5-3.折人の告白



 じゃ、こっからはスーパーアイドルORITO様の独壇場って事で。

 どこから話せばいいのかって言うのは、まんまアキラを見習わせてもらうゼ。

 世界がこうなったXデーの前日――よりも前の、俺が世界を恨むに至った経緯の話だ。

 

 小さい頃、俺は皆のアイドルだった。親兄弟親戚中、皆から可愛がられていて、とにかく甘やかされて育ったんだ。

 おっと、自慢じゃねェゼ。甘やかされてたのは、顔がよかったからだ。それしか取り柄が無かったけど、それだけで俺の子供時代は安泰だったんだ。

 11歳になる頃。俺は母親の勧めでアイドル事務所のオーディションを受けた。書類選考に通っていざ面接となった時、俺は緊張のピークにいた。それでも母親は俺の事を信じて送り出したんだ。


 そう、過剰なまでに信用されてた。

 俺がいくら「緊張してうまく話せる自信がない」と言っても、「あなたなら大丈夫」以上の事は言ってくれず、アドバイスも励ましもしてくれなかったくらいには過信されていた。

 

 結果、当然のように俺は面接で落とされた。

 何を話していいかもわからず、質問にも上手く答えられず、最終的には俯いて黙ってしまっていたんだ。

 だがそんな俺に対しても、親は一定の信用を崩そうとしなかった。次こそは大丈夫、次は受かるはずと何度も繰り返し別の事務所に応募していった。


 当然上手くいく筈もなく、結果は全敗。最後に受けた無名のアイドル事務所のオーディションに落ちた時、遂に親は俺を糾弾し始めた。


「なんであんな所に落ちるの!? お母さんがこんなに頑張ってるのに、本当にやる気あるの!?」


 その言葉に俺はショックを受けた。

 やる気も何も、俺は期待に応えようと必死に努力したのに。俺は一度もアイドルになりたいなんて言わなかったのに、無理やり受けさせられたオーディションにそれでも全力で挑んだのに。


 俺はそこで、初めて親に反発した。

 その時の母親の絶望した顔は今でも忘れられないヨ。俺の事を何でも言うことを聞く駒か何かと勘違いしていたのかもナ。その時は思わずスカッとしちまったヨ。初めて親に反抗して、俺も少し気持ちがよかったんだろう。


 だが、それを機会に次の日から俺は親に無視されることになる。

 朝起きたら朝食が用意されておらず、話しかけても何の返答もなかった。結局俺はその日、学校の給食以外にまともな食事をとれなかった。


 それから数年、俺は学校の食事だけで命を繋いだ。

 バイトしようにも年齢的に見つかるはずもなく、そんな待遇を甘んじて受け入れるしかなかったわけだ。

 なんとかして空腹を誤魔化したかったのと、家には帰りたくなかったのもあって俺は毎日図書館で本を読んでから帰っていた。

 まぁその時に電子工作関係の知識を得て、今こうして役に立ってるわけだし。あながち無駄だったとも言えないけどナ。


 そして15歳になったある日。俺の親は高校に通わせてくれるのだろうかと悩みながら道を歩いていると、一人の男に声をかけられた。


「お兄さん、綺麗な顔してるね」


 正直、ドン引きだったヨ。いきなり知らないおっさんに顔が綺麗とか言われて、背筋が寒くならないわけがない。

 どうやって逃げようかと思案を巡らせていると、その男は俺に自分の名刺を見せてきた。

 聞いた事のない事務所の名前と、代表取締役という文字。話を聞くと立ち上げたばかりの男性アイドル事務所の社長だって話だった。

 つまるところその男は、俺を勧誘してきたんだ。

 チャンスだと思った。何度オーディションを受けても受からなかったのに、向こうから声をかけてくれる事があるなんて。

 これを逃したら次のチャンスは無いと思った俺は、男の勧誘に乗ることにした。



 そこから先、俺はとにかく全力で努力した。

 歌や踊りの練習は元より、社長のご機嫌取りに客先への対応など、とにかく勉強に勉強を重ねて努力した。

 その努力が実り、17歳になった俺はついにテレビデビューを果たした。

 え、本当にアイドルだったのかって? 最初からそう言ってるだろ。いくらなんでもバカにしすぎだゼ。

 とにかく、地方局とはいえテレビに出ることが出来たんだ。アイドルとしては第一歩を踏み出したといっても過言じゃなかっただろう。

 

