八橋

増田朋美

八橋

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ある、雨が降り続いた日、浜島咲と、イギリス人のジャックさん、その息子の武史くんが杉三の家にやってきた。一体何だと思ったら、武史君の学校の事で、一寸相談があるという。武史君もジャックさんも、なんだかひどく落ち込んでいるようで、蘭の方がどうしてそんなに落ち込んでいるのか、びっくりしてしまったくらいだ。

「一体どうしたんですか。何か悩んでいることでもあるんですか。」

蘭はとりあえず、三人をテーブルに座らせた。影山家には、来客が絶えないため、大きなテーブルがあり、椅子が複数置いてあるのが良かったと思う。

「ええ、ちょっと相談したいことがあるんです。あたしも、概要はジャックさんに聞きましたが、一寸あたしだけでは、解決できないから、ほかの人の意見を聞いたほうがいいのではないかと思って。」

と、咲は蘭に言った。小さな子供である武史君でさえも、落ち込んでいるのだから、相当ひどいことを言われたのかと蘭は思った。

「まあ、積もる話は食べてからにしようぜ。まず初めに、カレーを食べて、元気になるんだな。」

杉三が、三人の前に、カレーの入った皿を置いた。

「わあ、カレーだ!」

子どもの武史君は、カレーを見てうれしそうな顔をした。杉三からスプーンを渡されると、いただきまあすと言って、むしゃむしゃと食べ始める。ジャックさんが、武史君に、人からものをもらったときは、ありがとうだろ、と注意したが、そんな事は気にしないでいいと、杉三は、にこやかに笑った。

「どうもすみませんね。本当に行儀の悪い息子で申し訳ないです。」

ジャックさんが申し訳なさそうにそう言うと、

「いいよ、気にすんな。お前さん達もカレーを食べろ。悩んでいるときは、一番先に食べることだよ。」

と、杉三はからからと笑った。

「な、何だか、マフィアというか、やくざの親分みたいな言い方ですね。」

と、ジャックさんは言うが、いや、これが杉ちゃんの会話なんです、気にしないでください、と蘭は急いで訂正した。

「其れより、相談って何なんですか。何だか、すごい深刻そうな顔でしたから、よほど悩んでいるのかと。」

蘭ができる限り優しいつもりでそう言うと、ジャックさんは、

「実はですね、武史の髪の色の事なんです。ご存知の通り、まだ小学校の一年生ですが、もう髪を黒く染めさせようかと考えているんです。」

と、言った。蘭は、カレーを食べている武史君の髪を見る。ご存知の通り、武史君はイギリス人のジャックさんと、日本人の母親を持つハーフである。詰まるところ、日本人とイギリス人の共通の特徴を受け持っていることになる。まあどちらの特徴が強く出るのか、は、誰にも予想出来る事ではない。そういう訳で、武史君は、イギリスのほうが強く出てしまったのだろう。武史君は、見事な金髪であり、瞳は青い色をしていた。

「はあ、どうしたんですか。中学とか高校だったらわかりますが、まだ小学生なんですから、しなくてもいいのではないですか?其れは担任の先生に何か言われたのでしょうか?」

蘭はそう、一般的なことを言った。

「あたしもね、蘭さんと同じことを言ったんですよ。だけどジャックさんたら、武史くんがこれ以上ひどい目に合わないように、染めたほうが良いっていうんです。」

と、咲がそう付け加える。

「一体何があったんだよ。学校でいじめでもあったのか?」

杉三がそう聞くと、ジャックさんは、こういうことを言い始めた。

「ええ、実はですね、音楽の授業で、お箏を体験しようという催しがありましてね。そこで、生田流の先生が来て、生徒さんの前で演奏したそうなんです。そして、生徒さんたちにも、体験させようという事になったらしいですが、、、。その時に使った曲が、テレビアニメのテーマソングだったらしく、武史が、日本的な曲をやってくれとリクエストしたらしいんですよ。そうしたら、隣の席に座っていた女の子が、日本人でもないのに、なんて失礼なことを言うんだと、変な言いがかりをつけたらしくて。」

「ああなるほどね。その先は言わなくてもいいよ。それで、武史君は、同級生からいじめを受けるようになっちゃったんだろ?どんなことをされたのかは、武史君の顔を見ればわかる。まあ、それは確かにつらいよねえ。」

と、杉三がジャックさんの言葉を遮るように言った。杉ちゃんどうしてそれがわかるんだと蘭は思ったが、武史くんの顔にあざがあるのを見て、そうか、そういうことをされたのか、とわかる。

「杉ちゃんよくわかりますね。じゃあ、やっぱり、そういうことを、されないようにするために、武史も、髪を黒く染めたほうが、良いってことでしょうか。」

ジャックさんは、一寸考えこむように言った。

「いや、その必要は無いよ。そのまま放っておけばいいのさ。」

と、杉ちゃんはいきなりそういうことを言い出したので、蘭も咲もびっくりした。

「だって、こういう事は、いつの時代もあるんだよ。誰のせいでもないけれど、変な言いがかりをつけられたり、おかしなところに目をつけられたりな。人間どうしても逃げられないで、耐えていかなくちゃならないことは、いっくらでもあるんだよ。こういうことを早く体験できただけあって、ありがたいと思わなきゃ。大人になってから、そういうことを初めて体験するようでは、取り返しがつかないことになるぞ。だから、そういう不運に会ったらよ、思いっきり楽しませてやるこった。世の中ってのは、そういう風にできているってな!」

「杉ちゃん、そんなかわいそうなこと言わないでやってくれよ。だって、武史君は、まだ小さな子どもなんだぞ。六歳の小さな。平たく言えば、まだまだおむつがとれたばっかりだ。そんな子に、大人がやるようなこと体験させて、なんの意味があるというんだよ。」

蘭は、思わず杉ちゃんに言うが、杉三は、変な顔をして、口笛を吹いていた。

「無責任なこと言わないでよ、杉ちゃん。いいか、もう一回言うけど、武史君はまだ小さな子供で、これから、時間だってたくさんあるんだよ。そんな子が、いじめなんかにあって、一生残るような傷をつけられたらどうするんだよ。そんなことさせたら、可哀そうだろ?」

「何も、可哀そうでもなんでもありません。そういうことは、大きかろうが小さかろうが、必ずどっかで降っかかってくるもんだ。しかも、解決の仕方なんて、その時にいくらわめいても教えてなんかくれるわけがない。だったら、早いうちから、つらい目にあわせておくほうが、よっぽど成長できるっていうもんじゃないの!」

「杉ちゃん何を言っているの?そんなこと言って、今の時代、いじめで命を絶ってしまう子が本当にたくさんいるじゃないの。武史君だって、このままいじめが続いていればそうなってしまうかもしれないのよ。」

しまいには咲もそういうことを言った。

「此間も、テレビで報道されていたじゃないの。群馬の桐生だっけ、小学校六年生の女の子が、家で首をつって亡くなったわよね。其れだって、いじめが原因だったのよ。このまま放置していれば、いじめがどんどんエスカレートして、武史君もそういう風になっていくかも知れないのよ。それを見て、一番悲しむのは、お父さんであるジャックさんでしょ。そういう報道、テレビを見れば、たくさん報道されているじゃない!杉ちゃん、今の発言撤回してよ。ちょっと冷たすぎるわ。」

「いいえ、冷たすぎでもなんでもありません。むしろ、それこそ、一番の手助けなんです!」

「まあ、じゃ、じゃあ、杉ちゃんは子供が命を落としてもいいというのかしら!」

と、咲は、頭に来ていった。

「其れはそいつに力がなかったからだ。そいつが、どうやって耐えていこうか、という考えを思いつかないほうが悪い。そういうもんだぜ、世の中ってのはよ。お前さんも経験があるんじゃないの?誰かに助けてほしいと思っても、来るのは批判ばっかりで、本当に欲しいもんは手には入らない。世の中なんてそんなもんだと、わからせるいいチャンスじゃないのか?其れで良いじゃないか。」

「杉ちゃん、そういう言葉は、西洋では通用するんだけどね、日本ではそうはいかないよ。僕がドイツに留学した時の経験から言うと、ドイツでは、学校でいじめがあったとすると、警察が手を出すとか、市役所が学校に罰を出すとか、そういう風に、公的に助ける機関がちゃんとあるんだ。でもな、日本では何もないじゃないか。ドイツでは、学校でいじめられても、直ぐに別の学校に受け皿が有って、専門のカウンセリングの先生がいるが、日本ではそういうことは全部家族がやらなくちゃいけないんだぞ!だから、出来る限り、危険を回避するようにしなくちゃいけないわけ。わかる?」

蘭がいきり立ってそういうと、杉ちゃんは、へん!と鼻を鳴らした。

「まあ、それはな、蘭の母御前が、お前さんを安全な国へ逃がしてやったからだ。つまるところ、日本では、そういういじめから逃れたかったら、国を変えるしか方法はないんだよ。だけどな、そうやって、耐えていられるからこそ、日本ならではの助け合いってのが、できるかも知れないんだよね。まあ、武史君は、その第一歩を踏み出したという事だ。大人への階段を一歩上りだして、万歳の三唱をやりたいな、はははは。」

「杉ちゃん!なにめちゃくちゃなこと言い出すの!こんな時、万歳何て。」

咲は杉ちゃんに本気で怒りたくなってそういった。ジャックさんも、

「外国人として言わせてもらいますが、日本ならではの助け合いなんて、僕はちゃんと見たことは、一度もありませんよ。」

と、杉ちゃんに言った。

「ううん、僕、杉ちゃんの言う通りにするよ。だって、僕が我慢さえできればみんな普通に生活できるもん。」

武史君はそう言ったのだが、咲はすぐにだめよ、とそれを制した。

「杉ちゃんお願い。今の発言撤回して!武史君にこれ以上可哀そうな思いはさせたくないのよ。」

咲は、そう言ったが、杉ちゃんは、平気な顔をして、口笛を吹いていた。

「もう、、、。」

「じゃあ杉ちゃんの言う通りにするんだったら。」

と、蘭がむきになっていった。

「杉ちゃん、君は今、僕のお母さんが、僕を安全なところに逃がしたといった。確かにおかげで僕は安全な生活を送ることができた。じゃあ、聞くが、その安全なところに逃がすのも、君にとっては悪事になるのか?」

「其れはどうなんだろうな。」

と、杉三は言う。さすがに杉ちゃんでも、そういう発言には弱いらしい。

「でもですねえ、僕もイギリスでは、どこにもあてがありませんよ。勘当するような形で、日本に来ちゃったからなあ。」

と、ジャックさんは、がっかりした顔でそういうのだった。

「蘭さんのようなことをするにしても、お母さんのような大きな存在がなければ、できやしませんよね。」

「じゃあ作ろうぜ!」

と、でかい声で杉ちゃんが言った。この頭の切り替えの早さには、全員が驚いてしまったようである。

「もう、黙って耐えるのが無理だというなら、逃げ場を作ってやるしかない。逆に逃げ場があれば、つらい環境でも生きていけたという例はいくらでもあるぜ。其れならそうしよう。学校以外に、いける場所を作ろうよ。そうしよう。」

「杉ちゃん、どういうことですか。子供会のお祭り何かに武史を参加させてみましたが、ほかの子と折り合いがつかなくて、結局、退会するしかできませんでしたよ。他の子が興味持つような、テレビにも漫画にも、何も関心がないので。」

ジャックさんは、そういう話をした。確かに武史君は、そういうところがあった。武史君は、テレビにも漫画にも興味を持たず、岡本太郎のような絵を書くのに熱中している。

「そうよねえ。確か、えの教室に行かせても、気持ち悪い絵を描くからもう来ないでくれって、言われたのよねえ。」

と、咲も言う。

「何を言ってらあ。習い事は絵ばっかりじゃないよ。邦楽でも書道でも、茶道でも、生け花でも、何でもいいだろう。」

杉ちゃんがそういうことを言い出した。咲はちょっとため息をついて、

「もう、杉ちゃんが挙げたのは、古臭いものばっかりねえ。それに、男の子はなかなか手を出さないものばっかりだわ。」

というと、杉ちゃんはからからと笑って、

「いや、大丈夫だ。家元は、男が多い。それにじいさんばっかりだ。」

といった。まあ確かに其れはそうなのだが、家元何て、小さな子供さんに教えてくれるだろうか。

「それに、家元っていうのは、その分野で一番力を持ってる方の事を言うんですよね。だったら、うちの武史のような何も知らないのがのこのこ行っても、習わせてくれないんじゃないですか。イギリスに居た頃、文献で知りましたよ。家元の下へ習いに行くと、初めは、下働きみたいに、家の掃除とか、料理とかさせられて、何年かしないと、楽器に触らせてはくれないって。」

「其れは、江戸時代から、戦前までの話。今は、家元はとっても優しくて、親切だよ。」

ジャックさんが、そう言うと、杉ちゃんはまた言った。

「ええ?そんな親切な人、居るのかな。僕が刺青の修行してた時は、さっきジャックさんが話したようなことをやらされたよ。」

蘭がそういうと、

「大丈夫だ。そういう古いことにこだわっている家元も多いが、新しいことに取り組もうとする家元もいるよ。」

と、杉ちゃんは言った。

「杉ちゃん、其れって誰なんだ?」

「埴輪さん。お箏の山田流花村会の家元だ。」

蘭が聞くと、杉ちゃんはさらっと答えた。それが、花村義久先生の事であると理解するのに、蘭は数秒かかった。

「杉ちゃん、偉い人に対して、すぐに綽名をつけるのは、やめた方がいいよ。親しみを込めて言っているんだろうけど、それ、バカにしていると取られるかもしれないよ。」

「いや、大丈夫だ。当の昔に、本人に確認は取れている。それにあの人、埴輪みたいな顔しているし、埴輪には楽器を弾く奴が多い。とにかくな、あの埴輪さんなら、学校の先生よりもずっといい方法で、お前さんにお箏を教えてくれて、可愛がってくれるよ。保証してやるさ!」

「すごいわね。杉ちゃんは。なんでも強引にそうやって決めちゃうんだから。」

咲は、杉ちゃんにちょっとあきれた顔をして、ひとつため息をついた。

「決めちゃうっていうか、そうしなきゃ、平穏が保てないこともあるんだよ。おい、蘭、埴輪さんの連絡先を教えてやってくれ。僕の紹介だと言えば喜ぶよ。」

「もう、仕方ないな。」

蘭は、手帳を取り出して、最後のページを破り、花村義久の住所と電話番号を書いた。

「ま、心配はいらないよ。ここで命の洗濯しながら、頑張って学校に通うんだ。もし、お前さんの事を、金髪の何とかというやつがいたら、今にみちょれって、歯を食いしばって生きるんだぜ。」

杉ちゃんは、武史君の肩をポンとたたいた。ほかの人たちは、本当にこんな相談してよかったのかなという顔をしている。特に蘭などは、心配でたまらないという顔をしていた。ジャックさんは、そんな雰囲気の蘭を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ほら、これから新しい展開が始まるんだ。そのきっかけを作ってくれたんだから、馬鹿にした奴らに感謝しろ。」

「わかった。ありがとう、杉ちゃん。」

武史君だけ、一人、にこにこしていた。


数日後、ジャックさんと武史君は、蘭がよこしてくれた住所を頼りに、埴輪さん、いや、花村先生の下へ行ってみることにした。ジャックさんは本当にいいのかなあという顔をしているが、武史君は楽しみでしょうがないという顔をしている。

ジャックさんのスマートフォンは、平屋建ての小さな家の前で、音声案内を終了した。はあ、これが家元の家ですか、と思われるほど小さな家であった。しかもインターフォンもついていない。ジャックさんは、仕方なく、玄関ドアをたたいてみた。

「すみません。」

こういう時、日本人ならどういう挨拶をするのかよくわからなかったが、そういう風に言えばいいのかなと思った。すると、ぎいという音がして、玄関のドアが開く。花村家の女中である、秋川さんが、二人を出迎えた。

