邪魔しないでくれ! 俺は大学デビューの準備で忙しいんだ!〜大学デビューの準備を始めてから幼馴染もクラスのアイドルも様子がおかしいけど構ってる場合じゃない〜

すかいふぁーむ

第1話

「ごめんなさい……」


 このセリフを聞くのは何回目だろう?

 目の前にいるのは天使が降臨したのではと思えるほどキラキラ輝く可愛い同級生。

 新堂 ありす。首元で2つに結ばれた黒髪が胸元で揺れる。大きな目、小さい顔、程よく育った胸。そして誰にでも分け隔てなく接する愛嬌のある、まさにクラスのアイドルだった。


「わかった! 今後の参考のために、理由を聞いても?」


 振られたくらいでめげるなら最初からこんな高嶺の花にアタックしない。ここは貪欲にいくべきだ。これまでもそうだったように!

 上谷秀哉かみたにしゅうやはめげない男だった。


「えっと……言いづらいんだけど……」

「大丈夫! 何でも受け止めるよ!」


 この爽やかな笑顔をもっと活かすことができたなら、秀哉のいまはもっと変わったものになっていたかもしれない。


「だって上谷くん、誰にでも手出すっていい噂聞かないし……」


 時が止まったかのような錯覚。

 なるほどその可能性は全く頭になかった。とにかく女子と接点を持つこと、とにかく女子にアタックすること、それだけが成功の近道と信じて突き進んできた。


「ありがとう! すごく参考になりました」

「え? えっと、どういたしまして……?」


 こうして秀哉の30回目の告白は、30回目の失敗を持って幕を閉じた。


 ◇


「なるほど……そうか。そういうデメリットがあったのか」

「気づいてなかったのか? お前」


 幼い頃からの腐れ縁、甲斐翔太かいしょうたが声をかけてくる。


「気づいてたなら言ってくれよ!」

「言ってただろ! 何回も!?」

「そうだったかなぁ……」


 全然記憶にないな。まぁ翔のいうことだしな、どうでもいいか。


「そうやって俺の言うことを軽く流してたからこうなったんだろうが!」

「心の声を読むな! 気持ち悪い!」


 こうやってたまに翔太は俺の心を読む。ほんとにやめてほしい。俺はそんなにわかりやすいやつじゃないはずなのに……。


「いや、お前ほど欲望に素直でわかりやすいやつ、そういないだろ……」

「いいだろ別に! お前と違って俺は必死なんだよ!」

「必死過ぎた結果がこれだろ? で、どうすんだ? お前が狙ってた子はこれで全部。本命の新堂にもフラレたわけだし、少し落ち着く感じか?」

「そうだな。もうあんな感じじゃこの学園での恋は難しいだろうし……」

「そこまで思いつめなくてもいい気がするけど……秀哉は別に黙ってりゃ顔も悪くないし」

「いや、いいんだよ……」


 珍しく少しショックを受けた様子を見せる秀哉に戸惑う翔太。

 だがその心配は次の瞬間無駄だったと思い知る。


「というわけで、大学デビューだ!」

「は……?」

「なんだよ。俺は大学に行くぞ!」

「そりゃわかってるけど、まだ俺たち2年だぞ?」

「だからだよ。準備期間は十分だろ?」

「もうちょっとこの学園でも……」


 そういって翔太はちらっと2人の共通の幼馴染である三木茜みきあかねを見る。

 茜は不機嫌そうに2人を一瞥したあと、何事もなかったかのようにクラスメイトの輪に戻っていった。


「いいんだよ。俺は新しい挑戦をするぞ!」

「はぁ……まぁいいか。具体的に何からするんだ?」

「モテること!」

「ダメそうだな……」


 呆れた翔太が秀哉にダメ出しをする間も、こっそり茜は2人を盗み見ていた。

 茜も茜で、ありすには及ばないもののクール系美少女として学年に名を轟かせるアイドルの一角。だが2人にはクールを通り越して氷属性とも言うべき塩対応。昔は仲が良かったのに今となってはすれ違っても会釈をするかしないかの関係値になっていた。


