5-1.機械の兵隊


 ――ハロー、ワールド。今日はたまたま、捨てられたオモチャを見つけた。それを見て思い出すのは、やはりあのお話。悲劇の話ではないけど、悲劇の末にあの町に立て籠もっていたアイツの話。僕にとっては、これも大切な出会いの一つ。そんな物語の始まり、始まり――



 …………



 その街は、少し都会なだけで何の変哲もない街だった。強いて言うなら少しだけ植物が少ないな、という印象を受けた程度。地面に走っている木の根や蔦も少なくて、歩きやすいなぁという感想しか抱いていなかった。

 今思えばその時点でおかしいんだけど。しばらく誰とも遭遇してなくて気が緩んでたのかもしれない。

 ビルが立ち並ぶ都会といった様子の街だったので、僕は物資を調達しに百貨店と思わしき建物に入っていった。

 暮奈さんは「周りの様子を見てくる」と言って別行動を取っていた。もちろんその際僕に少なくない金銭を渡していった。本当に律儀な人だ。


 一通り物色して、使えそうなものを購入して(お金を置いて行ったので購入だ)から外に出る。すると、入り口のところで暮奈さんが待っていた。


「どうしたの暮奈さん?」


「……なあ、晶。ちょっと見てほしいものがあるんだが」


 珍しく暮奈さんの歯切れが悪かった。それだけで異常事態なのだけど、それにしては彼女の様子からは緊張感を感じない。一体なにがあったのだろう。とりあえず僕は二つ返事で暮奈さんの後に付いていくことにした。

 黙ったまま何も言おうとしなかったので、歩きながら少し会話を試みる。


「なにがあったのさ。いつもなら問答無用で引っ張っていくのに」


「あー……そうだな。アタシにもなんて説明すればいいか分からなくてな。ちょっと混乱してた」


「混乱……?」


 その言葉に僕まで混乱する。暮奈さんはあまり物を考える人間ではない。いやそれはちょっと失礼な言い方だけど、余計なことを考えない人なのだ。

 それはあくまで彼女の状況適応能力に由来するもので、深く考えずに行動しても大抵のことはなんとかできるし、なんとかしてしまう。その暮奈さんが自分で理解できないものを、あまつさえ僕に見せようとするなんて。

 状況はさっぱり呑み込めないけれど、疑問の正体を探るべく僕はそのまま黙って暮奈さんに付いていった。



 ……



「あれだ」


「あれって……あれ?」


 暮奈さんが指をさした先にあったのは、所謂ラジコンカーだ。それがただのラジコンカーなら、たまたま放置されただけのものにも見えたかもしれない。

 彼女を混乱させるに足るものは、その車体の周りにあった。


 車体の倍ほどの質量の鉄骨のようなものがゴテゴテと取り付けられており、その先は裁ちばさみや鎌などで不気味に装飾されている。あんな危ないものが市販されているはずがないし、どんな用途で作られたのか全くわからない。


 そしてもう一つ特筆すべき点、もとい最も重要な点がある。

 そのラジコンカーは、あろう事か自走していたのだ。

 ラジコンカーなのだから操縦者がいれば走行するのは当たり前だろう。だが、それにしてもその動きが妙なのだ。

 細かく走っては止まり、転回して向きを変えてはまた少し走る。その間上部の鉄骨もグルグルと向きを変えている。よく見ればその先端にはカメラのような物も取り付けられていて、ただ遊んでいるのではなく、何か目的をもって走っているように見える。


「……偵察機、かな?」


「やっぱそう見えるよなぁ。めんどくせぇ事になりそうだ」


 頭を掻いて愚痴る暮奈さん。それは僕も同じ感想だった。

 あれが僕らの予想通り偵察を行っているのだとすれば、その持ち主は相当警戒心が強い人物のはずだ。それこそ僕らを見た途端に逃げ出してしまってもおかしくないほどの警戒っぷりだ。


 ただ逃げ出すのならまだいい。鉄骨の先に取り付けられているのはどう考えても武器として使用するものであり、こちらを攻撃する意思があると示すものだろう。見つかった途端にまず攻撃してくるのは間違いない。仮に攻撃を受ける前に破壊できたとして、やはり持ち主に逃げられてしまう可能性がある。

 つまりこの街に居る生き残りに接触したければ、あの偵察機に見つからないように持ち主の居場所を特定する必要がある。

 偵察機が一機だけとも限らないし、そんな離れ業を行うのは相当な技術が必要になるだろう。その上――


「ちなみに暮奈さん、隠密行動とか出来るの?」


「失礼だなお前。まぁ、当たってるから何も言えねぇが。アタシの一番苦手な仕事はホシの尾行だった」


 ですよねえやっぱり。千道に追われたとき、追いつかれるや否や即座に飛び出していった事は記憶に新しい。後で聞いた事だけどあの時は千道に感づかれたから飛び出していったわけではなく、最初から追いつかれた時点で迎え撃つつもりだったらしい。

 だからこそ、暮奈さんは「めんどくせぇ」と言ったわけだ。物理で解決できない問題がとにかく嫌いらしい。


「とにかくこの場を離れるぞ」


「うん。あ、でもその前に暮奈さんコレ付けて」


「……なんだこれ?」


 僕が手渡したのは、平たいゴムの塊だ。片方には両面テープが雑に取り付けてある。


「足音を消す特製ソール。そのまま靴底に貼ってくれれば、猫の肉球の要領で足音が消えるよ」


「こんなもん作ってたのか……ありがとよ」


 暮奈さんは、それを素直に受けとって靴底に貼ってくれた。自分でもうテストしてるから、効果のほどは間違いないと思う。

 自分の分も早々に張り付け、早々に二人でその場を後にする。ラジコン偵察機の無機質な瞳が、僕らの背後を捉えている事にも気づかずに。

 


 ……



「よし、ここまで離れれば大丈夫だな」


 最初に見つけたラジコンの位置から十分に離れたところで、暮奈さんが呟いた。僕も安心して力を抜く。


「でも暮奈さん、安心したよ。てっきりあんなもの見たら問答無用でぶっ壊すものとばかり」


「だからアタシをなんだと思ってるんだよ」


「えっと、熱血戦闘マシーン?」


「よーし良い度胸だ歯ァ食いしばれ」


 言うが早いか、右手で拳を作って殴りかかってくる。冗談が通じない人ではないので、本気で殴ろうとも思っていないだろう。僕も軽く目を瞑って「わーやめてー」なんて言いながら小突かれる身構えをしていた。

 そんな時、たまたま近くのビルにあった街頭ビジョンから突然雑音が響き、直後に映像が写し出された。


「なんだありゃ!?」


「なんで……映像がの?」


 二人ともふざけた体勢のまま固まって、映像の方に釘付けになる。そこには茶髪で短髪の、ニット帽を被った青年が映し出される。


『ハローエブリワン! っつってもま、二人しか居ないみたいだけどナ! スーパーアイドルORITO様の登場だゼ! センキュゥ!』


 そこでは見た目通りのチャラ男が、ド派手なポーズを付けながら演説していた。


「……なんだ、あれ」


「……さあ?」


 二人とも、理解と警戒を放棄した。アイドルとか自分で言うヤツの事は理解出来ないし、それがなんであんなドでかいモニターに映されるのか分からないけど、あの映像が自分たちに害をなす様には全く見えなかったのだ。


