6.蛇口にスピカ光る頃

それは静かな明け方の夜だったよ。


天子様が、処刑台に宿り、

ねずみが隠したチーズを持っていった。

その時私がこっそり広間から盗んで隠した人形をネズミが引き出してしまったせいで

私はおばあちゃまにたんと怒られたんだ。


あれは確か4月のことだったと思う。

そう、蛇口にスピカ光る頃、星の光に起こされた。


光うずまきあふれる部屋でじっと気配を消していると、井戸の口からぽちょんぽちょん、水が落ちている音がしていた。

私はあわててコップを隠した。

それがあると精霊がきてしまう。

精霊はキラキラしていて狭い場所がとても好きだから。


あんまりその日は明るくて、屋根の上に聖ベネディクトがおられるとおもって

屋根を覗いたけど、誰もいなかった。


でもとなりのミケ坊は次の日教室でひどく騒いでた。

昨日の夜とても空が明るかったのは俺の家の屋根に聖ルチアーノがいたからだって。

彼の家は隣だけど、昨日はうるさく雄ネコと雌ネコがにらみ合っていただけだった。

いったい何を見たのだか。


ところで昨日の事に話を戻すね。


星のうるさいその夜、空は銀色に輝いていた。


ヒースの枯れ茎は春の風にざわざわざわめいて、山の端にあるレゴラおばさんの小屋から私の部屋の窓の下まで、黄色い海のようにざわめいていたものだった。

波濤は星に輝く銀色、私の窓のすぐ下に寄せて砕けてはまた押し寄せてた。


窓にひじついてそれを眺めていると、心はざわざわ不安になっていった。


まるで小屋近くの墓場から幽霊を引っ掛けて遠くの荒野からこちらに、

風に乗せて順ぐりに運んでいる波のような気がしてきたものだった。


私はそう思い、ただぼんやり夢想していただけだったのに、そこにひょっこり『本物』が現れた。


水車小屋の近くから、いろ青ざめて古色蒼然、これはまさに幽霊っていう白い衣の痩せた女の人が現れたの。

それが本当に、ヒースの波に乗ってこちらへやってきた!

星の光を青い衣にひらめかせ、両手を開いて誰かを迎えるみたいな恰好で、

ヒースの波から半身だけ出してこちらへ迫ってきた!


私はおぞけをふるいながら

窓に頭の上だけを出してみていたわ。

それはすさまじい速さで、窓の下までやってきた。

大きな、髪振り乱した幽霊が、うちの家の壁にぶつかる!


そう思った瞬間、私は窓をぱっと離れて毛布にくるまっていたわね。

弱虫?

そう、弱虫で結構よ。

あんなものに立ち向かう人は多分早めに死ぬんだと思う。

私は風車に立ち向かう騎士じゃないの。


それで何が起こったのかって?

そんなの知る由ないでしょ。

なにかどこかで起こってるかもしれないけどね。

チャイムが鳴ったからもう行くね。



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危なげな花が道をしるすころ じごくへの道はひらく 多々川境 @tatagawasakai

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