 これで俺を無視した母親にも認めてもらえる。そう思っていた。

 すぐにでも母親に報告しに行こうと思ってた。だけどその頃から急激に俺の人気が高まってしまい、忙しくて家に帰る余裕すらも無くなっていた。どうやらどこぞのお偉いさんの目に留まったらしい。アイドルとしては大成功だけど、中々家にも帰れない現状にモヤモヤしながら日々を過ごしていた。

 あれよあれよという間に次々テレビ出演が決まり、順調に俺は有名人になっていったんだ。

 ――自慢かって? 違う違う。どっちかというと自虐だヨ。

 ただ運だけでのし上がった男って話だ。どこにも俺の実力は絡んでない。


 そんな日々が何か月も続いたある日、急に1日だけ休みがとれた日があった。

 どうやら社長が気を使ってスケジュールを空けてくれたらしい。好きな事をしていいよと言われた。

 そこで俺は、家に戻ろうと思った。

 時間が無くてずっと話せなかったけど、これだけテレビに出演したんだ。親も喜んでくれるはず。


 喜び勇んで家に帰り、台所に母親をみつけてこれまでの事を報告した。今までの関係が、これでいい方向に向かうんじゃないかと――そう期待した。

 しかし、あいつは俺を視界に入れないままとんでもない事を言いやがったんだ。


「――そんなわけないでしょ、うそつき」


 後で分かった事だが、俺を完全に見放したあの日からあいつはテレビを全く見ていなかったらしい。

 思い出したくもなかったという事だろう。アイドルという言葉も見たくなかったのだろう。もしかしたら俺という息子の存在ごと無かったことにしたかったのかもしれない。

 ショックだった。どん底まで叩き落された気分だった。なんのためにここまで努力してきたのか、その目的すら完全に失ってしまった。


 俺はどうすればいいんだろう。

 心がズタボロにされたまま事務所に戻った俺は、社長に声をかけられた。

 悩みを話す相手もいなかったから、事の顛末を全部社長に話した。溜まっていたものを全部吐き出して、ぶつけてしまった。

 すると社長は「慰めてやる」と一言だけ言って、俺を社長室まで連れて行った。


 ここから先の話は、思い出したくもない。

 詳しく言いたくないから結果だけ言うと、その社長はゲイな上に年下好きだったらしい。

 社長に弄ばれて、身も心もズタボロになっていた俺は――もうどうでもよくなっていた。

 全てを失った俺の口からは、力無く呪いの言葉が零れた。


「もういっそ、皆死んでしまえ」



 …………



「以上、これがアイドルORITO様誕生秘話だゼ☆」


「……」


「あー、なんつーか……お前も大変だったんだな」


 言葉が上手く紡げない僕の代わりに、暮奈さんが返事をしてくれた。気を使わせないように明るく締めてくれたんだろうけど、思ったよりも壮絶な話に絶句してしまった。


「ま、重い空気にするつもりはねェから。もう過去の話だし、気にしなくてもイイゼ」


「うん、ありがとう」


「……もう、これは要らねーな」


 暮奈さんが、折人を縛り付けていた縄を外して開放した。信用できる相手だと判断したらしい。

 折人は解放された体を伸ばして、僕らに向かって清々しい笑顔で言った。


「じゃ、そういうワケで。俺もアンタらの旅に同行させてもらうわ」


 その顔は、どこか憑き物が落ちたような顔だった。

 世界がこうなってから、流石に少し自分を責めていたのかもしれない。話しただけでも楽になるって言うのは、僕も経験から知っている。


 こうして、僕らの旅に仲間が一人増えた。変な人ばっかり集まっているような気がするけど、類は友を呼ぶって事だろう。僕も変なヤツだっていう自覚くらいある。

これからの旅路で彼の存在がどう関わってくるのか。こんな世界で不謹慎だけど、その時の僕はそれが少し楽しみになっていた。




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