第5話 Restart
隣を歩く小さな少女は、彼女より一回り大きな日傘をさしており、表情を伺うことは出来ない。
昨日二人でいっぱい話して、お互い中学までは良い思い出なんて全く出なかったから、高校生活は楽しいことでいっぱいにしようって話して布団に入った。
(人と話してあんなに楽しかったのは久しぶりだな)
(不安が無いわけでは無いけど、高校はちょっと楽しみだ)
二人で並んで歩いていると、いつの間にかクラス分けが貼り出されている掲示板の前に着いていた。
今まで全く気にしていなかったけど、アリスとクラスが別れたらどうしよう…
(ちょっと不安になってきた…)
そんな事を考えて少し憂鬱になっていると、
「ねぇねぇかぐや見て!」
隣のアリスがとても嬉しそうにかぐやを呼ぶ。
アリスが指差している先には、
Aクラス
:
:
:
出席番号17 月夜 かぐや
出席番号18 星川 有栖
:
:
「やったよ!かぐや!一緒のクラスだ!」
『私も、アリスと一緒で良かった』
この学校は三年生までクラス替えは無いから、アリスと一緒でほんとに良かった。
「改めてよろしくね、かぐや!」
『うん、よろしく、アリス』
お互いに微笑み合って、指定された教室を目指す。
教室の前に立って、横開きのドアに手を掛ける。
ふと、これまでの約10年が頭をよぎる。
小学校のときから、何をするにも1人だった。
誰も私の話なんて聞いてくれないし、声をかけようともしない。
友達なんていたこと無いし、皆と遊んだことだって無い。
優しく支えてくれたお母さんも、思えば私が学校に行くようになってから、よく泣いて謝るようになった。
そう、教室や学校に良い思い出なんて無い。
だから、この誰でも軽く開けられるドアが、私にはすごく重く感じる。
(やっぱり怖いな…)
また繰り返すかもしれない。
この先に楽しい事なんて無いかもしれない。
そんな恐怖で動く事が出来なくなっている自分が心底情けなく思えてくる。
(今ならまだ辛い思いをしなくて済む…)
そんな時、かぐやの手に小さくて、でも温かい誰かの手が重ねられた。
伸ばされた手の持ち主を見る。
手を伸ばした少女、アリスは優しく笑って、
「一緒に入ろう」
その小さな手の温かさに、その何気ない一言に、どれだけ救われただろう。
この小さな少女は、私と同じような経験をしていても、こんなに優しくなれるんだ。
(強いな、アリスは…)
私も、アリスと一緒なら頑張れるかな?
いつかアリスと、アリス以外のクラスメイトたちと一緒に遊ぶ。
ゲームをしたり、お話したり、そんな夢を持つのも良いのかもしれない。
だってもう、
「1人じゃないから」
「困った時は、いつでも助けるよ」
その代わり私が困ってたら助けてね、とアリスがおどけたように言う。
まだ出会って1日しか経っていないのに、もう全部お見通しみたいだ。
スケッチブックを開くのも面倒だし、何よりその言葉には早く答えたい。
私に今できる一番の笑顔で、隣で手を添えている少女に頷く。
(もちろん助けるよ)
(アリスは、ずっと暗い世界にいた私を照らしてくれる太陽だもん)
まだ、この気持ちをアリスに伝えるのは気恥ずかしいけれどそんな太陽の横でなら、私も少しはアリスみたいな明るい光になれるかもね。
かぐやはささやかな願いを込めて、ドアにかけた手にそっと力を加える。
思っていたよりずっと軽い教室のドアが、ゆっくりと開く。
「行こう!かぐや!」
小さな白髪の少女、私の初めての"友達"に頷いて、教室のドアをくぐる。
教室の中から漏れた灯りが二人を照らす。
暗い過去は無かったことには出来ないけれど、それを一緒に見てくれる誰かがいるなら、きっといつか乗り越えられる。
静かに微笑む夜の月 宵埜白猫 @shironeko98
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます