、その声に、手元に構えた短機関銃の残弾確認をした。


「9ミリ弾残ってるか?出来れば白兵(接近戦)は控えてもらいたい。

手順は簡単!俺達の逃走路確保のために、少し連中を散らしておく必要があるんだ。OK?」


声をかけてきた犠隻 争侍(ぎせき そうじ)は後部弾倉付きの突撃銃を構え、笑って見せる。

世界規模のパンデミックとそれに付随した争乱の途中から合流した国連派遣部隊の兵士だが、


目元に走る2本の切り傷は彼が戦ってきた戦場、傭兵時代の経験を物語っている。

ほとんど全滅した部隊で船頭が助かったのは、彼のおかげだ。


最も、残っているのは機動隊も国連部隊でも、自分達だけになっているが…


改めて荒廃した市街地の風景を見る。オレンジの夕刻に照らされ、あちこちから覗く赤い粘膜が垂れ下がったビル群には、目は否が応でも慣れた。


問題はそのいくつから、ゆっくり、だが、確実に歩を進めてくる者達…


「おいっ?撃て!撃つんだ!」


争侍の声で我に返った。見れば、赤いペンキを頭から被ったように、

真っ赤に染めた男に女、老人、子供の赤色狂暴症感染者“アカ”が通りを占領し始めている。


最初に遭遇したSNS投稿者が(最も、そいつはすぐに連中の仲間入りをした)

“赤いゾンビ”と称していたが、正にその通り…ふらつく足取りに、赤い粘液の中から覗く、

腐乱した体は生ける屍そのものだ。


躊躇う暇は無い。手元の短機関銃が火を噴き、鋼鉄の弾丸を一気に、

赤い群れにバラ蒔いた。


銃弾による攻撃で手に足、頭を吹き飛ばされたアカが倒れていく。だが、群れの数は減らない。次から次へと、通りや建物、店の中から姿を現してくる。


船頭の隣で高初速のライフル弾を撃つ争侍の射撃は正確にアカ達の頭部を撃ち抜いていく。

感染者のベースは人間、普通なら、腹に心臓どれかを撃ち抜けば死ぬ。


だが、彼等は死なない。頭部を撃てば確実に葬れると気づいたのはこちらに何人もの犠牲を出してからだ。


しかし、それでも、この数は防ぎ切れないだろう。


押し寄せる波を手で止めるのと変わらないのだ。


弾切れの30発入り弾倉を交換した船頭の前に、子供くらいの背をした

赤い塊が迫る。連中に捕まれば終わりだ。慌てて距離を取り、9ミリ自動拳銃を抜く。


感染は連中との接触、赤い液体が体につくのは、まだ良い。それが口の中や傷口に入れば

アウト。速攻で奴等の仲間入りとなる。


赤い塊に向けた銃口は弾丸を発射せずに止まってしまった。

顔面を覆う赤の中に二つの瞳が現れたのだ。恐らく少女の…無垢な瞳が自身を捕らえて離さない。


(畜生…)


