5-2.エンジニア系アイドル
「本当にこんなところにいるの?」
テレビ局の中に入りながら、暮奈さんに問いかける。入り口は荒れ放題で、少なくとも人が暮らしてる形跡は無かった。
「わからん。だが、居るとしたら上階だ」
「上の方? なんで?」
「ありゃ撮影用のスタジオっぽかったからな。大抵スタジオは一階には無いんだ」
そんな事まで知ってるのかこの人は。警察の仕事とは関係無いだろうに。
「それが案外関係あるんだよ。テロリストとかが侵入して、放送局を乗っ取られるとお茶の間に何を流されるか分かったもんじゃねえ。だから簡単には到達できない様に上階にあるって事だ」
なるほど。テロとかに関係あるなら知識として持っててもおかしくないかな。そんな風に一人で勝手に納得していたところで、暮奈さんが僕の肩を掴んだ。
「それと、晶。お前にはやってもらいたい事がある。アタシとは別行動になるが、頼んだぞ」
「──え?」
突然の別行動宣言に、僕の頭は真っ白になった。
……
「ち、あいつら本当にこんな所まで来やがった……これはピンチ、かナ?」
テレビ局の五階にあるスタジオで、そいつは独り言を呟いていた。目の前のモニターには一階の監視カメラの映像が映し出されている。その映像には冴えない少年と長身の女が映っていた。
「でもま、残念。目的の人物はそこには居ませんでした、ってか」
言いながらそいつはモニターの電源を落とす。その他機材類も使用した形跡を隠すために蹴飛ばして壊しておく。それからスタジオを出て、廊下を小走りで渡った。
「テレビ局がテロ対策のために、次の階への階段をわざと遠く作ってあるのは有名な話。予備の階段が無いってのも有名な話だナ」
つまり、そのまま階段を降りればいずれ間違いなく侵入者と遭遇する。逃げようとしているのに、それでは意味がない。
「だから、俺はこっちから降りるゼ。他の階からは使えないようにして階数表示も壊しておいてる。つまり、この階から一階に降りるときしか使えない脱出用ルートだ」
そいつは悠然と停止しているはずのエレベーターに乗り込む。電気など通っているはずもなく、普通ならエレベーターを使えるとは考えないだろう。故にそれは、彼にとっては絶好の逃亡ルートだった。
一階のボタンを押して、エレベーターが降りきるのを待つ。それだけで終わる簡単にして完璧な逃走計画。扉が開いた後は多少走る必要はあるが、五階まで階段で登っている最中のアイツラが戻ってくる頃には十分に遠くまで行けるだろう。
数秒後、この扉が開いたら走って逃げる。それだけ。そして、エレベーターの扉が開くと──
「あ、本当に来た」
「なにィ!?」
そこには侵入者の一人──黒井晶こと僕が待ち受けていた。
……
さて、話は少し前に遡る。別行動の宣言を受けた後、僕は暮奈さんにこう命令されていた。
「いいか晶。相手は街頭ビジョンを動かすような男だ。なんらかの方法で電源を確保してるとしてもおかしくはない。それなら、このエレベーターも動くかもしれねえ。お前はその時のために、エレベーター前で待機してろ」
「うーん、でもこれボタン押しても反応しないよ?」
「そういう細工がしてあるかもしれねえ。どっちにしろ、アイツを縛り上げるのに二人も要らねえよ。ここで待ってろ」
「まぁ、暮奈さんがそう言うなら」
そんな会話を交わしていたから、暮奈さんが階段を駆け上がる間に僕は一階のエレベーター前で立ち尽くしていたのだ。
その時は心配し過ぎだと思ったけど、今となってはそれが的中した形になった。
そう考えるとこいつもちょっと可哀想だ。相手が暮奈さんじゃなかったら逃げられたかもしれないのに。
「ハっ! なんだよあのゴリラ女は居ねーじゃん! それなら関係ねー、力付くで──」
「
暮奈さんが居ないのを確認した途端、自称アイドルが案の定調子に乗り出した。