『ハっ! アンタらが悪人なのかどうかは興味ねェ! どっちにしろ俺が要求するのはただ一つ! 無条件の降伏と、この街からの撤退だゼ!』


「喋り方うぜぇな」


「右に同じ」


 内容は割りと強気で上からの一方的な要求なのだけど、それよりも喋り方の鬱陶しさの方が気になって仕方なかった。


『で、応じないなら、どうなるかは分かるよな? 周りを見てみナ!』


 何を言っても喋り方のせいでふざけてるようにしか聞こえなかったけど、一応僕らは周囲を確認する。渋々辺りを見回すと、意外なものが僕らの目に飛び込んできた。


「え……? いつの間に……」


「こんなに居やがったのか!」


 それは、先ほど見たラジコン偵察機の姿だった。ただし、その数10機。それぞれが武器をこちらに構えた状態で静止している。完全に僕たちは包囲されていた。


『君たちは完全に包囲されている! 大人しく投降しなさい! ……かーッ! 一度言ってみたかったんだよなァ!』


「うるせぇ……黙ってくんねぇかな……」


「暮奈さんどうどう」


 割りと緊張感のある状況のはずなのだが、演説のせいで集中できない。そんな事を考えてると、なんと画面の向こうのチャラ男が返事をした。


『ん黙らないゼ! その偵察機にはマイクも付いてる。その場で降伏を宣言しない限り、お前たちの命は……んナイ!』


「聞こえてんのかよ。なら一つ聞いとくぞ。お前、そんなオモチャで本当にアタシを止められると思ってんのか?」


『はい?』


「ハイ、警棒」


 僕は暮奈さんの意図を察して、リュックの中から警棒を取り出して手渡す。それを受け取り、暮奈さんが身構えたかと思った次の瞬間──


 ――周囲に赤色の嵐が吹き荒れた。



  ……



『えー……』


 モニターからドン引きしてる声が聞こえる。無理もない。暮奈さんは、周りのラジコンを全て再起不能な程に叩き壊してしまったのだ。

 それほど不思議なことではない。なにせあのラジコン達は、どれも遠距離武器を搭載していなかったのだ。そのため近付けば一対一に持ち込めるし、暮奈さんにとっては機械の直線的な攻撃は大して苦もなく回避できる。

 後は本体に警棒を全力で叩き付けるだけ。実に簡単な戦闘だ。僕にはまぁ出来ないけど。


「こんなもんかオイ! 殺人アイドルさんよぉ!」


『殺人って……違うわ! ちょっと脅かすだけのつもりだったんだよ!』


 モニターの向こうの青年に、先ほどまでの余裕が消えた。

 脅かすだけにしては、全力で切りかかってきた様に見えたけどな。

 ちなみにさっきの戦闘の間、僕はひたすら逃げ回っていた。逃げるだけなら僕にも出来る。


「お前の事情はどうでもいいんだよ。アタシらはお前と話をしたいだけだ」


『て、嘘つけぇ! そんな蛮族みたいな行動する奴らが、話だけで終わるわけがねー! ……あ、やべ』


 武器を失った自称アイドルは、せめてもの抵抗なのか言葉で抗議してきた。その際にカメラを掴んでいたらしく画面が揺れ動き、最後には音を立てて倒れてしまった。

 そしてそこで映像は砂嵐に変わる。カメラが壊れたか、電源が切れたのだろう。


「切れたね」


「切れたな」


 思ったほどのピンチにはならず、僕たちは冷静なままだった。冷静なだけに細かいことにも気が回る。僕は気付いたことを暮奈さんに進言した。


「あ、でもこれ逃げられちゃうんじゃ──」


「大丈夫だ。居場所は分かった。ついてこい」


「え、ちょっと!」


 僕が返事をする前に、暮奈さんは走り出していた。何を見たのかは知らないけど、僕よりも更に先の情報に行き着いているあたりが流石だ。脳筋の称号は取り下げた方が良いかもしれない。

 彼女の走りは僕が追い付けるように加減してくれていたのか、なんとか追いかけることには成功した。

 暮奈さんは走りながら僕に話しかける。


「カメラが倒れるとき、一瞬周りの物が映った。以前ああいう場所に捜査で踏み込んだことがある。断言は出来ねえが、ほぼ間違いないだろう」


「ああいう場所って、どこの話なの!?」


「ついてくりゃ分かる。確かこっちの方にあったはず」


 僕は話すだけで精一杯なのに、暮奈さんは息も切らさずに僕と会話していた。本当にどういう体力してるんだ。


「見付けたぞ! あそこだ!」


 暮奈さんが足を止める。そして目的の場所を指差していた。その場所は──


「……テレビ局?」


 お茶の間に情報を届ける通信施設。所謂テレビ局だった。

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