「ああ、ようこそいらっしゃいました。昨日、杉ちゃん、あ、影山杉三さんですけど、その方から電話をいただいて、今日うちに来ることを、あらかじめ伝えていただいてありましたので、先生も喜んで準備をしておられました。でも、正直に言って。」

おしゃべりな秋川さんは、そういうことを言うのである。時折、中年のおばさんというのは、なにか余分なことをいうのである。

「こんな金髪だとは思わなかった、でしょ?」

武史君が、秋川さんにいった。秋川さんは、そういうことをいわれると予測していなかったようで、子どもが鋭い感性でこういう事を言うのにはびっくりしていた。

「まあ、でも先生は、そういう偏見のない人ですから、お入りくださいね。」

と、秋川さんは二人にスリッパを渡して中にはいらせる。入ってすぐの部屋がお箏の教室になっているらしい。秋川さんがふすまを開けると、お箏の音が聞こえてきた。

「陸奥を飯いの身もて江戸に出で

三筋の糸をねも高く

尚もの足らぬ思いしつ

杖に頼りて遠つ国

千々に心を筑紫箏

地唄の祖師となりにけり

今、黒谷のおくつきに

光讃えて尊びぬ。」

そのあと、短い手事を経て、次のような歌詞が聞こえてくるのであった。

「実にや都の菓子の名に

残りて良さを伝えなん。」

「わあ、今のは何て言う曲なんですか!」

と、武史君は、すぐにふすまを開けてしまった。ふすまを開けると、花村が、お箏の爪をはめ直しているところだった。

「ええ、今のは八つ橋という曲ですよ。」

花村が答えると、

「八つ橋、それなんですか?」

と、武史君は聞いた。

「あのね、京都にある有名なお菓子何です。そのお菓子は、お箏を発明したといわれている、八つ橋検校を讃えて作ったお菓子なんですよ。」

花村がまた答えると、武史君は、満面の笑みを浮かべて、

「あの、それ、食べてみたい!」

といった。

「はいはい、わかりましたよ。ここにありますから、どうぞ。」

と、黄色い三角形のお菓子の入った器を、武史君の前に差し出した。武史君は、何も迷いなく、いただきます!と言って、それにかぶりついた。普通、八つ橋の中身はあんこなのだが、子供さんだと思って考慮してくれていたのだろう。中身はイチゴジャムだった。

「おいしい!」

そうやって、満面の笑みを浮かべる武史君。

「じゃあ、先生、今の曲、僕にも教えてくれませんか。」

「はいはいいいですよ。その前に、平調子を覚えてもらわなければね。それを、覚えてもらわないと、雲井調子は作れないんですよ。」

と、花村は、武史君を、目の前にあるもう一面のお箏の前に座らせた。幸い武史君は、小学校一年生で、簡単な感じの読み書きもできた。それに、ことのほか覚えが速くて、すぐに平調子の作り方を覚えてしまった。

「じゃあ、簡単な平調子の曲をやってみましょうね。」

そう言って、花村は、姫松を弾き始めた。武史君もそれをまねて、姫松を弾く。

「全く、金髪のかわいい子が、本当に、覚えのいい子ですね。」

秋川さんが、そっと心配そうにジャックさんに言った。それを聞いてジャックさんは、またあの時の生田の先生のような一言を言われるのかと思ったが、二人ともそういうことは言わなかった。ただ、武史君たちがやっているのを、にこやかに見ているだけだ。

「あれなら、髪を染めなくても耐えていけるかな。」

ジャックさんは、そうつぶやいた。やっぱり、いくら周りが保護しても、最終的には自分でしなければいけないという、杉ちゃんの意見はもっともだと思う。そのためには、どこかに逃げるような場所がないとだめというのも、異国の地にきて其れはよく知っていた。だから、武史君にもそうなってもらいたかった。

「もうちょっと、自分が手を出すのは、あとでもいいかな。」

部屋では、まだ楽しそうにお箏を弾いている様子が見て取れた。

秋川さんが、お父さん大変ですね、と言いながら、そっとお茶を差し出した。





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八橋 増田朋美 @masubuchi4996

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