でも当然僕が何も準備せずに待っているわけがない。相手が動く前に、黒胡椒満載の麻袋(ブラックパウダーと名付けた)を顔面に叩き付けた。
「な、なんだこれ……ぶぇっくしょん! 口にも入った……辛……なんじゃこりゃ、胡椒? ぶぇっくしょぉん!」
くしゃみでまともに喋れない自称アイドルに対して、僕は冷静にホイッスルを取り出し、思い切り吹く。それが暮奈さんへの合図だ。鳥の声すら聞こえないこの世界では、こんなホイッスルの音でもよく響く。あとは、少し時間を稼ぐだけだ。
「──ごめん」
とりあえず一言謝ってから、僕はそいつを地面に押し付けて腕を捻り上げた。
「いでででで! なんだおまヘックションッ! 普通に力強いじゃ、ぶぇっくしょん!」
「くしゃみで何言ってるか分からないけど、この体勢なら力の強さは関係無いよ。痛いのはごめん、もうちょい我慢して」
暮奈さんに教えてもらった拘束術を使ってそいつを動けなくする。逃げて欲しくないだけだから痛みを伴うのは少し罪悪感を感じたけど、暮奈さんに「死んでも離すな。離したら殺す」とまで言われてしまったので全力で抑えざるを得ない。
頑張って全体重をかけながら抑えていると、遠くからバタバタと足音が近付いてきた。当然、その正体は暮奈さんだ。彼女は全力で走ってきたあと、そのままの勢いで地を蹴り空中に飛び上がる。
「しゃらくせええええええ!」
「ぐぇーー!」
「危なっ!」
暮奈さんがそのまま飛び蹴りを自称アイドルに食らわせた。その上にいる僕も巻き添えを食らいそうだったので、暮奈さんがジャンプするのを見てから全力で回避した。相当な勢いで蹴ってたけど大丈夫かあいつ?
「ぐ、ぐごごごご……鳩尾に……」
「罰だ! なんもしねーって言ってんのに逃げ出しやがって! その痛みが罪の重さだ!」
「罰が重すぎるよ暮奈さん……」
でもこれでとりあえず逃げられる心配は無くなった。せっかく会えた生き残りだし、悪いヤツじゃなさそうだ。ここで逃げられたら勿体無い。
でもなにも暴力に訴えなくてもいいと思うけど。暴行って犯罪じゃなかったっけ。
「暮奈さん、これ暴行罪じゃない?」
「怪我したら傷害罪。しないように蹴ったから確かに暴行罪は成立する。だが、証拠が残らない分暴行罪は現行犯じゃなきゃ逮捕は難しい。つまり、アタシが自主しない限り成り立たない」
「なんかそれズルくない?」
「大人ってのはズルいもんなんだよ」
言いくるめられた。別に本気で暮奈さんを訴えたいわけでも無いからいいんだけど。僕らが関係ないことで談笑してると、蹲ってる自称アイドルが抗議してきた。
「ぃや、ここまでして……放置とか……」
「あぁ、悪い。じゃあちょっと落ち着いて話せる場所に移動するか」
暮奈さんが自称アイドルを片手で担ぎ上げる。荷物を持つみたいに扱ってるけどいいのかな。まぁ僕もアイツの扱いはそれでいいような気もするけど。
「落ち着ける場所……確かここにくる途中に、喫茶店らしき店があったよ」
「おう、じゃあそこで」
「アンタら……なぜこの持ち方に疑問を持たない……」
抗議の声は無視したまま、僕たちは道中に見かけた喫茶店の跡地に移動した。
……
「僕の名前は黒井晶。こっちは暮奈明梨さん。そっちの名前は?」
「……
「フルネーム教えろや」
待遇に納得がいかないらしく、ブスッとしながら答える折人君に暮奈さんが凄む。逃げないように縄でぐるぐる巻きにしてるからそりゃあ納得はしないだろうけど。
ちなみに僕と折人君が対面で座っていて、基本僕がこいつと話すスタイルだ。暮奈さんは監視役として僕の隣で折人君を睨み付けてる。
「アンタらさぁ……俺の事知らないワケ? スーパーアイドルORITOだゼ?」
「知らん」
「ごめん知らない」
「はああああああ……」
ドでかいため息をつく折人君。どうやら不満なのは待遇よりも知名度の方らしい。仕方無いだろ。僕が男のアイドルに興味があるわけないし、暮奈さんに至ってはテレビも見てなさそうだ。
「俺も焼きが回ったな……いやまてよ。もしかしてこの世界では俺が居ないとかそういう……」
「──っ!」
「その話、詳しく聞かせてくれ」
この世界って言ったか、今。もしかして何か知っているんじゃないだろうか。暮奈さんも即座に反応して、折人君を問い詰める。しかし、肝心の彼はポカンとした顔をして当たり前のように言ってのけた。
「え、いや。話も何も、ここって異世界なんダロ?」
「誰かに聞いたの? それとも証拠があるのかい?」
「証拠なんてそこら中にあるだろ。前の世界じゃあんなバカデカイ植物は見なかったゼ?」
「ああ、そういう……」
何か知っているのかと期待したけど、どうやらただの持論らしい。でもあながちメチャクチャな話でもないと思う。その説は縣白のヤツも提唱していたし、普通に考えると一晩で植物が成長する事も、人間が居なくなる事もあり得ない。
「でも、ここが異世界だってハッキリしてるわけじゃないんだよね?」
「ま、そうだけどナ。でも機材類を見る限りはそう時間は経ってねェ。少なくとも未来に来たって事はないだろうゼ」
「なるほど……」
また新しい意見が聞けて良かった。未来に飛んだって可能性もないわけじゃなかったから、その可能性が無くなったのは大きい。
「てかなんだヨ。話ってそんな事? じゃあもう行っていい?」
「あ、ごめん。もうちょっとまって。ここからが本題なんだ。まずは僕の話を聞いてほしい」
「イヤだって言ったら?」
「アタシがぶん殴る」
「ですよねー」
分かっていたのか、折人君は観念した顔になった。このまま敵対心むき出しだと会話にもならないし、まずは僕の旅路の話を聞いてもらおう。
僕はこれまでの事を、一部隠しながら折人君に話した。一部っていうのはもちろん、キスとかストリップの話だ。その部分は暮奈さんにも話していない。
折人君は最初、仕方なしに聞いていた様子だった。だけど僕の話を聞いていくうち、その眼は次第に真剣なものに変わっていき、最後にはちゃんと相槌まで打って聞いてくれた。
「……世界がこうなった理由を探る、ねえ」
僕の話が終わった後、折人君が噛み締めるように呟いた。それに対して、僕もしっかりと応じる。
「それと、生き残りに警告するため。折人君は世界がこうなってから今まで、死にたいとか思ったことは――」
「……折人」
「え?」
僕の言葉を遮るように折人君が言う。
「折人って呼び捨てでいいヨ。アンタの話は咄嗟についた嘘とは思えなかった。アンタは本当に悪人じゃないんだろ。だったら同じ境遇の仲間だ。アンタを――アキラを信じることにする」
「あ……」
その言葉に、不覚にも僕は感動してしまった。無理やり縛り付けてるようなこの状況でも、僕の言葉に誠意を感じてくれたって事だろう。こんなに嬉しい事は無い。
今まで僕は、何をやっても失敗続きだった。それが今回、ようやく成功らしい成功を掴んだのだ。これが嬉しくないはずがない。
不覚にも涙を流しそうになったので、折人君――いや、折人に一言断ってからティッシュで鼻をかんだ。隣で暮奈さんがニヤニヤしているので、多分泣きそうになった事を感づかれているのだろう。
僕はそれを見なかったことにして、話の続きをする事にした。
「ごめんごめん、とにかく折人は死にたいとか考えたことは無いんだね?」
「アキラの話だと、思ってたら死んでるジャン。それよりも俺には、解放されたって気持ちの方が大きかったかな」
「解放……?」
「ま、話しちまってもいいだろ。次は俺の番だ。俺が過去に何をして、どうやって生き残ったのか。その話を聞かせてやる」
そうして折人は話し出した。彼の身に起こった悲劇を。どうしようもなかった残酷な現実の話を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます