幕間4.揺らぐ決意



 暮奈さんは、簡易テントの中で横になっている。急所を外れたとはいえ、ナイフで腹部を刺された傷はそう簡単に癒えるものじゃないのだろう。「寝ときゃ治る」と言ってから、本当にご飯時以外はテントの中でずっと寝ている様だ。


 暮奈さんが負傷してから三日間、僕と暮奈さんの間にまともな会話は無い。

 どうしていいか分からないから。

 何を話しても、白々しく感じてしまう。

 暮奈さんの方も何やら考え込んでしまっているので、尚更僕から言う事なんてなかった。


 そんな状態なので、自然と食事の時以外はなるべく離れて過ごすようになっていた。

 かといって離れるとまた妙な生存者が現れてもおかしくないので、僕はテントが見える範囲で、何をするでもなくボーっとしていた。


 何度目だろう、こうやって呆けているのは。

 最初は、世界が滅んだ時。

 二度目は、少女が死んだ時。

 三度目は、白亜さんが死んだ時。

 四度目は――、思い出したくもない縣白の件。

 耐えられない出来事がある度に、僕はこうして頭を空にしてきた。目の前の現実から目を背けてきた。


 ――結局何も成長していないな、僕は。

 自責と自虐と後悔の念に押し潰されそうになっていたその時、テントのファスナーがゆっくりと開き、暮奈さんが顔を出した。そのままこっちを見て何も言わないので、僕の方から話しかける事にする。


「どうしました、暮奈さん」


「…………敬語」


 しばらく話していないせいでもあって、思わず出てしまった敬語を注意される。ただしこんなに大人しい注意のされ方は初めてだったけど。

 その注意以来また黙ってしまい僕もどうしていいか迷っていたのだが、少し経ってから暮奈さんは頭を振り乱し叫びだす。


「あ゛ぁーーーーーっ!」


 その声にびっくりして固まっていると、暮奈さんはこちらを睨みつけながら大股で歩み寄ってきた。


「え、なにを――」


 暮奈さんは戸惑う僕の目の前まで来て、仁王立ちでこちらを見下ろしながら一喝する。


「うるせぇ! 一回黙れ!」


「は、はいっ!」


 また敬語が出たけど、さすがにこれは注意されなかった。他の事で怒られている最中なのだから関係ないけど。


「こんなん全然アタシらしくねぇ! なんっでこんな空気読まなきゃいけねぇんだ! ふざけんなお前が合わせろ!」


「ええ!?」


 僕はいきなりの事に戸惑う事しか出来なかった。さっきまでの気まずい空気は一体何処へ行ってしまったのだろう。


「だからその空気ってヤツが嫌いなんだよアタシは! いいかアキラ、一つ覚えておけ! アタシと一緒に行動するからには、暗い空気を作るな! 常に明るくしろとまでは言わねぇが、一日経ったら切り替えろ!」


「そんな無茶な……」


「返事はイエスしか認めない。三日もアタシが合わせてやったんだから次はお前が合わせろ。ただまぁ、あんな事があった後だ――どうしても嫌なら、アタシと行動するのはやめておけ」


 それまでの怒気を孕んだ声はどこへやら、最後の一言は優しい声色だった。

 今ここで決めろという事か。

 その選択は僕にとっては酷だけど、その声色の通りにこれは優しさなんだろう。


 また辛い思いをするのは、確かに嫌だ。

 でも、一人旅の方がもっと辛い。

 それこそ次に犯罪者に襲われたら、僕は生き残れないだろう。

 だから僕は、そのまま伝える事にする。

 自分の思いを、自分の意思を。


「人が死ぬのは、見たくない。でも、一人になるのはもっと嫌だ」


「そうか。なら、アタシ以外の奴を探して、そいつと旅を続ければいい」


「あ、いや……そうじゃなくて……」


 気持ちの整理が付かずに何を言っていいか分からなくなった。でもそんな僕を、暮奈さんは待ってくれた。急かすつもりはないらしい。そのあたりは、やっぱり優しい人だと思う。


「僕は、暮奈さんと一緒に居たい……です」


 精一杯絞り出した言葉だった。

 こんなに頼りになる人はきっと居ないから、見捨てないで欲しかった。

 その言葉を聞いた暮奈さんは、面食らった様に目を丸くして、そっぽを向きながら

小さい声で言う。


「そ、そうか……」


 なんだろう。照れているようにも見える。あの暮奈さんに限って、そんな事は無いだろうけど。

 それから咳払いをして僕の方に向き直り、


「お前の気持ちは分かった。じゃあこれからも一緒だ。よろしくな」


 と言って右手を差し出してきた。

 よかった。どうやら彼女の方から僕を見限るつもりは無いらしい。


「はい、こちらこそ」


 差し出された右手を握り返す。

 その手は力強く頼もしい反面、どこか優しさが籠っているような気がした。


 

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