もう、ウンザリだ。部隊の生き残りは自分だけ、何発撃ったって終わらない。それより、奴等の仲間になったら?アカ達は映画のゾンビのように非感染者を食べたりしない。


ただ、仲間を増やすだけだ。争侍に言わせれば


“本来、ゾンビの意味が持つ召使い的意味合いに近い。

一般大衆はロメロのゾンビしか知らないから、理解できないかもしれないが…“


との事だ。最も、彼等の主人についても考えたくはない…とにかく言える事は今、無駄に

撃って、人間としての時間を長める事に意味が見いだせない。静かに銃を下げ、少女だった

アカに手を伸ばす。抱きしめるように…


「馬鹿野郎!そいつはもうガキじゃねぇぞ!」


目の前の赤色にポッカリと黒い穴が空き、崩れ落ちた。そのままガッシリとした腕の争侍に掴まれ、引き摺られる。


「後、もう少しだ。この波を引かせれば、俺達は脱出できる。だから戦え!」


片手で突撃銃を乱射する元国連兵は、戦闘形態を崩さずに後退し、大型の給油車の前で止まり、弾切れになった銃を投げると、素早く空いた手に手榴弾を握り締めて、こちらに

尋ねた。


「走れるな?」


頷き、立ち上がる船頭を確認し、ピンを抜いて、車の下に放り投げた。


「行くぞ!」


脱兎の如く飛び出す船頭と争侍の後方で、数秒の間をおいて巨大な爆発が起きる。

それによって起きた閃光と衝撃は二人の体を大きく吹き飛ばす。勿論、赤い感染者達を含めてだ。


「ハハ、見ろ!スゲェ綺麗だぞ?見てみろ」


給油車の誘爆によって、噎せ返るような死臭と油の匂いに加え、

ポッカリと空いた空間を灰と赤の霧が舞い、その中をユラユラと歩く感染者達を見て

笑う争侍…確かに綺麗だと船頭はボンヤリ思った…



 「手持ちは45口径と閃光弾だけ…何処かで補給が欲しいな?緊急対策テントの場所は

知ってるか?」


「近くはないな。それに、最後の戦い…まとまった部隊が機能してた時は、ほとんどの

場所がアカの襲撃に遭ってた。だから、恐らく…」


「OK、わかった。じゃぁ、次は飛行手段を見つけるとするか。」


拳銃を玩具のように回し、ホルスターに仕舞う争侍は陽気に笑う。表通りを外れ、住宅地に

移動した二人は本来の目的である“安全地帯への脱出”を検討し始めていた。


しかし、立ち止まっている時間はあまりない。アカは非感染者、つまり、人間の匂いに敏感だ。包囲されたら、今度こそ終わる。現に、目の前の地面には赤を纏った亡骸がそこかしこにある。ここも安全ではないという証拠だ。


「しかし、争侍、一体、何処に行く?最後の報道じゃ世界中に奴等がいる事になってるぞ?」


「国連の艦隊だ。政府の非常事態対応はご存知ないか?地上が駄目な場合、海上艦隊に

臨時政府を設ける。俺達もそこから来た。」

 

「そうか、そこに行けば…」


「だが、連絡は途絶えている。そこが無事かどうかの保証はない。とりあえず行ってみればいい。」


「とりあえずか…」


「出来たら、我々も連れていってほしいな。」


突然の割り込み声と共に四方の家々から迷彩服の兵士達が現れた。各々が携えた

89式小銃や5.56ミリ軽機関銃から見るに彼等は“自衛隊”だ。


「まだ、隊員がいたのか…?」


呟く船頭の声に争侍が、まるで知っていたと言う風に頷く。


そんな二人の様子を見た隊員の中から1人が進み出てきて、教本に出てきそうな敬礼を

する。


「普通科連隊特別災害対策混成班、三等陸尉、八尾 武(やお たけし)です。公共施設への市民誘導及び、警備を担当していました。しかし、6日前に避難施設は壊滅‥‥残存12名を率い、民家に避難しておりました。


生きてる人間を見たのは久しぶりで、失礼ながら、聞き耳を立てさせて頂きました。本部とも連絡はとれません。ここで、ただ死ぬのは、先に逝った仲間に対しても、申し訳が立たない。まだ安全な場所があるのでしたら、是非とも同行を許可して下さい。」


八尾三尉の言葉に笑顔と返礼を返す争侍が頷く。


「こちらこそ、よろしくお願いだ。少尉殿(自衛隊式には三尉だが、彼はこの呼称を使うようだ)しかし、先程の会話からもわかる通り、飛べる機体がないと…」


「それは、杞憂です。ええっと?国連の方?あっ、自分は加納一士であります。我々が守っていた公共施設はここから2キロ先の小学校です。そこの校庭には、


大型ヘリCH‐53E大型ヘリが駐機していました。駐留軍が寄越したモノですが、

基地と本国が崩壊した後は、そのままです。パイロットはアカになりました。


それと、自分はPKО派遣の出身でもあり、中東で彼等の操縦を見ていますし、訓練も

受けていました。つまり、ええっと、動かせます」


加納の言葉を聞き、大きく頷く八尾…それならば、自分達だけで行く事も出来たのでは?と船頭は思うが、自衛隊の説明が正しければ、そこはアカの群れで満たされているのだろう。


彼等とて、安全な場所が保障されない限り、選択肢としては避けたいものだった筈だ。


「行き先が安全とは限らないぞ?少尉…」


自身の気持ちを汲んだように争侍が確認をとる。だが、その言葉は杞憂だった。


「…‥‥構いません、行く先があるだけでいい。我々はもう覚悟を決めています。」


真剣な調子で問いを返す八尾と自衛隊員一同を見て、争侍は低く笑った。


「じゃぁ、逝くか?」…



 「一つ聞いていいか?」


自衛隊員達からもらったAR‐15小銃をいじくる(駐留軍の兵士が持っていたモノを回収したとの事だ)争侍に船頭は尋ねる。


2人から14名に膨れ上がった残存兵士達は、深夜の道を静かに素早く移動していく。

目指す学校はもうすぐだ。通りのあちこちからはゆっくりと徘徊する足音が聞こえている。


アカが自分達を探している。彼等は声を発しない。ただ、無言で仲間を増やしていくだけだ。

これだけの人数なら、まもなく見つかるだろう。最も、これから敵の巣のど真ん中へ

飛び込んでいく訳だが…


「何だ?レーション(携帯食料)なら、自衛隊に分けてもらえよ?」


「そうじゃない。何故、そこまでして、戦える?」


「?」


「正直言って(アカに気づかれないよう低めた声を更に低くする)艦隊まで、無事に行けたとしても希望があるかもわからない。それに今や、何処に行っても、アカ、アカ!アカだらけだ。


お前だって知ってるだろ?日本だけじゃない。最後に見た映像では、世界中でアカ、いや、それ以上の異形の化け物が暴れ回ってた。上の連中も死ぬ前に言っていた。


“日本はまだ初期段階だ”ってな。コイツはテラフォーミング(惑星改造)だとも…」


「異星人共の侵略と言いたいのか?」


「わからない。ただ、どっちにしても、何処に行っても同じ。

なら、いっその事“楽に…”って考えないか?」


「アカになれと言うのか?」


「家族も恐らく死んだ。友人に恋人とかも、全部だ。何の希望が?」


喋っている内に声が大きくなってしまったようだ。いつの間にか傍を移動する隊員達も

自分の話に耳を傾けている様子だ。


皆、同じ気持ちなのだ。だが、争侍はどう考えているのだろう?これから半分、いや、

全員が感染者になるかもしれない死地に飛び込む前に聞いておきたかった。


「…確かに希望はないな。」


「‥‥そう‥‥」


「だが、それでいいのか?」


「?」


「こうは考えた事ないか?今の世界は、確かにアカと化け物だらけ…だけど、何処かで

悠々と…いや、この言い方は駄目だな…とにかく、俺達より安全な場所で生きてる奴等がいたとしたら?」


「政府とか?そーゆう奴等?」


「いや、政府とかじゃねぇ。例えばだ。今、お前が言ったように、この異変は

惑星改造とか、パンデミックなのかもしれない。だが、もしも、俺達とは別次元、


そう、例えば特殊能力とか、異能者、漫画みたいな連中が人間の既成概念、枠を飛び出した奴等の戦いが生み出した産物だとしたら…お前、どう思う?」


争侍の話が妙な方向に進んでいくのがわかる。だが、普通の住宅地を進む迷彩服の集団と

辺りに散らばる赤い破片が正常な状態では、真実味がある話でもある。


「何か、根拠ある?」


「世界規模のパンデミックが起きて2週間位経った頃か?

俺達はロンドンで橋を守ってた。50口径の重機関銃を振り回して、アカ共を追っ払ってたんだがよ。」‥‥(続)


「その最中に、ロンドン塔っていうのか?でっかい塔みたいな建築物に洋装、だいぶ

昔のデザインの奴着た騎士っぽいねーちゃんが立っていた。すんげぇ美人の…

“夢でも見たんだろ?”って言いたいよな?


違うね。そいつに俺と仲間は話かけた。相手は頷いた。そして、申し訳なさそうに、あたま下げて、どっかに飛んで行っちまった。そこで気づいた。この異変に関わってる異能な

奴等がいる。魔術とかそんな感じのな。


そして、俺達を助けず、謝罪一つで消えた意味も…パンピー(一般人)は見捨てられた…

アイツ等は新しい人類、もしくは選ばれた者達のために戦ってる。世界が変わるんだ。」


「馬鹿らしい。」


「そう、その意気だよ!」


吐き捨てるように呟く船頭に、争侍が喜びの声を上げる。


「悔しいよな?考えてみろよ。アイツ等は、そりゃ、崇高な大儀とか、世界維持のためにとか、そんなんで戦ってるだろうけどよ?だけど、俺達はどうだ?


選・ば・れ・ず・化け物だらけの真っ赤な世界に見捨てられた俺達はどうなる?


おとなしくアカになれってか?待て待て、まずはアイツ等の、いや、俺が会った

騎士ねーちゃんのオッパイ揉んでからにしようや。」


「ハハ…そうだな。悪くない。」


大袈裟な身振りでおどける争侍に思わず笑う船頭に、周りの自衛隊員達も笑顔を洩らす。

そして全員が、到着した目的地…真っ赤な校舎に突入した…



 「残弾を気にする暇はない。撃て!撃て!」


八尾三尉の怒号に隊員達の持つ銃声が被さるように響いていく。ヘリのある校庭を通るには、校舎内の一部を通過しなければいけない作りを聞かされ、船頭は苦虫を噛み潰す。


建物や植え込み、あらゆる場所から出てきたアカ達は元避難民の馴れの果てだ。隣に並ぶ

争侍も正確な射撃を繰りだし、歩みを止めない。


やがて、アカの肉片や残骸にまみれた道の中に、校舎を繰り抜いた吹き抜けの通路が現れた。その先には真っ暗な校庭が覗き、恐らくヘリである巨大なシルエットも見える。


「見えたぞ!目的地だ」


隊員の1人が叫び、手にした5.56ミリ機関銃を乱射し、瞬く間に建物の前に

たむろうアカを蹴散らす。その後を通過しようとする彼の頭上に赤い液体が降りかかる。


「武田(たけだ)!!」


八尾三尉が頭を掻きむしる隊員の名前を呼び、駆け寄るが、全てが手遅れだった。

建物の窓がいくつも砕け、赤い血飛沫のような液体が校舎に近づいていた隊員達を


染め上げていく。勿論、指揮官である三尉も含めて…


「やべぇぞ…」


争侍が呟く間もなく、八尾達の様子が劇的に変化し、

こちらに何の感情もない赤い顔を向けた。


船頭は無言で争侍を見た後、躊躇いを見せる残存隊員を無視し、手を伸ばし、距離を縮めるアカ達に短機関銃に残った残弾を叩き込む。


窓から液体を飛ばした新種(?)いや、新しい方法を身に着けたアカ達は

争侍が1体ずつ仕留めるのを忘れない。


「行こう、止まっている暇はない。」


全てが片付き、新たなアカ達の足音が響く中で争侍が叫び、残存隊員達を鼓舞する。

船頭は拾い上げた5.56ミリ機関銃につく、赤いぬめりを拭うと、後に続く。


だだっ広い校庭のあちこちからアカが蠢き、こちらに向かって飛び出してきた。

争侍と船頭、自衛隊員達は四方に銃撃を繰り返しながら、ヘリとの距離を詰める。


「敵が見えない。皆、閃光弾を持ってるか?」


頷く隊員達を確認した争侍は自らも榴弾のピンを抜き、それに続く隊員達と一気に放った。

あちこちで強い光が瞬き、ユラユラと動くアカ達を映し出す。


それを船頭が放つ銃弾が一気に捉え、蹴散らす。だが、全てをカバーする事は出来ない。

背後からも迫ったアカが最後尾の隊員達をゆっくりと取り囲んでいく。


「お先に!」


敬礼した隊員達が手榴弾を抜き、数秒後に敵を巻き込んだ巨大な爆発を起こした。

その犠牲によって出来た隙を逃さず、船頭達はヘリの搭乗ハッチに辿り着く。


先に中へと入った隊員が悲鳴を上げる。争侍が素早く内部に向かって、銃弾を撃ち、倒れるいくつものアカとアカになりかけの隊員の死体を引き摺り出す。


「乗れ!」


慌ただしく機内に駆け込む生き残り達の中で、唯一操縦が出来る加納がコクピットに滑り込み、装置をいじっていく。機体が発進のため、振動する中、傍に迫る敵に向かい、


射撃を行う船頭と争侍は、ヘリの左右に取り付けられたドアガン(ミニガトリング砲)に

飛びつき、毎分数百発の銃弾の雨を浴びせ初め、やがて…


「上昇します!」


と言う加納の声と共に巨大なヘリが持ち上がった。校庭内のアカが小さくなるくらいまで

上空に浮き上がったヘリはプロペラを旋回させ、脱出の空へと向けて、その体を動かしていった…



 へり眼下に広がる光景を見て、争侍の妄想話はあながち“間違い”ではないと船頭は思った。都内、住宅地、田園地帯、あらゆる場所から“赤い柱”が空に向かって伸びている。

さながら、赤い竜巻というべきか?それらはゆっくりと空に広がり、朝日が見え始める空を染め上げていた。


「おいっ、見ろ!」


その光景を車窓から眺める自衛隊員が赤い空を切り裂くように走る複数の光を指さす。


「まるで戦ってるみたいだぞ?」


事実、彼の言葉を裏付けるように光達は、赤い柱の間を飛びかい、彼等の浸食を遮るように

立ち動いている。


一般人に理解できない世界の戦いが眼の前で繰り広げられていく。

自分達に何か出来る事は?考える船頭の隣で争侍がヘリ後部のハッチの開閉ボタンを押す。


「争侍?」


「お前等、市民防衛の役職が何処見てる?あのSОSマーク、見えないか?」


ハッチから勢いよく吹き込む風の中、赤い柱の間に見えるショッピングモールの屋上に、

イスか何かで作ったSОSの文字がある。この争乱時、ありふれた光景だが、そこにチラつく複数の影は“生存者”…こちらに手を振る姿は間違いなく、非感染者である事を示していた。


(しかし…)


と船頭は思う。柱から降り注ぐ赤い液体は地上を確実に染め上げていく。まもなくあそこも…ヘリに乗る隊員達も同じ事を考えたようだ。


「国連兵、無理だ。もう、間に合わん。ここは…」


「黙りな。加納、高度を下げろ!」


争侍が素早く抜いた45口径自動拳銃はまっすぐ操縦席に向けられている。船頭達が反応する暇もない。


「お前…」


「いい加減気づけ、船頭!ここは見捨てられた地、あの、光が何かは知らんが、お前等が言うように正義とか、アカと戦う連中なら、何故、彼等を助けない?奴等にも見えてる筈だぞ?俺達は“対象外”なんだ。


だったら、誰がアイツ等を救う?見捨てられた人々を救うのは、同じ穴の

俺達だけだろうが?アイツ等まで見捨てて生きて、何になる?俺は……‥‥イ・ヤ・だ・ね。」


いつもの半笑いの争侍ではない。二つの目には決意を固めた光が見えた。思わず笑みがこぼれる。全く、今日は最悪の日だと言うのに、笑う事が多い。


「ふっ、確かに希望は無かったな。それなら見つけに行くか?」


「逝くの方が正しいな。だろ、野郎共?」


ヘリの高度が下がり始める。それが了解の合図だった…


「燃料も含め、降下出来る時間はわずかだ。急げよ!」


 ドアガンを赤い柱に向け、連撃する隊員の声を受け、争侍と船頭、自衛隊員が屋上に

降り立つ。高さはまだあるが、先に降り、降下地点の確保を行う必要があった。


「我々は救出隊だ。生存者は早く乗れ!」


争侍がAR突撃銃を発射しながら吠える。赤い柱の正体は、アカ達、感染者の集合体だとわかった。まるで、彼等の脱出を妨げるように、柱から落ちる塊が次々と屋上の地面に立ち上がり、こちらに前進し始めていた。


隊員達の89式と船頭の5・56ミリの火線の中、SОSに組み上げられたイスや机の間から生存者達が走ってくる。


男、女に子供、老人、その数はざっと30人以上、ヘリの収容人数はギリギリという所だが、船頭としては…


「まだ、こんなに生き残りがいたなんて…」


と言う“感動”に近い。その中を加納の操作するヘリは屋上の縁ギリギリで停止し、

ハッチから人々の収容を始める。隊員達も順番に射撃を止め、ヘリに乗り込んでいく。


「船頭、そのデカい軽機(機関銃)をこっちに寄越せ!」


自身の突撃銃を片手に、もう片方の手は45口径を握った争侍が吠える。


「どうする気だ?」


「コイツ等多すぎだ!こんままだと、全員が乗り切る前に、アカと俺達が接触するのは

目に見えてる。ギリギリまで、残る奴が必要なんだよ!」


「でも…!」


「大丈夫だ。何かの映画みたいにロープ垂らしてくれれば、そいつに掴まっからよ!

議論してる暇はねぇ、行け!」


船頭から銃を引っ手繰った争侍は両手から銃弾を放ち、アカを蹴散らしていく。


「二人共、急ぐんだ!」


隊員の声に振り向けば、最後の生存者がヘリ内部に消えていく所だった。

頷いた船頭もヘリに向かう。ハッチを上がった所で、赤い柱に異変が起こる。


一番手前にある柱が空への上昇を止め、ヘリに覆いかぶさるように形を変え始めていた。


「不味い!…上昇します」


「待って、まだ全員乗ってない。」


「無理だ。早くしないと、全員が巻き込まれる。」


船頭の言葉に加納と隊員達の声が重なる。それに呼応するように、屋上から赤い柱に火線が飛んでいく。


「行け!野郎共ぉおっ!!俺に構うなぁあっ!!」


争侍の声に勢いづけられたヘリが屋上から上昇する。それを見送るように銃弾を放ち

続ける屋上で小さな、恐らく手榴弾だと思われる爆発が一つ上がった…



 

 赤い柱は相変わらず空に向かって噴き上がっている。屋上より下の道路では、飛んで行ったヘリも柱と戦っていた光も見えない。アカ、ただ、赤一色の視界だ…


「あ、ちげぇな、これは…頭切れてるだけだわ…」


自爆用に投げた手榴弾の爆風で屋上から地上に落とされた自身の体に目立った外傷と言えば、それくらいだ。


武器は戦闘用ナイフと45口径だけになったが、とりあえず動けそうだ。


立ち上がる争侍の足元に89式小銃が放られ、さした影に視線を動かす。


「お前?どうして…?」


「ヘリから降りた。1人だけ見捨てるのもなんだと思って…」


「はっ、どうせ、ここは見捨てられた世界、何処へ行っても同じってか?」


笑う争侍に、船頭も頷き、笑い返す。銃の残弾と動作を確認した二人は

ゆっくりと赤い世界を歩き出す。


「そう言えば、さっきの話…」


「あんっ?」


「女騎士だっけ?胸揉むとかなんとか…」


「ああ、あれね。いや、冗談、冗談!そもそも、こんな狂った赤世界で…」


「‥‥私ので…良ければ、その小さいけど…いいよ」


「ああっ?オイぃッ、いや、それはね…えっ?…おおっ!?」


「顔、赤いヨ…」


「いや、これは、感染!アカにかんせ…いや、それは不味いな。ん?ヤバいな!

おい、連中が来やがった!話はここから脱出してからだ。」


「‥‥‥‥ウン!」


頷く船頭の後方に進んでくる感染者“アカ”達に銃を向けた争侍は、頼むから、この見捨てられた世界で自分達以外に男女がいる事を色々複雑に願った…(終)


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