「それもこれも、こいつが悪いな」

「なんか言ったか?」


 人知れず評判を落とし続けた秀哉を、翔太も茜も、呆れたように見つめていた。



「で、なんでアンタがここにいるのよ」


 図書室に来た秀哉ははやくも壁にぶつかった。


「こっちのセリフだ! なんで茜がこんなとこにいるんだ」

「図書委員だからよ。で、何しに来たの? 悪かったわね、おしとやかな文学少女と出会いたかったんでしょうけどあいにく今日は私の当番なの。わかったら早く消えて」

「おしとやかな文学少女にはあいたかったけど今日の目的はそうじゃない!」

「じゃあ女の尻をおいかけるしか脳のないアンタが一体何しに来たの!」

「本を読みに来たんだよ!」

「お前ら図書室では静かにしろぉ!!!」


 図書館に似つかわしくないのは茜も秀哉もそうなのだが、その2人をして全く似合わないと言い切れる男に注意を受ける。


「すみません……。司書さん……」

「わかればいい。さっさと本を読むなら読む、借りるなら借りろ」


 司書と呼ばれた男はピチピチのタンクトップで、鍛え上げた肉体を隠すことなくさらけ出している。

 図書室に似つかわしくない彼はボディビルダーとして活動するかたわらバイトとして学園に司書の仕事をしに来ている生粋の筋肉バカだ。今もカウンターの奥で腕立て伏せが始まっている。


「アンタのせいで怒られたじゃない!」

「悪かった……いや、俺のせいか?」


 会話を続ける2人は筋肉だるまのひと睨みで再びおとなしくなった。


「モテル男は教養があるというからな。何から読めばいいかわからないけど、まぁ適当にやっていくか」


 手当り次第適当に本を手にとっていく。漫画コーナー、ラノベコーナー、歴史書、古典、日本文学、西洋文学……。

 それらを手当り次第、飽きたら次という形で乱読していく。

 意外にも秀哉は本を読むことが嫌いではなかったらしく、周囲も、特に茜は驚いていた。


「まだやるの?」

「おっ!? 茜か……びっくりさせるなよ」

「アンタが集中しすぎなだけ。もう図書室は終わりだけど、借りてく?」

「あ、あぁ……」


 テキパキと秀哉の持っていた本のバーコードを読み取り貸し出し処理を済ませていく茜。


「いつから図書委員だったんだよ」

「そりゃアンタ……学期のはじめに決めたときでしょ……」

「そうだったか……」

「あんたは何も飼ってないのに生き物係になって何もしてないからわからないのね……」

「そういえばそうだったか」


 他のクラスではメダカとかハムスターとか飼っている動物の世話があるが、うちのクラスは去年飼ってたカブトムシが死んで以来手つかずの虫かごが放置されている。


「はぁ……あれ、いい加減片付けなよ……?」

「わかったよ」


 いつもガサツで男勝りな茜がテキパキ仕事をこなす様子は新鮮で、なぜか少しドキドキさせられるような気持ちになっていることに秀哉も驚いた。


「はい。返却期限は1週間。1人が借りれるのは10冊までだから、新しく借りたかったら読んだものから返すこと!」

「わかった」

「じゃ、もう閉めるから出て」


 鍵を片手にドアの前に立つ茜に、夕陽が差している。


「茜……?」

「なによ」


 久しく見てなかった笑顔を向けられ、秀哉の顔が赤くなる。大丈夫だ、向こうからは日差しが差してるようにしか見えないはず。


「じゃ、読みたかったらまた来なさい」

「茜はいつもいるのか?」

「なに? 私にあいたくなったの?」


 ニヤニヤと眺められていつもの調子を取り戻す。


「違うわ! 今度はおしとやかな文学少女がいるときに来たいんだよ!」

「残念。私の知ってる限りおしとやかな文学少女が当番の日は、次の学期までないわね」

「なんてこった……」


 半ば以上本気でショックを受ける秀哉に、いつもの調子を取り戻した茜もちょっと安心したように笑った。


「じゃ、今日はありがとな」

「そうね。鍵閉めまでいるお客さんなんて、なかなかいないから」

「悪かったな」

「いいわ。ちゃんと返してね」

「わかってるよ」


 秀哉が去ったあとの図書室で、茜が1人つぶやく。


「今日のアイツ、集中してるのはちょっと、かっこよかったかも」


 そのつぶやきは本人はもちろん、茜以外の誰に聞かれることもなく、本の間に染み渡るように消えていった。

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