第34話 モンスター相談所へようこそ
森のダンジョン深層部、東エリア。
強者しか辿り着けないそこに、小さな紙袋を携えた男性が訪れた。
「お疲れ様。約束通り、持ってきたよ」
元勇者、かつ現モンスター警察であるユージンは、相棒のモンスターを連れずに中ボスと向かい合う。
中ボスへ突きつけたのは、規定の剣ではなく、オシャレなデザインの紙袋。ナーガはそれを一瞥すると、奪い取るように、乱暴に受け取った。
「そうやって焦らして、私がちゃんと待ってられるか見てたんでしょう? で、評価はどうなの」
「十分。というより、リコラちゃんを心配して電話してきた時点で、もう疑う余地はないかな」
ユージンはそう言って笑みを浮かべると、「開けてみて」と袋を指さす。
暫し袋を睨み付けたナーガは、緊張した指先でシールを剥がした。
封を開き、中を覗き込む。ナーガはそれを人差し指と親指とで摘み出すと、顔の前まで持ち上げた。
「何これ。アンタ、こんなのが私に似合うと思ってるってわけ?」
「勿論。ほら、それ貸して」
「は、はぁ? なんだっての……」
訝しむナーガの背に回ったユージンが、そっと赤い髪に触れる。
ナーガはぎょっと目を開き、肩を持ち上げて体を強張らせた。左右の掌を重ね合わせ、指先を唇に寄せた姿は、まるで乙女だ。
ユージンは慣れた手付きでナーガの後ろ髪を束ねると、ゴールドの花があしらわれた髪飾りを括り付けた。
「ず、随分と、慣れてるのね。もっ、もしかしてアンタ、女がいるんじゃ……」
「女? あぁ、昔は姉が。俺の方がセンスがいいからって、こき使われたんだよ」
ナーガの正面へと戻ったユージンは、彼女の頬の横から手を差し込み「うん」と頷く。
その瞬間に、ナーガは石化したかのように硬直した。
凛々しい顔が目の前にある。ほんの一瞬、カサついた指先が頬に触れる。
「じゃあ、俺はこれで」
そのまま淡白に立ち去ろうとするユージンに、ナーガは慌てて「ちょっと!」と声を張り上げた。
振り返る彼に、かける言葉の用意はない。無言で数秒見つめ合うと、ナーガは「そ、その」と歯切れ悪く声を零した。
周りに聞こえそうなほど胸が高鳴り、キンッと耳鳴りがする。こんなことは、ナーガにとって初めての経験だ。
「どうした?」
「な、なんでもない。さっさと帰りなさいよ」
「はは、変なナーガだな」
ユージンはひらっと手を振ってナーガへと背を向ける。
それを恨めしく睨めつけるも、ナーガの薄赤い唇が再び開くことはなかった。
「ありゃ見込みなしだろ。ユージンのやつ、ナーガのことをただのナーガとしか思ってないぜ」
どっしりと肩に乗ったオウムモドキは、小屋へと帰る道すがらにボヤいた。
二人の逢瀬の日取りを決めたのはリコラだ。となれば、黙って見過ごせるはずもなく、こっそりと見守ったのは蕾にも満たない恋模様。
「ああいうところから、少しずつ関係を築いていくものなの。分かってないなぁ、オーちゃんは」
「よく言うぜ。サーシャと向き合いもせずフッたくせに」
「言い方っ!」
言葉をぶつけ合いながら、リコラは片手に持ったトングでゴミを拾い上げる。その横を飛ぶオウムモドキは注意深く辺りを見渡した。
何事もなく平和に見えるダンジョン。しかし、人知れず悩みを抱えるモンスターは少なくない。
そんなモンスター達のため、少しでも良いダンジョンにするため、リコラは小さな布切れも見逃さず拾い上げた。これも大事な一要素だ。
「おっ、あそこ、アカカラスの巣だ」
「え、どこどこ?」
オウムモドキは高く深い緑の奥を見上げ、嬉しそうにバサッと羽を広げた。
リコラはムムッと顔を中心に寄せたが、どうにもオウムモドキと同じものが見えない。
「守ってやんねーとだな」
リコラの代わりに頭上を見守るオウムモドキは、ぴんっと背筋を伸ばす。
人もモンスターも家族の在り方は同じだ。命懸けで新たな命を芽吹かせ、育て、愛している。それを知るからこそ感慨深く頷いたリコラは、顔を上げると同時にパアッと笑顔を咲かせた。
リコラの目に留まったのは、木漏れ日さす小屋の前前で佇む黒騎士だ。
「黒騎士さん外で待っててくれてるよ、黒騎士さん、ただいま!」
「ちょっ、おいリコラぁ」
リコラが反射的に走り出すと、遅れてオウムモドキも羽ばたきを強める。
ゴールのタイミングはほぼ同時。リコラは黒騎士に正面からしがみつき、オウムモドキは兜のてっぺんへと着地した。
「たくさんゴミ拾いしてきたよ」
「ナーガは絶望的だったけどな」
二人を大きな体で受け止める黒騎士は、こくりと頭を動かして相槌を打つ。
おかえり、と声無き声を聞いたリコラは、ふと彼の手が柔く握られていることに気が付いた。
おずおずとリコラの前で開かれた手。黒い掌の上で、朝露を纏い輝く、真っ白な花がコロンと転がる。
「わあっ! 私にくれるの?」
リコラの問いかけに頷いた黒騎士は、可憐なその一輪をリコラの耳の上あたりに丁寧に差し込んだ。
黒騎士の赤い瞳が不安げに色をすぼめる。引っ込めた手は、もぞもぞと落ち着かずグッパッと繰り返す。どっしりと恐れ知らずな容貌だが、なかなか小心者らしい。
「嬉しいに決まってるよ。有難う。今度こそ、絶対に大事にする」
そんな彼を安心させるように、リコラがふにゃと目尻を下げる。その反応に、黒騎士の力んだ甲冑もカシャンと緩む。
それを頭上から半開きの目で見ていたオウムモドキは、我慢ならんと羽を打ち鳴らした。
「おうい、さっさと朝の準備だろ。惚気けてる場合じゃねぇぞー」
その呆れを纏った声音に、リコラは「そうだった!」と体を伸ばす。
首に下げた懐中時計が差すのは、九と十の間。せっかちなモンスターなら、とんとんと小屋のドアを叩く時間だ。
リコラは慌てて小屋に戻ると、カウンター奥の定位置に腰掛け、過去の相談内容やモンスターの資料を広げた。
ここは森のダンジョン。勇者の立ち入りが禁止される、ルートの裏側に設けられたモンスター達の生活空間。
そこに建てられた赤い屋根の小屋が、モンスター相談所と呼ばれるモンスターだけの憩いの場だ。
今日も今日とて、悩めるモンスターがドアを叩く。
「ようこそ! モンスター相談所へ!」
鈍いドアの音に重なる、高らかな声。
少女リコラと、饒舌なオウムモドキと、威厳のある黒騎士に出迎えられたモンスターは、浮かない顔で口を開いた。
モンスター相談所へようこそ!~愛と規則の奮闘記~ あずま寿美 @azu_ktm
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