第3話 決意表明
今日は11月24日、日曜日である。休日というのは実にいい。朝に急がされる必要がないからだ。いくらでも寝ていてもいい日の目覚めはいつも幸福感を感じられる。しかし、毎日がそんな日だったら、それはそれで不幸だろう。昨日は土曜日であり、休日でもあったのだが、そんな貴重な1日を無駄にしてしまった。朝から夜にかけてずっと寝ていたのだ。先日の大乱闘酒盛りによる深酒が原因である。一日中頭痛に苛まれ、額に青すじがずっと刻まれているような様相だったと思う。もしそんな状態を他人が見たら、ゾンビと思われて頭を3回は撃ち抜かれていただろう。それぐらいしんどかった。結果、今日も昼の12時に起きる体たらくになってしまった。
貴重な2日のうちの1日を無駄にしてしまったのだから、せめて今日くらいは有意義な1日にしなくては。とりあえず散歩にでもいこう。人間ずっと屋内にこもっていては、体内環境も狂い始める。外に出て体の中も換気が必要だ。
横になっていたベッドから脱出し、朝食もとい昼食のバナナを片手に外出の準備を始めた。
外に出ると、雲ひとつない青空に反して、気温はすこぶる低かった。昨日1日寝ていたことが幸いだったか、いつもよりはよく体が動く気がする。この近辺で暇を潰せる場所といえば、やはり駅前に集中している。数棟のビルには様々なテナントが入っており、本屋、家電量販店、洋服店、ゲームセンター、CD店など、なかなかの充実具合である。ということで、駅前の本屋で暇をつぶすことにした。
本屋に行くと、私は真っ先に文庫本コーナーに向かう。お気に入りの作家のスペースを中心に面白そうな本を探していく。目を左から右へスライドさせていくと、「あなたに彼女がいない理由」という高慢不遜な本があった。でもちょっと面白そう。読んでみよう。
「あなたは、自分の顔が良くないから彼女ができないと思ってないだろうか。ならあなたは、一般的に”美女と野獣”と言われるようなカップルを見たことないのだろうか。彼らはブサイクながら、自らの持つ魅力を全面に押し出すことで、男としての価値を上げているのだ。つまり、君はモテない理由を顔のせいにして、内面に目を向けていない可能性がある。」
ブサイクじゃないからそれはないな。
「ちなみにブサイクじゃないなら、なおさら問題がある。顔を凌駕するほど性格が悪いんだから。」
なんだと。とは思うも実際のところ、今現在彼女がいないのも事実。
「まずは自らの状態をしっかり把握しよう。イケメンなのかブサイクなのか。気が遣えるのか遣えないのか。仕事ができるのかできないのか。まずは自己分析からはじめること」
うっかり結構読み進めてしまった。この本は買っていこう。
その後CDを見て、服を見て、ゲームを見て、様々なお店を冷やかし切ったころには5時を回っていた。ちょうど駅の中にいるし、あの喫茶店に行くことにした。
「いらっしゃいませ」
あの店員さんだった。
「カフェラテトール、ホットでお願いします」
「かしこまりました、今日はすごく寒いですね」
「そうですね、この寒さはなかなか堪えます」
「でもそのマフラーあったかそうでいいですね」
「ええ、いいですよこれ」
「体調には気をつけてくださいね、あちらのカウンターでお待ちください」
受け取ってすぐいつもの席へ座った。
急に質問されるからびっくりした。自分はなんて言っただろうか。おかしなことは言っていないはずだ。正直、心中穏やかではないが本を読もう。さっき買ったやつ。だがときどき、別のところに視線が持ってかれる。店員さん頑張ってるなあ、じゃなくて本本。横顔もきれいだなあ、じゃなくて本本。そんな調子だったから、頭に内容が入らないまま終わりの方になってしまった。
「散々彼女がいない君をいじめてきたが、別段彼女がいないということは悪いことではない。自分に自信を無くさないで欲しい。しかし、もし君が彼女が欲しい、彼女にしたいと思ったその時は、チャンスに貪欲になることをおすすめする。きっかけがなければクソもないぞ」
まったくなんだこのクソ本は。なんの参考にもならん。この本の著者にはもっと勉強することをおすすめする。出典もなければ説得力もないぞ。さあ帰ろ帰ろ。
「ありがとうございました、またお待ちしています」
軽く会釈を返して喫茶店をあとにした。やはりさっきのやりとりが気になる。自分はなんと言ったか。たしか寒さがきつい、みたいなことを言った気がする。どうしてネガティブなことを言ってしまったのだろうか。あまり話したことのない店員さんからすれば、私の印象は悲観的野郎になってしまう。せっかく溢れんばかりのユーモアのセンスがあるというのに。むしろこんな感じで。
「かしこまりました、今日はすごく寒いですね」
「そうでもないですよ、財布の懐が温かいので」
これじゃあ成金だな。まあまあ感じが悪いし。というか、油断するとさっきのことを思い出す。どうにも脳内にこびりついて仕方ない。読んだ本のことを思い出そう。
「きっかけがなければクソもないぞ」
なにからなにまで恋愛ごとばかりに頭がいく。いつから私は恋愛脳になってしまったのか。情けない。しかしもういい。わかったわかった。うすっぺらいのも上等じゃないか。認めよう。
私はあの店員さんが好きなのだ。あの人のことをもっと知りたい。もはや細かい理屈などどうでもいい。今は11月24日、来月末は12月24日。あの聖夜とは名ばかりの、浮かれまくった脳内ピンク人間祭りがある。そんな流れに便乗するのはいささか癪だが、なりふりも構ってはいられない。この日にあの人を落とす。やるといったらやるのだ。いきなりクリスマスイブとか重いとかそんなことは知らない。やるといったらやるのだ。そうと決まればすぐに情報収集だ。
愛用のスマホから検索サイトを開き、”カフェ店員 口説く 方法”と検索した。”定期的に来て同じようなものを頼んで印象付ける” なるほど。”当たり障りなく、時間を取らない質問から” なるほどなるほど。 ”なるべく名前で呼ぶこと” なるほどなるほ、、あ。
ここで1つ重要なことに気づいた。
名前なんていうんだろう。
寒い日にアイスカフェラテなんて飲むかよ @s1250198
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。寒い日にアイスカフェラテなんて飲むかよの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます